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輝かしき契約 ー 穏やか貴族の休暇のすすめ。[ジルの出自①]

リゼルの相方であるジル。リゼルと出会ったことで、生き方・在り方はそのままに人生が激変した男です。
ノベルにおいて最も多く心理描写され、その半生が詳細に書かれているキャラクターだと思います。ノベル4巻・5巻はジル編といっても過言ではないほどですし、電子版10巻も閑話と書き下ろしSSはジルの過去の話です。
というわけで書く順番さえかなり迷いましたがジルの半生の後追いをします。
リゼル以上にネタバレが激しいです。っていうかもう全編ネタバレでしかない。おまけに書ききれなくて前後編です。考察として書きたかったことは②に突っ込めるだけ突っ込もうと思います。

▼ジルのプロフィールは出自とは無関係の部分のみに絞ってました。

リゼルも気づいていた"争えないもの"

ジルが否定しなかったこと(ノベル1-3巻/コミックス2-3話、14話、29話)

ジルは孤高の冒険者だ。誰にも与せず、特権階級の指名依頼も一切受けず、自分の意志と腕前だけで生きてきた。
レイ子爵もかつて護衛の指名依頼を入れたが断られたという。リゼルが「子爵の自分への評価は恐れ多い」と言ったとき、「謙遜の必要はないとも。なにせ一刀が君を選んだんだ」と笑った。

世界最高峰の剣士であることには誇りを持つ。マルケイドからの帰路、フォーキ団の襲撃を受けて怯えるジャッジに「俺がいて何が不安なんだよ」と言い放ち(ジャッジもリゼルも心から納得したが、それを報告されたスタッドは"キザだ"と言った)、イレヴンから手合わせを申し込まれても「5分もつんならやってやるよ」とママゴト扱い、大侵攻の際リゼルに「魔力装置を弄るのに自分の血が必要だから手を斬ってくれ」と頼まれれば無痛で斬り、驚く当人に「誰だと思ってやがる」と苦々しげに返している。

圧倒的強者らしいエピソードが並ぶが、しかし、人に何かしら自分のことを言われると反射的に「うるせぇ」と返すジルが否定できなかった言葉がある。
フォーキ団の襲撃後にリゼルに言われた「対人戦がお上手ですね」という皮肉めいた賛辞(*1)、そしてリゼルの父に言われた「ガラは悪いけど、騎士みたいな子だね」という見立て。
何よりも象徴的なのはリゼルと出会って間もなく、ギルドで巨漢のBランクに喧嘩を売られて返り討ちにした日の夜のこと。
リゼルに振り下ろされた得物を半瞬で抜刀して受け止め、ギルドの扉を破壊する勢いで相手を蹴り出した。それが無意識だったことを回想したジルはこう独りごちている。(*2)

「騎士かっつうんだよ」

そして、自分の口からその単語が出たことが酷く可笑しかったと。

剣士と騎士は同義ではない。剣士は職種でしかないが、騎士とは貴族階級しかなれない職種であると同時に概念だ。

*1. ノベルではこのセリフがない代わりに、リゼル視点で「魔物討伐のスペシャリストでありながら対人戦を真骨頂とするなど、奇妙なことだ」とさらに踏み込んだ描写がされています。

*2. コミックスはノベルにかなり忠実ですが、ここのセリフとト書きはまったく違う形に改変されています。筆者は「ジルって絶対普通の出自じゃないと思うんだけどなんで冒険者やってんの」と悶々としてノベル沼に落ちたクチですが、この下りを読んだ瞬間、引っ掛かっていた箇所全てがジルの出自の布石であり、予想の確信を得られなかった理由がこの改変にあったと悟りました。心中でめちゃくちゃ叫びました。

"面倒だから"で済まないBの理由(ノベル1巻序盤/コミックス2-3話)

リゼルはジルと出会って間もなく「なぜ彼ほどの冒険者がBランクなのか」と疑問を持った。リゼルは職業柄、人材の正当な評価と働きに見合う報奨に拘る。そういったものを蔑ろにするようなら、その組織そのものが信用に値しないからだ。
それについてジルは、Aランク以上には国や貴族からの特別依頼があり、上流階級と接するための講習も受けねばならない制度を引き合いにした上で、「面倒だろ。関わりたい人種でもねぇし」と、貴族であるリゼルに物怖じせず話した。
(コミックスではスタッドが同様の説明をしたうえで、「誰とも組まず、誰にも従わない。それがあの男だ」と語っている)

それを聞いたリゼルは「嘘ではないが、真実でもない」と察しつつ、「かつてジルは、騎士とそれに関連する貴族と関わりがあったのだろう。そして貴族階級が嫌なのではなく、敬遠したい貴族がいるのではないか」という確信めいた予想を立てる。そして共に日々を送るうち、もうひとつの事実に気づく。
「ジルは、きちんとした教育を受けたことがある」
リゼルの言う"きちんとした教育"は、もちろん上流階級のそれだ。

ジルは政治的背景を汲み取った予想や発言ができ、所作は決して乱暴ではなく、リゼルをたびたび感心させています。また、リゼルが座るまで座らなかったり、リゼルのためにドアを開けたりといった紳士行動を(たぶん無意識に)しています。
そして彼の知性を示すものとして筆者個人が印象深く思うのが、リゼルと同じ"本"です。

