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ルシャナの仏国土 覚者編 13-15


一三.押しかけ女房

 ヘレナの父親が息を引き取ったのは、それから六週間後のことだ。ルシャナは、彼の亡骸を館から近い所に埋葬させた。
「旦那様、私どもはもうお礼の申し上げようがございません。罪人となったヘレナの父親のために埋葬まで・・・。」
 埋葬に関わった植木職人のロベルトが恐縮している。
「ロベルトよ、罪はすでに購われた。ヘレナはもはや罪人ではない。『罪を購った者』であり、『肉親の死を悲しんでいる一人の娘』である。当主たる者として、家臣の家族を弔うのは当然だ。」
 ルシャナは、ヘレナに一粒の桜の実を手渡した。初夏になった実で、少し乾燥している。
「この実を父の傍に埋めてやれ。これから芽が出るかどうかは分からぬ。だが、もし芽吹いたならば、その桜の木を見て父を偲べ。」
 ヘレナの目から涙が溢れる。
「旦那様、父は余命を過ぎて安らかに逝きました。それに加えて、旦那様は私に慰めとなるものを下さいました。私は旦那様のご恩を忘れません。」

 何ヶ月かが過ぎて、冬を迎えた。うっすらと雪の積もる静かな日に、久しぶりにキルシュヴァン城からルシャナに呼び出しがかかった。
「グリュンヒェードルからの葡萄や加工品は、今年も滞りなく納められました。ご苦労でしたね。さらに、秋に献上された葡萄はそなた自らが摘み取ったものと聞き、殊更に美味しく感じました。どうもありがとう。」
 ナターリアが微笑む。ルシャナは跪いている。
「勿体のうございます。私も、土や植物などに触れることに楽しむようになりましてございます。」
「さて、今日来てもらったのは、久しぶりに顔が見たかったことと葡萄の礼に加え、一人そなたに会って欲しい方がいるからです。・・・どうぞお入りください。」
 ルシャナは、顔を上げた。
「貴女は・・・クラリス様!」

 それは、以前ナーデルの特命参与を務めていた時に顔を合わせたことがあるラオプ国王の末子・クラリス王女だった。
「久しぶりですね、ルシャナ。創建で何よりです。
 実は、私は父からラオプの公爵との縁談を進められそうになり、それならば旧オープスト領内に嫁いだほうが自国の利益になると説き伏せて、ここに来ました。
 十日ほど前からこの城に滞在させていただいて、女王陛下にいろいろとお話を伺っていたところ、貴方が今は伯爵になっているというではありませんか。それならば私が嫁ぐに支障はありませぬ。」
 冷静沈着なルシャナも、さすがにこの話には驚いた。
「クラリス様?今なんと仰いました?!私の耳には、あたかも貴女様が私の元に嫁ぐかの如く聞こえましたが?!」
 クラリスは頬を赤く染めた。
「その通りです、ルシャナ伯爵。私を貴方の妻にしていただきとう存じます。・・・。父にもそのことは伝えてあり、ラオプのマリウス侯爵に頼んで養女にして貰いました。侯爵の娘なら、伯爵家に嫁げます。」
 ルシャナは、助けを求めようとナターリアを探したが、女王はいつの間にか玉座から姿を消し、他の者たちも部屋を去っていた。今、この部屋には二人しかいない。
「女王陛下も、私の願いをご承知です。そのために、貴方を呼び出しても下さいました。
 ルシャナ様、お慕いしています。どうか私をこのまま貴方の館にお連れ下さい。」
「クラリス様・・・。」
 クラリスは、ルシャナに近づいて屈み込み、傅いていた彼に全身を預けた。
 今、一人の聡明で芳しい女性が私を必要としてくれている。私も、妻にするのなら、この人のような・・・。いや、この人でなければならない!・・・ルシャナは覚悟を決めた。ゆっくりと彼女を背中ごと抱きかかえ、自分と一緒に立たせた。彼女の澄み切った瞳を見つめる。
「本当に私で良いのだね・・・。」
「貴方が好きだった・・・心を大切にする貴方が・・・。」
「クラリス・・・。ずっと傍にいてくれ。たった今わかった。私にもそなたが必要だ。」

