見出し画像

『それでも映画は「格差」を描く』を読む❷

昨日に引き続き、町山智浩『それでも映画は「格差」を描く』(インターナショナル新書2021)の読書感想文です。二回に亘って記事にする予定では無かったのですが、それぞれの章の解説を読んで考えてしまった部分が多かったので、自分の無知と気持ちの動揺の記録を残します。

映画監督の解説でもある

実は昨日noteを書いた段階では、「はじめに」「あとがき」と『ジョーカー』の章くらいしか読んでいませんでした。昨夜や、本日松本へ戻ってくるバスの中で、他の評論もしっかりと読み込みました。取り上げた映画の解説だけではなく、映画監督の他の作品や思想的背景、撮影技術などにも踏み込んだ解説がされていて、大いに勉強になりました。自分の不明や鈍感を恥じる部分が非常に多く、かなり影響を受けた書となりました。

自分の身を置く世界からは、社会に巣食っている闇を見通すことはかなり難しいものがあります。政府の締め付けやスポンサーの力を無視できないテレビの世界からは、権力側に不都合な現実は巧妙に隠蔽されています。社会の底辺で虐げられている人々の実相に焦点を当てる役割を担うのが映画や文学なのでしょう。だとすれば、本を読まない、映画を観ない、安逸な生活スタイルをずっと続けていると、感性は鈍る一方だということです。

ケン・ローチについて

本書の、#9、#10、#11で扱われているのは、ケン・ローチ(Kenneth Charles Loach, 1936/6/17-)の作品です。85歳のローチ氏は、英国人の映画監督・脚本家です。一貫して労働者階級や移民、経済格差による貧困などの社会問題に焦点を当てた作品を製作してきました。

#9で扱われている『キャシー・カム・ホーム Cathy Come Home』は、BBC在籍時代の1966年に制作されたテレビ劇映画で、町山氏はローチの原点と言える作品だと書いています。

経験のない人は、ホームレスは怠惰だと考えがちだ。自業自得だ、自己責任だと。だがキャシーはまったく怠惰ではない。真面目な働き者で、子どもを育てるために必死だ。それなのに「持たざる者」にとって人生は綱渡りで、ちょっと風が吹いただけで、その綱から地獄に落ちてしまう。その悲惨さ、理不尽さを、『キャシー・カム・ホーム』は言葉で説明するのではなく、映像でダイレクトに体験させる。(P193)
声なき人たちの声を聴き、彼らに顔を与える(P196)

#10の『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)は、不可抗力で失業者になり、極貧にあえぐ人々の話です。彼らは、「ホームレス」とか「失業者」とか「貧困層」とか、普通名詞で括ってイメージで扱われたり、議論されたりするのではなく、素の「わたし」に寄り添って欲しい、対策を考えて欲しい、救いが欲しい、という叫びをあげているのです。本作では、本来は味方であるはずの行政や福祉関係者から受ける理不尽がリアルに描かれている作品のようです。

#11の『家族を想うとき』(2019)は、私もどきっとする個人事業主の暗黒面を描く作品です。個人事業主が、雇用者がコストやリスクを回避するための”いい兵隊”として、最低の待遇で奴隷的に働かされる側面をガッツリと暴いています。

是枝裕和の「しかし…」

ケン・ローチをリスペクトしているのが、是枝裕和監督(1962/6/6-)です。

何か事件があると善悪を明確に分けようとする裁判や報道、世論に対して、丹念に「しかし…」を繰り返して、真実を炙り出そうとするのが、是枝作品の根幹である、と町山氏は分析しています。紋切型の結論に当て嵌めるのではなく、関係するそれぞれの立場を丁寧に描き出すのが特徴と言えます。

本書の#12『万引き家族』が取り上げられています。2018年のカンヌ映画祭でパルムドールを獲得しています。実話を下地に、失業、犯罪、家族、高齢者問題、年金不正受給問題、児童虐待、など社会問題を扱った問題作でもありました。

知らないものは、イメージできない

私は本書で紹介されている映画の殆どを観ていませんから、「格差」を自分の頭の中にあるイメージだけで考えてしまっています。私の関心は、経済格差の実体把握には向かっていませんでした。実体を知らなければ、イメージは持てないし、クリアで健全な問題意識を持つこともできません。自分の狡さ、愚かさにも向き合えません。

正直に言えば、本書で文字から読むだけでも、ショックだったし、目を背けたくなるような現実ばかりでした。貧困問題が進行していくと、間違いなく社会は衰退し、崩壊していくと確信します。不満や怒りは強いものではなく、自分よりも弱いものに向かってしまいます。なかなか嫌な気分です。

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,685件

サポートして頂けると大変励みになります。自分の綴る文章が少しでも読んでいただける方の日々の潤いになれば嬉しいです。