その瞳は竜の如く煌めき ー 穏やか貴族の休暇のすすめ。[ジルの出自②〜大侵攻〜建国祭あらすじ]
リゼルの相方・ジルの全編ネタバレでしかない半生まとめパート2です。
主にノベル4-5巻と10巻の各話に散らばっている話を時系列で整理しました。
10歳以降のジルの足跡、おそらく27歳くらいでリゼルに出会ってからの変化(カヴァーナへの旅→大侵攻→建国祭まで)です。考察はリゼルから見たジル像になります。
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ふたつめの実家
パルテダの侯爵家にて(ノベル5巻、10巻)
ジルが10歳のときに母が流行り病で亡くなるや、彼が貴族の子である事実は村じゅうに広まった。
ただ王都で苛めに遭うとは思えないし、何かあっても自力でなんとかできるしっかり者だとは皆が知っていた。むしろ「ジルベルトが貴族として育っていいのか」という空気が漂っていた。ガラが悪いから仕方ない。
祖父が健在なので村に残る選択肢もあったが、ジルは迎えにきた侯爵家の馬車に乗ってパルテダの屋敷に入った。そこには、異母兄で嫡男のオルドルがいた。ジルにとって因縁の兄、否、ジルが兄にとって因縁の弟であった。
庶子とはいえ、騎士の統括を担うーつまり将軍職のー家門の男児である。引き取られるや、ジルは引退した騎士の老練から剣術を習い始めた。そして稽古を始めて1ヶ月でジルはとんでもないことをやってしまう。それが分かるのは再び「懐古の館」、2つめのテーマ「羞恥」だ。
リゼルが苦手なチーズを半泣きで食べていたり、盗賊の首領だった頃のイレヴンがリゼルに泣かされていたりと「確かに恥ずかしいな」と思う過去が続く中、ジルのそれは初手合わせにしてオルドルを負かした様子が映し出された。
圧倒的な才能の差を認められず、狼狽して喚き声をあげる兄と、それを捨て置く冷めた弟ー。
騎士団の長となるべく幼い頃から剣術を叩き込まれてきた兄に緒戦で勝った、これのどこが羞恥なのかとリゼルは理解できない。しかしジルの「一撃食らった」の一言と、子どものジルの袖が破れているのを見て、同じく剣士であるイレヴンはあっさり納得している。
天賦の才というのは得てしてこういうものなのだ。厳しい訓練もジルにとっては望んだもので、勉学も、教育係が咎めない程度にやっていればよく特に困りもしなかったらしい。"適当"でこなせるあたりにジルの地頭の良さが表れているが、天は何物を与えたのか。オルドルの心境は察するに余り有る。
それから4-5年経ち、強くなったジルの指導ができる騎士も尽きた頃、ジルは侯爵に呼ばれて「騎士となるか、家を出るかを選べ」と問われた。養育の義務が終わる時が来ていた。
剣はジルの道標となっていた。だが騎士になっても思うように剣を振るうことはできない。得物は同じでも剣士と騎士が同義ではないことをわかっていたジルは「出てく」と即答した。
侯爵家は間違いなくふたつめの実家だ。だが「身の振り方として有益だから」選択したジルにとっては数年世話になった場所でしかない。恵まれた環境で剣の指導を受けられたことには感謝しても、それ以外の感情はなかった。侯爵も未成年の血縁者の管理監督と、オルドルに万一があった際の跡継ぎ候補として迎え入れただけなのだろう。
「我が家名を使用することを一切禁ずる。行ってよし」
「ジルベルト様」と呼ばれた高貴な、そして冷静過ぎた思春期が終わる。
放浪の旅の果て(各巻のエピソードから)
ジルは一旦帰省し、村の人たちに「冒険者になる」と言い残して旅に出た。
手近なギルドで「ジル」の名で冒険者登録をすると、近い順に国を回った。Bランクに上がる頃にはかの異名が付いていた*。さらに20代前半で竜さえ激闘の末に倒してしまう。"一刀のジル"は国を越えて、戦いを生業とする者ー冒険者、そして一部の騎士ーの耳に入ってゆく。
剣士、そして冒険者の憧れとなったジルは、弟子にしてくれ、パーティに入ってくれとの勧誘が引きも切らない一方で、記号通りのBとしか認識しない者には実力を疑われ、喧嘩を売られた。
そしてリゼルが転移する3年前、ジルはパルテダに拠点を移す。
「"一刀"が王都入りしたらしい」そんな情報は、隣国サルスの酒場で飲んでいたSランク(ヒスイ)にさえ届いていた。もはやその動向が業界内で逐一話題になる冒険者だ。