 二人が館に着くと、家臣たちは彼女のためにとりあえず宿泊客用の部屋を整えてくれた。これまでは色恋沙汰ひとつ起こしたことがなかった当主が何の前触れもなく突然若い女性を連れて帰ってきたというので、上を下への大騒ぎになったが、誰も彼女の正体を知る者はない。クラリスが手配していた通り、ルシャナは彼女のことを、ラオプの侯爵家の娘で、自分に嫁いできたのだと説明した。

 結婚式までの間、ルシャナとクラリスは、二人でこれまでのことを話し合ったり、手を握り合ったり、食事も一緒に取るなど、仲睦まじい暮らしを送った。ルシャナが畑で過ごすと聞くと、クラリスはその様子を見つめていて、あとからいろいろ質問もした。少しでも彼の今を知りたい、そんな思いだった。
 館の者たちも、そんな彼女を次第に受け入れて慕うようになっていった・・・。

「私、押しかけ女房ですわね。ふふっ。」
 クラリスはそう言って笑った。
「構わん。お互いに必要としているのだからな。再会した時は驚いたが、私もまた聡明なそなたをこそ妻にしたいと願った。そなたが私を選んでくれたこと、誠に思いがけなく幸せなことと思っている。その美しい瞳をもっと見せてくれ。さ、もっと近く・・・。」
「ルシャナ・・・。」
 そうして、初めて一夜を共にした二人は、さらに深く相手を理解した。
「そなたとなら、きっとやっていける。」
 ルシャナの言葉に、クラリスも同意した。
「私もそう思います。貴方は、やはり私が思っていた通りの人でした・・・。」

 二人は、クラリスの養父に会いに行くことにした。
 エドヴァルド・ハインツ・マリウス侯爵は、クラリスが養父に選んだだけのことはあって、教養に溢れながらも気さくな話し方をする人物だった。彼は、先ずクラリスに跪いて挨拶したが、クラリスはそれを止めた。
「私は、もうマリウス侯爵家の養女ですわ、お養父上。そして、婚約者をご紹介します。」
 クラリスは、ルシャナを紹介した。
「ルシャナ・フォン・トラオベと申します。この度はお世話になります。」
「初めてお目にかかる。エドヴァルド・ハインツ・マリウスと申す。貴方が、クラリス様が婿にとお望みになった男か。平和条約締結の功労者とも聞いたが、なるほど、良い面構えをしているな。これからは貴方も私の家族となる。寒かったであろう。入ってくれたまえ。」

 侯爵家の応接間に入って、二人は驚いた。エーベルハルト国王とマルレーン妃が待っていたのだ。クラリスは、両親に抱きついた。
「国王陛下におかれては、わざわざここまで駆けつけて来られたのだ。」
 エドヴァルドが説明する。ルシャナは跪いて深く頭を下げた。
「エーベルハルト国王陛下、マルレーン妃殿下、私ごときにクラリス様が嫁いでくださること、身に余る光栄でございます。しかしながら、私はクラリス様を、姫としてではなく、一人の女性として大切にし、生涯が果てるまで傍にいて欲しいと思っております。何卒結婚をお許し下さい。」
 この言葉を聞いたエーベルハルトは安堵して言った。
「そなたのことは記憶しておる。政略結婚を進めようとした余に、互いに愛し合う機会を与えることを勧めた特命参与・・・。余は再び同じ過ちを繰り返すところであった・・・。もはや止め立ては無用であろう。・・・娘を頼む。」
 今度は逆に国王がルシャナに頭を下げた。
「おやめください、国王陛下!あまりにも恐れ多いことにございます!」
 ルシャナは慌てて止めようとした。エドヴァルドが言う。
「ルシャナ殿、親心でござるよ。貴方にもお子がお出来になればわかり申す。」
 マルレーン妃が娘を少し離してから言った。
「実は、私はもともと伯爵家に出入りしていたお抱え医師だったのです。その時、エーベルハルトは今の貴方と同じく先の国王に跪いて結婚の許しを請うたのです。」
「国王陛下・・・。」
「ルシャナよ、我が妃が言う通りだ。余にも、そなたとクラリス双方の心を推し量ることくらいは出来る。クラリス、ルシャナ、必ず幸せになれ。この父母もそう願っている。」