リゼルがパルテダの書店で買い占めた本の中に、"書架の海を泳ぎ、知識を食べて生きる魚のようだ"とされる人物が登場します。その本を読んでリゼルのようだと思ったジルが一節を音読すると、リゼルが続きを暗誦してきて呆れ返るというシーンがあります。このウィットなやり取りはジルの中に残っていたようで、数ヶ月後に起こる本絡みの騒動の終わりに、「お前はいつか、知識を食べて生きる魚になりそうだ」とリゼルに向けて呟いています。

ジルは、取り立てて読書好きではないと言いつつも暇つぶしに本を読むのは苦にしません。宿で暇を持て余せばリゼルの部屋から本を拝借し、野営の見張り中や単純作業中も読書に勤しむなど、所謂"教養のない脳筋"とは一線を画しています。

ジルの幼年期、そして生まれは…

ジルが十にも満たない時のこと(ノベル5巻)

ジルの過去は秘匿されていた。イレヴン配下の精鋭が情報を漁っても「遠ーくの何の変哲もない小さな村の出身」としかわからなかったほどだ。ジルが誰とも関係を深めず各国を回っていたせいかもしれない。

彼の最も幼い姿が出てくるのは、迷宮「懐古の館」である。自らの過去が同行者にも見える形で3D再生される恐怖の仕様ゆえに"最悪の迷宮"と呼ばれる場所だ。
(ここに来る時分にはリゼルもイレヴンもジルの出自を把握していた)

最初に映し出された過去は【VI】つまり6歳当時。リゼルは足早に進むジルの腕を捕まえると「折角ですし、ね?」と、"輝やかんばかりの笑みと、期待を込めた瞳でまっすぐジルを見上げて"引き留めた。さすがのおねだり上手である。
しかし「美形だから子どもの頃は女の子に間違われるくらい可愛かったのではないか」という期待(?)は直後に打ち砕かれる。6歳のジルは、涼しさを感じさせる整った顔立ちをしながら、射抜くような視線と、年齢の割に伸びた四肢と、やけに研ぎ澄まされた雰囲気で、イレヴン曰く「近所のガキ大将も泣くレベルのガラの悪さ」で虚空を睨みつけていた。
※ただしそれは「洗濯物が出しっぱなしなのに雨が来た」という生活染みた理由で、イレヴンをガッカリさせた。

子どもの特権である無条件の可愛らしさを6歳にして手放していたジルは、その数年後には相当の風格を放っていたらしい。村長である祖父が魔物退治か何かで来た冒険者たちと揉めているところに、薪割り中に呼び出され斧を肩に担いだままのジルが顔を出すや、彼らはビビって腰を引いてしまったという。
ジルを見た余所者は大抵同じ反応をする。しまいには「子どもに戦闘技術を叩き込んで戦士を生み出そうとしている村」という突拍子もない噂が立って査察が入ってしまったほどである。

そんなジルの両親はどんな人物なのか。

ジルが生まれる前のこと(ノベル10巻・閑話)

各村の酋長の娘は、領主の屋敷に奉公に出される。村一番の器量良しだったジルの母もそうだった。地元の領主は善良な人で、各村の娘同士も良好な関係を築ける平和な奉公先だった。ただ、大半の娘は花嫁修行がてらの中、ジルの母は違っていた。彼女の心には「不慮の事故で亡くなった婚約者」がいたという。

他の人と結婚しても心は別の人にあるのだから申し訳ない。でも子どもは欲しい。
若い身空でそう考えていたある日、奉公先で娘たちが集められると"客人の夜伽役を引き受けてくれる者はいないか"という話が出た。普通なら誰もが困惑し避けたがる苦渋に満ちた打診に、しかしジルの母は「正当な理由で非婚の母になれる好機」と、思い悩まず引き受ける。
やってきた"客人"は堅物で、寝所を訪ねたジルの母を拒んだが、彼女はなんと身の上を切々と話して接待の実施を懇願した。
かくして男児が生まれる。授けられた名は「ジルベルト」。
彼女は生まれてきたジルに真っ当な愛情を注いだ。花が綻ぶように笑う、ふんわりとした女性だったという。

ところで、彼女が出会い、関係を結んだのは誰だったのだろう。領主の話を要約するとこうだ。

「パルテダールから貴族が来る。しがない弱小貴族の自分は相手の身分に相応しいもてなしができないので"若い女性の接待"を提供するほかない。先方は騎士を統括する侯爵家の次期当主で、悪い噂はなく、むしろ厳格な方らしいから、こちらの申し出を断る可能性はかなり高い。もし断られなかったら謝礼はもちろん、子どもができた場合は十全な支援をする」

そう、ジルの父親は、遥か未来にレイ子爵が「盗賊団の件で小言を貰ってしまった」と執事にぼやくパルテダの名門侯爵。
ジルは大貴族の庶子ということになる。

ジルベルト。
我々の世界では古ドイツ語起源で「輝かしき契約」という意味を持つ名です。
これが後付けとか奇跡すぎるでしょ…。

休暇。を読んで筆者が一番戦慄したこと

というわけで②に続きます。時は移って10年後からです。


▼そういえば『結婚商売』のときにこんな記事も書きましたね…

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