ジルがこのタイミングでパルテダに移ったのは単に順番だったからだが、豊かな経済、いい宿と美味い飯、多種多様な迷宮、そこそこ(ジルの"そこそこ"はレベルが高い)の依頼。さらに王都には、かつて倒した竜の素材を加工できる職人がいた。インサイから得難い大剣も手に入れた。冒険者として居心地の良い街で最上級の剣と装備を手にしたジルは、まごうことなき"冒険者最強"となる。
ただし在り方は孤高のソロのままだった。リゼルに見つかる、その瞬間まで。
孤高のソロから「もうひとりの騎士」へ
偶然が結ばせた〝輝かしき契約〟(ノベル1巻、コミックス1話)
リゼルが現れるまでの間に何があったかというと、特にない。ジルはソロのままだったし、スタッドはとっくからギルドの住み込みだった。多分レイはもっと前から迷宮品コレクターだった。強いて挙げればインサイがジャッジに店を任せて本拠地マルケイドに帰ったくらいだろう。
そんな何の変哲もなかったある日、ジルは裏商店に続く路地で年の近そうな貴族の青年を見咎める。リゼルの出現である。
その先には行くなと言って立ち去れば関わりは生まれないはずだったが、背中目掛けて何かが投げられた。盗賊の射る矢を易々と掴める男が振り向きざまに手に掴んだのは、意外にも金貨だった。そして「お話、しませんか?」と悠然と微笑まれる。
「(なんだコイツ)」で終わらせれば良かったものを、ジルはチッと舌打ちしながらも馴染みの酒場に彼を連れて行ってしまった。そして1ヶ月の契約で護衛と冒険者指南を引き受ける。
その名が示す通り、これはジルにとってもリゼルにとっても〝輝かしき契約〟だったと言えるのだろう。ずっと先のこと、「リゼルに引き留められて足を止めた時点で手遅れだったのだろう。選ばれてしまった、望まれてしまった。そうなった時点で逃れられるものではなかったのだ」と振り返っている。
そして「出会う前に何を考えて生きていたのか、今ではもう分からない」と。
"隣に立つ者"の矜持(ノベル3巻/コミックス32話〜40話)
パーティを組んで数ヶ月。リゼルがもとの世界に戻るにあたって居場所の制限はないとわかるや魔鉱国への旅が決まった。気楽に向かったこの旅で、しかしジルはリゼルを巡ってたびたび大きく感情を揺らすことになる。
リゼルの身の上を知った後、イレヴンは本人のいないところで「手放したくない」とジルに零している。彼にとってリゼルは自分の生き方・在り方を変えた稀有な存在で、パーティ生活を謳歌してもいた。しかしジルは孤高の感覚派ゆえか、リゼルが自分にとって何かも、この世界から消える未来に対しても明確な認識を持っていなかった。
リゼルは「水晶の遺跡」の宝箱から出した地図の場所を密かに探していた。おそらくはカヴァーナと目をつけて。現地で坑道の地図を入手して確信が持てたリゼルは、それらをジルに見せながら「迷宮が出したのだから、きっと自分が欲しいものか必要なものがあるはずだ」と憧憬を込めて語る。
その様子からジルは咄嗟に考える。「もしそれが帰り道だったのなら」と。
ところがリゼルは笑って「陛下が帰すと言うのだからいずれ帰れるんでしょう。早く終わりたい休暇なんてありません」と否定する。
「一番当たりで"空間魔法使い"」と宣うリゼルにジルはホッとするが、「お前は何があってほしいんだよ」と訊いたときにリゼルの髪を押さえつけていた自分に自嘲してもいた。
首尾よく地図の示す場所も訪れ、さて王都に帰ろうというところで、彼らは「マルケイドが魔物大侵攻に遭っている」という話を耳にする。
普通の大侵攻であれば、シャドウはマルケイドを守り切れるはずだ。しかしリゼルは精鋭から齎された情報から人為的要素があるかもしれないと判断。とある利を得ることを視野に「マルケイド、行きましょう」と言い出す。
大侵攻の元凶は"サルスの魔物使い"、"異形の支配者"等、数多の異名を持つサルスお抱えの最高位の魔法使いだった。彼は魔法研究の成果として「大侵攻に乗じて魔物を操って都市を崩壊させられるか」という実験を独断で実行したのだ。マッド・サイエンティストと大差ない。それに気づけないリゼルではなく、マルケイドの中枢を巻き込みながら矢継ぎ早に手を打っていく。