一四.芽吹き

 二人の結婚式は、それから三ヶ月後、桃の花が開く時期に行われた。
 立会人は、かつてのナーデル第二王子・フレデリック・ユルゲン・クロークス公爵が買って出てくれた。彼は勿論クラリスを知っていたが、内密にすることに協力している。
「こんなに美しい女性にまで心を寄せられるとは、幸せな奴だ。もっとも、そなたならば無理もないがな。」
 彼はルシャナの肩を軽く叩いて笑った。ルシャナ自身の家族も列席している。
「兄より先に嫁を貰うとは何事か、この果報者がぁ!」
 ディートリッヒからは軽く羽交い締めにされてからかわれた。
 だが、果報者・・・果報・・・兄の何気ないこの言葉がルシャナの心に引っかかった。
 思えば、戦のない世界を夢見たが故に特命参与に取り立てられ、平和条約締結の矢面に立ったのが、クラリスと出会うきっかけであった。いわば、善きことを為したことにより、善き妻に出会えたことになる。

 それから二人の正式な伯爵夫妻としての生活が始まった。
 ルシャナが畑にいる間、クラリスは新しい奥方として館の雑事を取り仕切るようになった。使用人たちに、その都度適切な指示を出し、ルシャナが畑に坐ることに、より専念できるようにしたのである。それは、彼の期待通りであった。

 さて、ルシャナの抱えた生と死の根本的問題はまだ何も解決してはいなかった。むしろ、ヘレナの父親に立ち会ったことによって病と老いの苦しみ悲しみが加わり、またクラリスとの結婚によってこの上なき愛の喜びを知ったのだ。
 人の老・病・死・・・。全ての命の老・病・死・・・。それらを除くことは不可能なのか・・・
 生まれるから、老・病・死が生じるのだ。しかし、人はその中で喜び、楽しみ、悲しみ、怒り、毎日を美しく生きている。決して、初めから生まれなければ良いということにはならない。

 そのようなことを考えていたある日、畑に坐している彼のところへ、ヘレナが駆けてきた。ひれ伏して、地に頭を擦りつけるようにして、彼女は言った。
「旦那様、あの桜の実が芽を出しました!」
「何?!本当か?見に行くぞ!附いて来い!」
 ルシャナはその場所に行った。確かに小さな芽が顔を覗かせている。まだ本当の双葉ではあったが、それは草の芽とは明らかに違っていた。
「よかったな!私も本当に嬉しい。花を付けるのは、まだだとしても、そなたには良きものとなろう。」
「ありがとうございます、旦那様!」
 ヘレナは涙ぐむ。
「いや、実にめでたい!そうだ、夕刻には皆を集めて祝の宴を開こう!ひとつの命のための宴をな!」
 翌日、ルシャナはその芽の周り五メートル四方に獣よけの金網を張らせた。

 桜もあの種から芽を出したか・・・。あれもやがては花を咲かせ、実を付け、しかしいつかは枯れる。そのあとからまた新しい芽が出る、全てがその繰り返しなのだ・・・。
「でも、ルシャナ、桜の木は枯れるまでは花を咲かせ、実を付け、なおかつ私たちの目を楽しませてくれますわ。何より、ヘレナには父に代わる存在となるのです。それだけでも、あの桜は使命を果たしていくのだと思いますよ。
 まだ芽吹いたばかりの今から、何十年何百年も先の、枯れる時のことを考えて、どうするのです。」
 クラリスの言葉に、ルシャナの中でまた何かが光った。命には、それぞれに使命がある・・・。
 今ここに、全てが生きている!生きて、何かしらの使命を果たしている!そして、それ故に、全ての命は等しい!

 彼はさらに、こんなことも考え始めた。
 それにしても、命とは一体何で、何処から生じ、何処へ消えるのであろうか?表面的には、男女の交わりによって種のようなものが出来、女性の体内から生まれるように見えてはいる。植物は、花から種を作って増えているように見える。しかし、それだけでは説明にはならない。何故そのようになっているのかがわからないからだ・・・。

