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『経済の不都合な話』を読む

横浜の自宅に帰ってきて二日目です。午後からは息子との電車旅に付き合いつつ、気分的にはのんびりと余裕をもって過ごしています。本日は、自宅に置いてあった、ルディー和子『経済の不都合な話』(日経プレミアシリーズ2018)の"第6章 大企業が機能しない神経学的理由"から拾い上げた幾つかの気になる表現から、思考を広げてみます。

心に引っ掛かった文章に着目する読書

本書はおそらく再読になる筈なのですが、しばらく読み進めても、その時の記憶が全く蘇ってきませんでした。おそらく、ふむふむと流し読みをしていて心に深く刻まれていなかったのでしょう。筆者の主張を俯瞰的に読み解こうとする態度で読むと、その時は納得したり、感心したり、わかった気持ちになったりするものの、時間が経つとほとんど何も覚えておらず、本の存在すら忘れているということが起こります。本書も初読時には、すっと通り過ぎてしまうような一冊だったようです。

この再読では、第6章の中から気になる文章に着目して、私の感想を深めてみようとおもいます。第6章(P183〜230)を選んだのは偶々であり、そこに強い意図があった訳ではありませんが、今回読んで面白いと感じた章だったのは確かです。

感情>理性 の時代

経済成長を多くの国民が享受するときには、「理性の価値」が重んじられるし、理性を保つことも比較的簡単にできる。つまり、大半の人がそれほど差がなく、ある程度余裕のある暮らしをしていれば、人間は理性を大切だと考え、それを維持できるのだ。

P184

世界の先進国でポピュリズムが蔓延している理由として、経済格差が進み不公平感を募らせている社会のメンバーが多くなっていることが挙げられる。だが、もうひとつ理由がある。
(中略)
本能的感情を理性で抑制させ続けることに疲弊したのだ。

P191-192

筆者は、世界が理性優勢の時代から感情優勢の時代へ変化してきていることを指摘しています。スティーブン・ピンカーの『暴力の人類史』の要約を援用したり、アメリカでのトランプ大統領の誕生を例に持ち出したりして、主張がテンポよく説明されていきます。そしてその傾向は、企業内部にも見られ、不公平を敏感に感じとっている従業員をルールや制度で縛り付けようとすることで、人々の疲弊を招き、ダイナミズムを喪失させている、という論へと展開していきます。個人的には、とても共感できる分析であり、中途半端に語尾を濁さず、ストレートに断じているところも好みです。

客観的事実よりも感情的訴えかけ

すでに書いたように、感情が理性よりも優位に立つことを恥ずかしいと思わない人たちが増えている。そういった現象を一部の知識人が苦々しく思ったとしても、知識人には行動力がないことを見越した人たちは、彼らの意見には耳を傾けない。そういった状況では、エビデンス(事実)よりもエピソード(ストーリー)が影響力をもつ。なぜなら、ストーリーのほうが感情に訴えることができるからだ。客観的事実よりも感情的訴えかけのほうが、世論形成に大きく影響する「ポスト真実の時代」には、行動経済学でいうところのフレーミング(考え方の枠組み)を変える力をもつ人間が他の人間の行動を促すことに成功する。

P205

かなり長く引用しました。私は、「まさにその通り!」と思い、"知識人には行動力がない..."のくだりなんて、思わず傍線を引きたいくらいの衝動に駆られました。しかしながら、筆者の書きぶりからは、感情優勢な今の状況にはいささか否定的な立場であるようなトーンが感じられます。ふと、立ち止まって考えてみたくなりました。

私が学生時代に知識人に憧れたことは事実ですが、ビジネスの世界に入ってからは、管理畑の人達の書生論のようなもっともらしい意見や、官僚主義的な手続き盲従の姿勢が嫌いでした。人間臭い感情が交錯するビジネスの場面では、現場の最前線で汗を流す、妥協を重ねて粘り強く調整する、呑み込んで汚れ役を引き受ける、人こそ尊い、と考える強固な価値観が醸成されました。

その価値観は今も不変ではあるものの、剥き出しの感情表出を無条件に肯定するのもいかがなものか.... という筆者の立場にも、共感するものがある.... という気付きがありました。俺が、私が、とエスカレートしていくアピール合戦や、相手を貶めてマウントを取る態度は見苦しい、という感覚が私の中にはあります。

実は、ここから筆者が展開していく論には、今一つ納得しきれない面が残りました。しかし、感情(本音)の表出は良いことである、自然体が一番である、と杓子定規に考えてはいけないな、という気持ちになりました。痩せ我慢、建前でオブラートに包んだ人間関係も評価しないと、行き過ぎた弱肉強食、Winner takes all を肯定してしまい、益々生き辛い世界を招きそうな気分になりました。

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