ただしその過程でリゼルはたびたびジルを苛立たせた。「魔力装置を弄るのに血が要るから手を斬ってくれ」と頼んだり、「元凶は人間を魔法で操れる可能性がある。狙われるとしたら一騎当千のジルだが絶対に支配されてはいけない。身代わりには自分を選んでほしい」と言い出したり。
手の傷はなんとかなる。痛みひとつ覚えさせずに斬る自信がジルにはあったし、イレヴンが迷宮産の回復薬をぶっかけて跡もつけさせなかった。だが支配はー。
ジルはリゼルに「冒険者になっても在り方は変えるな、好きにしろ」と言う一方で、地底竜戦で「リゼルの髪一筋さえ燃えなければいい」と願うほど大切にしてきた。自分の身代わりでリゼルを渡してやる気はなかった。ジルは理由があっても許さないと猛反対する。
だが結局、悪い意味でもさすがリゼルだった。強烈な喪失感、状況を打破できなかった無力感、リゼルへの苛立ち、そんなものが渦巻いたのだろう。ぶっ殺してやると直情的にキレたイレヴンを抑え込み「アンタみたいに大人じゃねえし!!」と反論されてもリゼルの支配が解けるまで耐えたジルは、「懐古の館」で"憤怒"として回想されることになる誅斬に臨む。
この世界で唯一、リゼルの隣に並び立つ者としての矜持だった。
たった一人への忠誠と殉情(ノベル4巻)
パルテダールの建国祭がやってきた。七日間続く祝祭の最終夜、王城では、貴族が懇意の冒険者を同伴する趣向の変わったパーティーが開かれる。リゼルたちは案の定レイ子爵に誘われた。
なにかと便宜を図ってくれる子爵の誘いとはいえ、リゼルにとってはもとの世界の日常の延長線に過ぎないし、「きっとジルが嫌がる」と考え辞退する。だが上流社会と縁のなかったイレヴンが興味を持ち、リゼルを"買収"したことから形勢逆転。ジルも引っ張っていかれることになる。
当日、社交界の「噂の"一刀"が貴族に連れられて王城に来るとは…」という驚きはリゼルの登場で霧散した。ジルの圧倒的な覇気は言わば想定内で「ああ本当に存在したのか」と得心するだけだが、リゼルのそれは毎度の「本当に冒険者なの?!」を本家たる貴族階級に晒すことになった。おまけに、あらゆる意味で上流階級がまず目にすることのない真の悪党付きだ。謎のCランクパーティに名だたるSやAが霞んだ。
とはいえ所詮立場は冒険者だ。貴族たちの興味も薄れ、さてようやく帰れるとなったとき、ジルを捨ておけなかったひとりの騎士が現れる。
「久しぶりだな、ジルベルト」
異母兄のオルドルだった。
ジルの家族に会えた喜びも束の間、リゼルはオルドルに「名門貴族の跡取りとしては余裕がない」との印象を持った。ただその理由も察した。
きっと彼は、ある日突然やってきた弟の圧倒的才能に打ちのめされる少年時代を送ったろう。弟が出奔して湧き立った"一刀"の正体も悟り、影に追われる思いだったろう。そして次期当主も見える年代になって目の前に戻ってきたー。
それはある種の同情さえ孕んだ。「もし騎士の統括という家門ではなかったら、庶子の弟がどんなに強くても脅威に感じることなどなかっただろうに」と。
そしてジルがSに上がらなかった理由もわかった。ジルは侯爵家と関係を絶っており関心さえない。だが、向こうもそうとは限らない。警戒心も露わに「何をしに戻ってきた」、「貴族のような冒険者に付き従い、騎士の真似事か。冒険者ごときが主君の代わりになるとでも思うのか」と、家門の職務を念頭に置いて不躾に言い放つオルドルに対して「リゼルがてめぇの言う主君の代わりだとしたら(そっちの主君こそ)贅沢なもんだ」と嘲笑うジルを抑え込み、リゼルはパーティリーダーとして努めて冷静に対応する。
しかし思うようにいかない。相手は"騎士階級の定義"に忠実な生粋の軍人なうえ、冷静さを欠いている。
騎士とは国王や領主に忠誠を誓い、体制と領土のために戦いに臨む者。領地や国にとって光であり、民草の尊敬を集める存在でもある。リゼル自身も宰相として軍を動かしてきたし、領地にも公爵家付きの"白い軍服"の面々がいる。彼らには感謝しているし侮ったこともない。しかし彼らの主君は交代し得る。良き主君として仰ぐことはあっても、往々にして資質や性格、個性といったものは忠誠を誓う要件ではないのだ。