「やはり、そこまで気が付かれたか。」
 柔らかな声が聞こえ、彼に近づく人影があった。
「いつかのご老体!どうしてここに?!」
 それは、ルシャナがまだ騎馬兵だった頃、泉で初めに問答を交わした、何も持たずに生きていると言った老人だった。(※ 二.ナーデルの騎兵部隊 を参照されたし)
「実は、わしはこの星に仕えおる者。あれから、ずっとそなたを見守っておった。
 そなたは、ついに命そのものについて知りたいと願うに至った。それをお教えするには、遠くへお連れしなければならぬ。
 七日後の黄昏時にお迎えに参る。それまでに、周りの方々と留守中の取り決めをしておかれよ。」
 ルシャナは問うた。
「ご老体、期間は、どのくらいでしょうか?それにより、取り決めが異なります。」
「その期間は、そなた次第だ。わしがお連れするところには、ある方がおられる。その方に教えを請い、そなたがどれくらいでその智恵を自分のものにできるか、それで日数が決まる。また、それで何を得るのかもそなた次第。・・・としか言えぬ。」
 老人はそれだけ言って姿を消した。
 七日後の夕刻か・・・。あのご老体、『智恵』と言われた。『智恵』とは、何だ・・・?

 そのことをクラリスに話すと、しばらく考え込み、突然ルシャナの胸に飛び込んできて泣き出した。
「クラリス?」
「貴方のことです。行くに決まっています。いつまでかがわからないというのなら、何年もかかるかも知れない。ずっと会えないかもしれない。
 旅立ちまでに・・・私に貴方の子を身籠もらせて。その子と貴方を待っていられるように・・・。お願い・・・。」
「クラリス・・・すまぬ・・・。」
 ルシャナは妻を抱き寄せ、愛おしく髪を手で梳いた。

一五.未知なる地へ

 翌朝、二人はキルシュヴァン城に行った。女王に旅立ちの許可を得るためである。
「クラリス、そなたも承知しているのですね?ルシャナを行かせても本当に良いのですね?」
「はい。」
 クラリスの覚悟を見たナターリアは、玉座から降りて、優しく彼女を抱きしめた。愛する者のために自分の幸せを押さえ込もうとする女性の姿に、同じ女性として心から共感したのである。
「貴女には私たちも付いています。いつでも話しに来て下さいね。」
 女王は、再び玉座に戻った。ミヒャエル公王が口を開く。
「それにしても、その老人は何者なのだろうな。己のことは『星に仕える者』と名乗ったのだな?」
 ルシャナは答えた。
「は。それに、私のことをずっと見ていた。とも言っておりました。少なくとも、尋常な人間ではないと思われます。」
「それでも、ついて行くのだね?己が求めて止まぬ何かを知るために。」
 ジョセフ公卿が問うた。
「は。老人はそれを『智恵』と言っておりました。それが何か、また何故ずっと私を見るようになったのか、不思議なことが多うございます。今行かねば、生涯おそらく悔いを残しましょう。クラリスのこと、何卒よろしくお願いいたします。」
「そうか。そなたも心から愛しているのだな、クラリスのことを。」
 ジョセフは微笑んだ。隣国の姫君だったクラリスを呼び捨てにしているのは、真に己が家族と考えているからであろう。・・・あの日の私のように・・・。
 それから、政府要人たちが呼び集められた。
「本日、ルシャナ伯爵から、一定期間不在にする旨の申し出がありました。
 そこで、ルシャナの留守のあいだ、その妻なるクラリスを新たに伯爵に任じます。皆の者、異論はありませぬな。」
 ナターリアの英断が下った。

 あの老人との約束の日が来た。そろそろ日が落ちようという頃、ルシャナは館の門のところに出た。クラリスも、館の者たちも揃っている。クラリスはルシャナの胸に入って言った。
「ルシャナ、どうか無事で。ずっと待っています。」
 ルシャナも、彼女を愛おしそうに撫でた。館の者たちに、くれぐれも妻を頼むと伝える。女性たちの中には涙する者も多くいた。
 フェリクスが皆を代表して言った。
「旦那様、どうかお早いお帰りを。私ども一同、旦那様のお帰りをお待ち申し上げると共に、奥様を精一杯お支え致します。」

