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📖#2 千年前の和風シンデレラストーリー『和泉式部日記』

↑の続きです。


香りで声で最愛の人を偲びたい

和泉「それはよかったわね。弟宮様(敦道親王あつみちしんのう)はとても上品で近寄りがたい方らしいから、亡き兄宮様(為尊親王ためたかしんのう)と同じようにはいかないでしょう」
少年「確かにそのようなところもおありですが、とても親しみやすいところもおありです。弟宮おとうとみや様が「いつも和泉式部のところに行っているの」とお聞きになったので、私が「参ります」と申し上げると「これを持って行って、どうご覧になりますかと聞いて、差し上げなさい」とおっしゃいました」

そう言って少年は、たちばなの花を取り出しました。それを見て和泉は「昔の人の」という古い歌を思い出して呟きました。

少年は顔を見せに来ただけではありません。
今の雇い主である弟宮様(敦道親王あつみちしんのう)のメッセージとプレゼントを和泉ちゃんに届けに来たのでした。

そうです。今度は弟の皇子おうじが和泉ちゃんを狙ってるわけです。
二人の皇子から惚れられる和泉ちゃんすごい!!

ロマンティックが走り出しそうな展開ですが、その前に、一つ突っ込みます。

少年、お前、なんで「いつも行ってます」って嘘ついた?
和泉ちゃんは、長い間姿を見せなかったって言ってるのに、なんで堂々と嘘ついてるの?

嘘つき少年のことはさておき、橘の花を見て和泉ちゃんが思い出したのは、こちらの有名な歌。

五月さつき待つ 花橘はなたちばなの をかげば 昔の人の そでぞする
(五月になるのを待ってから咲く橘の花の香りをかぐと、昔の人の懐かしい袖の香りがする)

『古今和歌集』

橘の花は白くて小さいのですが、柑橘系のいい香りがします。
今もオレンジやマンダリン、ベルガモットなどのシトラス系のフレグランスは人気ですよね。
平安時代も柑橘系の香りは大人気で、着るものに焚き染めていたのでした。

この歌をさっと思い出し、「橘の花の香りで、弟宮様のことをしのびましょうって、おっしゃっているのね」と気がついた和泉ちゃんはさすがです。
橘の花を見て何も思い浮かばないような教養不足だと、皇子との恋は出来ません。

言葉だけでお返事するのは失礼なので、

和泉(浮気っぽいという弟宮様の評判を聞いたことないし、歌ぐらいならいいか)

と思って、和泉は

「花橘の香りで亡き兄宮様を思い出すよりも、私はホトトギスの声を聞いて偲びたいのです」

という歌を詠んで差し上げました。

「私は香りではなく声で、亡き兄宮様を偲びたいの」と返した和泉ちゃん。
これはなかなかのテクニックですね。

普通だったら「うれしいです! 私も花橘の香りで亡き兄宮様を思い出しました!」と皇子に同調しちゃうところですが、それをかわして「私は声です」と言ってしまえるところがかっこいいです!

なんでホトトギス? というと、これも有名な歌がベース。

いそのかみ 古き都の ほととぎす 声ばかりこそ 昔なりけれ
(古い都で鳴くホトトギスは、時が経っても声だけは昔のまま鳴いている)

『古今和歌集』

これもすぐに思い浮かばないと駄目なやつです。
教養の高い人同士の特別なバトルですね。

ちなみに、弟宮様は和泉ちゃんよりも3つ年下の23歳。
亡き兄宮様は和泉ちゃんよりも1つ年上でした。


私と兄は同じだから恋人にどう?

少年は弟宮様のお屋敷に戻り、弟宮様に和泉が歌を書いたお手紙を差し上げました。
弟宮様はお手紙をご覧になって、

弟宮「私と兄宮あにみやは兄弟ですので、同じ枝で鳴いていたホトトギスのようなもの。私と兄宮の声が同じことをご存知ないのですか」

とお書きになり、少年が和泉のところにお返事を持ってきました。
和泉は「素敵」と思ったけれど、毎回お返事するのはためらわれてお返事しませんでした。

焦らしテクです! さすが! モテる女は違いますね!!
イケメン御曹司からLINEが来たら、普通は即返信しちゃいますけど、和泉ちゃんはえてしません。
相手に興味を持たせるんですね。余裕の構えです。

それにしても、この弟宮様「兄様も私も同じ声だよ。だから、私の恋人にどう?」という想いをさりげなく込めていて抜け目がないですね。
(兄さんと一緒だから俺にしなよって、自分で言っててむなしくないのかな?)

弟宮様は、また和泉に歌を詠んでくださいました。

弟宮「あなたに私の気持ちを告白しなければよかった。告白してからは、かえって苦しくてなげいている今日です」

和泉はもともと深く考えるタイプではなく、さびしい日々に耐えられなかったので、こんなちょっとした歌にもかれてしまい、お返事を書いたのでした。

和泉「あなたは今日嘆いているとおっしゃいますが、私は兄宮様を失ってからずっと悲しみに沈んで苦しんでいる日々です」

「お前は今日一日かもしれないけど、私は毎日ずっと嘆いているからな!」と返した和泉ちゃんお見事!

簡単にはなびかないのが恋愛上級者の平安女子ルールです。


続きます。


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