見出し画像

日本武尊の化身、死と再生・穀霊の象徴「白鳥」 - 『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第四十四回)』

「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。

またの名を「使わしめ」ともいいます。

『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。

動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。



神使「白鳥」

ハクチョウの生態

オオハクチョウ

白鳥は、カモ科ハクチョウ属に分類される7種の水鳥の総称です。

この7種とは「オオハクチョウ」「コハクチョウ」「アメリカコハクチョウ」「ナキハクチョウ」「コブハクチョウ」「クロエリハクチョウ」「カモハクチョウ」です。

このうちオオハクチョウとコハクチョウが、日本各地に越冬のため渡来します。

オオハクチョウは全長が140cm、翼を広げると230〜270cmほどにもなる大型の種です。

一方のコハクチョウは、全長120cmほどで、翼を広げた大きさは180〜220cm。写真を見て頂いても分かるとおり、オオハクチョウに比べてコハクチョウの方が、くちばしの黄色い部分が狭く、頸(くび)も短いのが特徴です。

オオハクチョウは、ユーラシア大陸のタイガ地帯(高緯度地域の針葉樹林帯)、コハクチョウはユーラシア大陸と北アメリカ大陸のツンドラ地帯(北極海沿岸の寒帯地域)で繁殖します。

オオハクチョウが、コハクチョウより一足先に日本へ渡来し、オオハクチョウは北海道や東北地方北部に、コハクチョウは宮城県以南から島根県あたりで越冬します。

コハクチョウ


白い鳥、白い餅

全身を白い羽毛で覆われた白鳥は、古来より神聖な鳥として崇められて来ました。

『【"月参り"で人生は変化する!】〜 参拝の効果を感じられない時に覚えておきたいこと 〜 神社にとっての「色」の意味と、参拝時の服装について』でも取り上げましたが、古代の人々は白という色に特別な思いを持っていました。

白、それは「」つまり「母乳」=「」=「」を象徴しています。

母なる大地は、神様そのもの。

白い色を纏った動物たちは、御神体である大地からこの世に顕現した「穀霊(こくれい)*」「稲魂(いなだま)*」の化身であると考えたのです。

伏見稲荷大社の千本鳥居

伏見稲荷大社を参拝しているときに、千本鳥居付近で頭上から餅が降って来たという体験をされる方がいらっしゃいます。

『山城国風土記(逸文)』、『豊後国風土記』には、それぞれ白い餅が白鳥になって飛んで行ったという伝承が残されています(『豊後国風土記』には、逆に白鳥が餅になり、さらに餅が里芋になるという伝承の記述もあります)。

『山城国風土記』の伝承は、伏見稲荷創建の由来ともなっているものです。

帰化氏族であり、日本に養蚕や機織り、土木などの技術を伝えた秦氏の一人、秦伊侶具(はたのいろぐ)が白い餅を的にして矢を射ろうとしたところ、この餅が白鳥に姿を変えて山の峰に入ってしまい、そこに稲が生えたことから(「稲禰奈利(いねなり)生ひき」)、この地に神社を創建し、社の名前も「いなり」にしたというもの。

このように「白い餅」は穀霊の象徴です。

白い餅も、米が成ったもの。神の存在の証、成果物としての性質を持っているわけです。

白鳥は冬鳥で、繁殖地から越冬のために穀物の収穫の終わった晩秋に姿を見せます。そして、春の芽吹きとともに飛び去って、姿を消してしまうことが、穀物の精霊として神聖視される所以となったのでしょう。

季節の移ろい、生けとし生けるものが、この世に生まれ、そして死を迎える、また新たに生まれいずる、そうした生命の循環をも象徴した存在が「白鳥」といえるかもしれません。

*穀霊・稲魂・・・穀物に宿るとされる神霊、精霊のこと

日本武尊の伝説

白鳥陵(大阪府羽曳野市軽里)

父である第十二代景行天皇の命を受け、東征の旅に出立した日本武尊(ヤマトタケルノミコト)

各地の蛮族や、荒ぶる神たちを討ち倒したのちに病に伏せ、ついには伊勢国の能褒野(のぼの)で力尽き、この地に葬られます。

日本武尊はこのとき、白鳥となって大空へと飛び立ち、能褒野を出て、大和琴弾原(奈良県御所市)、河内古市(大阪府羽曳野市)と至り、最後には天に昇ったといいます。

日本武尊が白鳥となって立ち寄った3箇所に、陵墓が作られました。

この日本武尊の白鳥伝説が発端となり、ご祭神を日本武尊とする神社では、白鳥が神使となったのです。


白鳥の羽衣

日本には、各地に「天女の羽衣伝説」が残されています。その最古の説話として知られているのが、『近江国風土記(逸文)』に記されたものです。

近江国の伊香(いかご)の小江(おうみ)に八人の天女(白鳥)が降りて来て、人間の女性の姿になって水浴びを始めます。

これを見た伊香刀美(いかとみ)という男が、白犬を放って一人の天女の羽衣を盗みます。

驚いた七人の天女は飛び去ってしまいますが、羽衣を盗まれた末娘の天女はそのままこの地に留まり、伊香刀美の妻となって二男二女の子どもをもうけます。

のちに羽衣の在処を見つけた天女は、姉たちの待つ天へ帰って行くのでした。

白鳥の羽衣伝説は、処女性を象徴するものとされています。また、天女と男性、子どもたちは、その地域の祖先とされており、部族の創生神話にも繋がります。

中国やベトナムなどアジア全域、フランスなどヨーロッパ圏など、世界的にも同様の説話が見られるのは興味深い点です。


白鳥と所縁ある神社仏閣

刈田嶺神社(宮城県蔵王町)
千葉神社(千葉市中央区)
伊奈西波岐神社(島根県出雲市)
鷺森神社(京都市左京区)
白鳥神社(香川県東かがわ市)
熱田神宮(名古屋市熱田区)
雷電宮(青森県東津軽郡)

参考文献

『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『お寺のどうぶつ図鑑』今井浄圓(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
『神使になった動物たち - 神使像図鑑』福田博通(著)新協出版社
『風土記と昔話』河合隼雄(著)日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?