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名言が与えてくれるもの16:悪意を持って語られる真実は捏造し得るすべての嘘を打ち負かす
本日取り上げる名言は、『悪意を持って語られる真実は捏造し得るすべての嘘を打ち負かす』です。
最近出会ったことばとブレイク
このことばは、私が長年心に刻み込んできたものではありません。つい最近読んだ福井義高『日本人が知らない最先端の「世界史」』(祥伝社黄金文庫2021)の『第14章 これでいいのか、日本の近現代史研究』の冒頭で引用されているのを見て興味を持ち、調べて辿り着いたものです。
このことばは、英国の詩人・画家であるウイリアム・ブレイク(William Blake, 1757/11/28-1827/8/12)が著した ”Auguries of Innocence” という詩の一説(Lines 53-58)にあるもので、原文は以下の通りのようです。
A truth that's told with bad intent beats all the lies you can invent.
ブレイクについては、今回初めて知ったのですが、著名な思想家や芸術家が彼の遺した作品から影響を受けていると言われます。調べていくうちに見つけた以下のことばもかなり深いなあ、と感じ入りました。
It is easier to forgive an enemy than to forgive a friend.
敵を赦す方が、友を赦すよりも容易である。
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嘘はよくない!と思っている人が真実にキレる瞬間
「嘘をつく人」に嫌悪感を抱く人は少なくありません。幼少時代から「嘘はよくない」と刷り込まれ続けたせいなのか、「嘘つきは一切信用しない」とまで言う”真実原理主義者”のような人もいます。
そこまで極端な思想に凝り固まると、誰も何も発言できなくなるし、フィクションは一切成立しなくなるし、日常生活していくのにも支障が出ます。私は、嘘を毛嫌いする人が、自分に都合の悪い真実を突き付けられると、ごまかしたり、激怒したり、逆ギレしたりするシーンに何度も立ち会ってきています。だから私は、「嘘は絶対につかない」という信条を持つ人を、信用することはできても、信頼することはできません。
嘘つきはコスパが悪い社会
まあ「いかなる嘘も許容しない」という極端な”真実原理主義者”は少数派で、大部分の人は、罪のない嘘や社会生活を営む上での便宜上の嘘は許容して暮らしていると思います。どこまでを嘘と捉えるかの個人差もかなり大きいものです。
おそらくは、自分の価値観の許容できる範囲で嘘をつかない正直者でありたい、という人が多数派でしょう。誠実でありたい人、清廉潔白でありたい人、正義感が強い人は、嘘に対してネガティブ寄りの感情を持っています。幼少時から何度も刷り込まれてきた「嘘つきは泥棒のはじまり」という格言もありますし、偽証罪は罰せられます。
そんなタイプの人たちが嫌悪感を露わにする対象は、自分に利益を誘導するためや、自分の立場を有利にするために平然と嘘をつく人です。「騙されていた」「裏切られた」という感覚は不快感と怒りを駆り立てます。
現代は、SNSやテクノロジーや人間心理研究の発達によって、あからさまな嘘は暴かれ易くなっています。嘘つきは損をし、正直者が得をする傾向はより強くなってきていると思います。あからさまな嘘をつくことはデメリットでしかなく、嘘を暴かれた後のダメージは深くなります。信頼は一気に失墜し、奈落の底へ突き落されて行きます。
売れっ子芸能人が、不貞行為や違法行為を否定するために嘘をついたり、その嘘を誤魔化したりした行為を捕らえられて袋叩きに遭うシーンを目撃するようになりました。安易に嘘をついたり、偽のストーリーを捏造したりする行為は物凄くコスパが悪い、と多くの人が認識しています。
世の中は誠実な人で溢れている…
そういう時代だからこそ、ブレイクが紡いだこのことばは重いと感じます。
私は、吸収力の高い学童を教育する場では「いかなる理由であれ、嘘はよくない」と強要するのは危険であり、「嘘をつくと損するからよくないよ」と教える方がまだマシだと思っています。
世の中には、自分の価値観で許容できないような嘘はつきたくないと考えている人が多いものの、嘘の許容レベルには結構な個人差があります。自分が欺瞞的と映る言動や行為でも、本人が全く意に介していないこともあります。「私は絶対に嘘をつきません」という嘘を平気でつく人は、自分は嘘つきではないと強固に信じているので、対処するのは厄介です。
世の至る所で、自称・誠実な人たちの語る真実が衝突したり、対立したりしています。万人が受け容れている(ように見える)真実もあるが、人によって異なる真実もあります。「嘘はつかない」という原理主義で思考停止した態度は危険、というのが私の考えです。
善意で自分の真実を語る人から自身を守ることも必要
世の中は自分の信じた真実を真摯に語る人たちで溢れています。好印象を演出する為に事実の見せ方・組み合わせ方が巧みな人が沢山います。週刊文春なんかは典型であり、暴露記事にはプロの技が冴え渡っています。
本人は正真正銘の善意であることも少なくありません。だから厄介です。自分の主張に都合の良い事実だけを戦略的・黙示的に繋ぎ合わせて提示し、「これが真実なんだ」と相手に悟らせる手法は、時に罪深く、狡猾で、危険でもあります。
名探偵コナンの有名なセリフ「真実は一つ!」だって問題です。キャッチフレーズとしては優秀でも、誤解を与えるメッセージです。世の中には無数の真実があり、切り取り方で見える姿やかたちが全然違ってくる。ブレイクのこのことばは相当深いと思うのです。
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