だがリゼルもジルも本質はそうではない。ふたりとも大貴族をその出自に背負い、騎士というものを間近に感じながらも、たった一人を見込んで自分で選び取り、全てを賭けてきた。国の光ではなく誰か一人の影となり、心を共有し、その一人の意思のみを尊重して生きる道だ。それは自己犠牲ではなく、言うなれば殉情である。
リゼルの忠誠はたまたま相手が国王になったので国家の定義にも沿っているが、ジルは別の世界から突然現れた何者でもない自分を自らの意思で選んでくれた。
マルケイドを最初に訪れたとき、リゼルはジルにこう言われているのだ。
「お前がSだろうがFだろうが、国王だろうが犯罪者だろうが関係なく、俺は隣にいたはずだ」
なんとかオルドルに、ジルの騎士道は体制派とは違うこと、立場を脅かすことはないのだと伝えるべく、リゼルはこう切り返す。
「ジルが騎士に成り得るとすれば、それは王ではなく唯一人を得た時に限られる」
それはジルの自覚を呼び起こす言葉だったが、オルドルを「騎士の価値は主君が決めるものだ!」と激昂させた。そしてその反論が今度はリゼルを激昂させた。
仕えるべき王を用いて価値を説く傲慢さも、忠誠に優劣をつける浅ましさも不愉快だ。私を理由に、ジルを貶めるな。
ジルの価値は私の存在で変わらない。私がそれを望まない。
ジルと出会ってからリゼルが心を砕いてきたのは、まさにこの点だった。
この世界における自分は、身分も地位もない低ランクの冒険者だ。そんな自分と共にいることでジルの価値まで侮られることは我慢がならなかった。だからこそリゼルは初期から自分のランクに拘ったし、冒険者らしくあろうと努めた。それは、陛下の腹心として相応しくあろうと努力を重ねた青春時代と何も変わらない。
そして密かに、しかし明確にリゼルがしてきた努力がもうひとつ。
ジルという冒険者最強の実存を人々の目に明らかにすることー。
リゼルはラベルの重みも知っている。内心では前々から、ジルはその呼び声に相応しくSになるべきだと、それでやっと最強を疑う者たちの口を閉ざせて、ジルの憂いを無くせるのだと、そう考えていたのだろう。
オルドルとジルの因縁を断ち切らんと真っ向対峙する姿に、ジルはようやく理解した。リゼルに惹かれ続ける大きな理由を。それは彼がジルのことを一度も見下さず、その価値を押し上げようとしてくれていたからだ。リゼルは自分を高みに導く存在だった。
そして、とっくから自分はリゼルの騎士だったことも。
ジルは無言でリゼルの手を取った。拒んでくれるなとの思いを込めて。しかし跪くことはしない。あくまでも対等で、この世界で支え合う唯一の者として。
【考察】ジルはリゼルにとって竜である
ジルの半生が終わりました。王城での誓いまで本当に長かった。推しの人生ってなるとこんなに長いのかと思いました。いや捨てたネタもだいぶあるんですけど。私はこの時、ジルは騎士道のひとつである〝唯一人に誠を捧げる〟を体現したと思っています。現実世界の後期騎士道だと相手は貴婦人が大半ですが…(笑)
オルドル兄上とジルの関係性は『結婚商売』のローラン兄さんとザカリーのそれと似ています。優秀過ぎる異母弟に脅威を覚える兄と、家を捨ててから次元の違う領域まで出世し名誉を手にする弟。
とはいえオルドル兄上の名誉のために補足しますと、レイ子爵曰く、彼は優秀な騎士であり真っ当な貴族で、冒険者を下賤と侮るようなことも本来しない人物だそうです。ただ、リゼルも同情していましたが将軍家の息子としてジルは弟、しかも庶子ながら圧倒的過ぎました。過剰反応もするというものでしょう。
実際、ハマれば良いトップになりそうです。意外と面倒見が良く、柔軟で、でもルールや常識には基本的に従う男です。それに侯爵家の血と、村長の外孫という育ち。リゼルには当然及ばないものの、ジルもまた指導者層の出身なんですよね。本人には「うるせぇ」って言われそうですけど。
ちなみに後日リゼルたちは、騎士学校の要請に応じて「冒険者一日講師」を引き受けて、騎士の卵たちに「忠誠とはなんぞや」という概念を手痛く叩きつけます。意地の悪い言い方をすれば、彼らの忠誠は為政者に侍る自分に酔っているに過ぎない。それを誓っていると言えるのかー。図らずも騎士学校側も願ったり叶ったりの結果だったようですが、将来的に彼らの上司になるオルドル自身がジルへの煩悶を捨てるのはまだ先のお話です。頑張れ兄上!
