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世界にひとつだけのボルト

2018年の春、懸案だった折りたたみ時の自立保持機構の目処がたち、僕はiruka試作7号車を連れて販売店や自転車業界の先輩方を回る「お披露目ツアー」に出た。

反応は上々だったが、と同時に、改善すべき点も多く見つかった。そのひとつに、シートポストクランプのボルトがある。

ボルトは世界的に規格が統一された工業製品であり、世の中には既製品としてありとあらゆるサイズと形状のボルトが売られている。通常、自転車メーカーはその中から条件に合ったボルトを仕入れて使えば事足りる。

が、結論を先に書くと、僕はボルトをひとつ特注で作ることになった。

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irukaは、折りたたみサイズを低く抑えるため、シートポストが二段に分かれている。高さを固定するクランプもふたつあり、それぞれボルトが付いている。

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上段のボルトはクランプをネジ止めしているだけだが、下段のボルトはシートチューブを貫通して、先端が下段ポストの前面の溝に嵌まっている。下段ポストが抜けたり回ったりするのを防ぐためだ。以下、このボルトをストッパーボルトと呼ぶ。

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この機構があることによって、展開時に上段シートポストの出しろを調節するだけでサドル高を合わせることができる。下段シートポストは出しろを調節する必要はなく、ストッパーボルトで止まる位置までめいっぱい引き上げるだけでよい。

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お披露目ツアーで折りたたみと展開のデモンストレーションを繰り返しているうちに、下段シートポストの上げ下ろしの動きが渋くなってきた。ほどなく、渋いどころか、相当な力をかけないと動かせなくなってしまった。

原因は下段ポストの溝の縁にできた無数の傷だった。バリが立って、上下しようとするとシートチューブの角に引っかかるのだ。

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「ボルトのせいだね」

お披露目ツアーで訪れた杉並区の販売店のスタッフNさんが言った。ボルトはステンレス製、シートポストはアルミ製である。ステンレスはアルミよりも硬い。シートポストの上下動によってボルトのネジ山がシートポストの溝の縁に引っかかって、傷つけてしまうのだ。曰く、他にも同様の機構を用いた車種で同じ問題があったという。

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これではとても市販には耐えられない。僕は製造パートナーの台湾J社にも状況を共有し、対策を検討し始めた。

まず僕が考えついたのは、ボルトの素材を変えることだ。ステンレスがアルミより硬いのが原因ならば、アルミより柔らかい素材のボルトを使えばよいではないか。僕は同サイズでプラスティック製のボルトを探し出し、試作7号車に取り付けてお披露目ツアーを続けた。

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結果は、はい、あなたが想像したとおり。今度は逆に、ボルトの方が摩滅して短くなっていった。プラスティックでは柔らかすぎるのだ。ネジ穴がすぐになめてしまうことも問題だった。

僕はこの問題を深刻に捉えていたが、J社の社長兼エンジニアであるChenさんに伝えたときの彼の反応はあっさりしたもので、温度差があるように感じていた。その後も、話題に持ち出しても「わかっている」と言うばかりで具体的な提案はなく、解決できるのか不安なまま時間が過ぎた。

と、あるときChenさんが「あ、そういえばさ」という感じで、唐突にストッパーボルトの件は解決したと言った。

聞くと、旋盤加工業者に依頼して、シートポストに触れる先端部分のネジ山を切削して平らにしたと言うのだった。なるほど、ネジ山がなければ縁に引っかかることはない。シンプルで見事なハックだ。

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2018年9月に完成した試作8号車には、この改造ストッパーボルトが取り付けられた。試作8号車はすぐにウェブサイトに載せる写真やプロモーションビデオの撮影などにフル稼働することになったが、シートポストの上下動はスムーズで、試作7号車で思い悩んでいたことが嘘のようだった。

僕はChenさんに対する信頼を深めたが、同時に、途中で経過を知らせてくれたら悶々とせずに済んだのにと少し恨めしく思った。が、それが彼の流儀なのだった。

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この後、シートポストについては量産組み立て開始直前の2019年春にも別の問題が見つかることになるのだが、それはまた別の機会に書く。




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