 一つの影が静かに近づいてきた。あの老人だった。
「決意は変わらなかったようだな。・・・改めて名乗ろう。私は星の使い・瑠衣。人間たちは私をユニコーンと呼ぶ。」
 老人の影が馬の形に変わった。頭に黄金の角を、背中にも黄金の翼を持った白馬の姿だった。
 ルシャナは、クラリスに口づけてから、その馬に乗った。
「それでは、行こうか。」
 ユニコーンは、そう言うと、瞬く間に空高く舞い上がり、グロスアイヒェを遥かに見渡す海上に出ていた。
「さすがに元騎馬兵だ。乗せ心地も悪くない。」
 ユニコーンは言った。普通は、人が馬について『乗り心地が良い』という。だが、この場合は馬のほうが人を評価して褒めている。命には上も下もないのだ。

「目的地が見えてきたぞ。この星の極南・ウユニ大陸だ。」
 この頃はまだ大陸間の交流はほとんどなく、隣り合う大陸との交易がようやく始まったばかりという時代だった。人々は自分たちが住むところ以外の大陸については未知であった。博識のルシャナでさえ、オルニア大陸出身者の数人かとしか会ったことがなく、ウユニの名は聞いたことが無かった。
「お前たち人間も、そろそろ気づいていると思うが、大地は丸く、一つの星として太陽の周りを回りながら自らも回転している。その回転軸の一つがウユニ大陸にある。今、少し高度を落とすから、ここに住む者たちの姿を見よ。」
 ルシャナは下を見る。彼が知るカルタナ大陸とよく似た風景が広がっていたが、そこに動いている人々の姿は、ずいぶんと変わっていた。背中に翼を背負う者、魚のようなヒレを持つ者、片目が異様に大きな者、虎の頭を持つ者など、多種多様な姿をした人間たちが、争いもせず普通に行き来している。
「こ、これは・・・!」
「そなたは驚くであろうな。だが、これは現実だ。互いがすべて異なるが故に、かえって己とは異なる者も受け入れ、認め合う。この世の極楽浄土よ。」
 ユニコーンは再び上空へと舞い上がる。
「極楽浄土・・・初めて聞く。それは何だ?」
 ルシャナはあまりのことに、相手が馬であることも、自分が先ほどまでは丁寧語で話していたことも、すっかり忘れてこう尋ねた。
「心配するな。もうすぐ全てを教えていただける。目的地に着いたぞ。」
 ユニコーンは地に降り立ち、ルシャナを下ろした。そこは険しい山の頂上で、そこに一人の男性が坐していた。瑠璃色の髪を伸ばし、見たこともない形の黒い衣を身につけている。
「待っていたよ、ルシャナ。先は長い。先ずはここに坐りなさい。・・・瑠衣、ご苦労であった。」
「は。失礼致します。」
 ルシャナはその男性の前に坐した。ユニコーンも、元の老人の姿になって、男性の脇に控える。

「私は、そなたが今坐っている地面を含む惑星ルシア。今はそなたと話がしやすい形の幻影を映しているが、本体はこの星そのものだ。」
 ルシャナは、頭が破裂しそうだった。このあまりのスケールの大きさに、自分はついて行けるのだろうか・・・。目の前にいる男性が真実を話しているのは明らかだ。現に、自分もたった今ユニコーンに乗せられてここへ連れて来られているではないか!
「驚いているね。しかし心配は要らぬ。そなたはすでに多くのことを感じ取っている。あとはほんの少しの勇気を以て、確かな証拠を元に『智恵』を確信すれば良い。
 ナターリアがそなたに、私の使いを意味する名を授けたのは賢明であった。そなたならば、私の智恵と意思を全く正しく人々に伝えることができる。そのように見込んで、ここに来てもらったのだ。」
 こうしてルシャナは、惑星ルシアから直接『智恵』の教えを受けることになった。

 さて、ルシャナが旅立った数日後の館では、クラリスが体調を崩していた。食欲が落ち、酸っぱい物を食べたがり、吐き気を伴っている。コルネリアは、もしやと思って女医を呼ぶようにフェリクスに頼んだ。
「ご懐妊されて二カ月です。」
 女医が言った。コルネリアは悔しさを滲ませる。
「やっぱり!あぁ、奥様のご懐妊がもう少し早く分かっとったら、旦那様は行かれんかったかもしれんとに!」
 クラリスは言った。
「それは違いますよ、コルネリア。ルシャナは、何が起きても行かなければならなかったのです。
 でも、これで私は、この子と共にルシャナを待つことができます。」
 彼女は、お腹を摩った。

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