さてジルは王城の帰りに「早く上がって来い」とリゼルとイレヴンに告げます。そしてジルがリゼルに誓いを立てた姿を目撃して「柄にもなく神聖なものを感じてしまった」と言うヒスイがリゼルに接触してランクアップ話が顕在化するわけですが、ジルは貯め込んだ功績はあれど他の二人が追いつくのを待つと言って、ヒスイのリーダーの頼みを断ります。誰ともつるまなかったジルが、仲間を待つと宣言したのです。
そして高級娼館の花形であり、ジルが煙草を買う雑貨屋を裏商店で営む猫の獣人の双子は、「丸くなった」との世評とは逆に「今のジルこそ恐ろしい」と評します。
誰にも興味を持たず、激情も衝動もなく、淡々と生きていた"最強"が誰かのために躊躇わず力を顕現するようになった。そして、その唯一人にもし何かあったら。
さすがは社交界で人を見て商売をする美女たちです。
ところで、リゼルはどうしてここまでジルのことを推すのでしょう?
筆者個人の想像ですが、リゼルにとってジルは「自分が憧れられる何かを持っている人が、対等であろうとしてくれる」という稀有な要素があるゆえと考えます。
リゼルにはもとの世界にも騎士がいます。傭兵をやっている同じ年頃の友もいます。でも、誰一人として対等ではない。白い軍服は主従関係だし、傭兵は身分が違う。学友だった第一王子もです。そして憧れの存在は"ヘーカ"しかいない。リゼルの転移後、傭兵"死神"は「(無事ならば、今いる場所で)あの仕方なさそうな笑みを浮かべなくても良いような、そんな相手を見つけてくれればいい」とまで願うのです。
そんなリゼルも休暇世界に来て、憧れと対等という二律背反めいた要素を体現する相棒ができた。コミックス1巻の書き下ろしに、リゼルが「誰かの隣に並びたいと 自分から望んだのはいつぶりだろう」と、”ヘーカ”の背中を思い浮かべて感慨を持つコマがありますが、コミックス独自ながら象徴的です。
そもそもリゼルは出会って1週間かそこらで、ジルを貶める発言をしたBランクを「私のものと貴方程度の存在を並べて比較されるのは不愉快だ」と衆目の前で批難し、ジルはそれをきっかけに初めてリゼルを守る行動に出ています。オルドルから庇った時も、そしてアスタルニアでもジルを巡って一悶着ありますが、常にリゼルはジルを高みに置いた発言をします。
さらにリゼルはこのずっと先、Bランクに上がった時に「俺にとってBは特別なので」と言って、とりわけ喜ぶのです。
そしてアスタルニアからの帰路、リゼルがジルをどう見ているのか、最も印象的なシーンが出てきます。
大渓谷に棲む古代竜との邂逅。腕の立つ獣人も百選錬磨の魔鳥も相当の距離を置いてなお無音を貫き、目も合わせられぬ極限の畏怖。イレヴンがその圧倒的な威容に震えるなか、泰然自若として古代竜を見下ろすジルの凪いだ瞳を見たリゼルは、「ジルの瞳は、もしかしたら竜の瞳に似ているのかもしれない」と想像するのです。
ジルの覇気は"ヘーカ"とはまた異なる威容です。皆が膝を折り従おうとする陽光ではなく、平時でさえ周りが息を潜め、強者であればあるほど敵わないことを一瞬にして悟る、夜闇に閃く大剣。リゼルはそこに、太古からの覇者さえ重ねる。
竜は、気に入って棲み着いた領分を乱されなければ、通り過ぎるのを許す風格を漂わせます。大らかさではなく、巨象が蟻を見るようなもの。信仰の対象であり、ときに災害となる、共存すれど異次元の存在。
竜と領分は寄り添っている。付くも、出るも、守るも竜の意思ひとつ。強く、圧倒的で、美しい。
そんな存在とジルを同一視するリゼルにとって、ジルの瞳は竜の如く煌めいて見えるのでしょう。