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手袋との思い出

日に日に寒くなっていく11月。そろそろ手袋を出さないとな~と思いつつ、昨年どんな手袋を使っていたか、記憶をたどれずにいた。

思い当たる手袋はひとつだけ。臙脂色の薄めの生地でできた、ほっそりと手を包むような手袋。
でも、これだけで冬を乗り切れたとは思えない。北国の冬は想像以上の寒さ、想像以上の積雪である。深々と降り積もる雪に埋もれ凍えそうななか、あの赤い手袋だけでは心もとなかったはず…。

部屋に戻り、思い当たる場所を探してみると、妹が以前使っていた厚手のミトンの手袋が出てきた。どうして妹の手袋がわたしの部屋に…そこで思い出す。昨年の冬、3年ほど使っていたお気に入りの手袋を失くしてしまって、妹に使っていない手袋を借りて乗り切ったのだと。どうやらお気に入りの手袋を失くしたショックを、その手袋の記憶ごと消して和らげたようだ。
その冬、わたしは手袋だけでなく、ほかのものもいろいろと思い切って手放していた。自分から手放したものでも喪失感はあるもので、手袋はアクシデントによる喪失ではあったけれど、一冬の喪失感として束にして処理したようである。

というわけで、昨年使っていた手袋を思い出すと同時に、あの手袋はもうないのだという喪失感と、ほかにもいろいろと手放した記憶までよみがえってきて、手袋を探すはずが、要らないものまで掘り起こされてしまった。

***

思えば、小さいころから手袋は大切にしてこれなかった。

幼稚園のときは、母が編んでくれたかわいい赤いミトンの手袋を使っていた。赤、白、深緑、黄色の毛糸で丁寧に模様が入ったその手袋はわたしのお気に入りだった。この手袋は失くした記憶がないので、探せば自宅のどこかにありそうな気がする。

小学校のときは、ミッキーマウスが手の甲についた紫色の毛糸の手袋だった。おそらく、そんなに気に入ってはいなかった。わたしが自分で紫色を選ぶなんて今でも考えられないからだ。
気に入ってはいなかったけれど今でも覚えているのは、うしないかたが印象に残っているからだと思う。その当時わたしは妹と一緒にピアノ教室に通っていて、ピアノ教室には大きな石油ストーブがあった。そのストーブの上にはやかんやら餅やらが乗せられるようになっていたのだけど、わたしは妹が先生にピアノを習っている間に、妹の手袋とわたしの手袋を温めておこうと思って、そのストーブの上に乗せたのだ。数分後、こげたようなにおいが室内に広がり、ストーブの上に乗せたわたしの手袋は、片方だけ黒く焼け焦げてしまった。
気に入っていたわけではないけど毎日使っていた手袋を、自分の思慮に欠ける行動によって失ってしまった。しかも片方は無事である。自分が失ったもののうち、半分が手元に残った。それもまた悲しくて、しばらくは手袋を見るたびに思い出したものである。
ほどなくしておそらく新しい手袋を買ってもらったはずだが、次に買ってもらった手袋については何の記憶も残っていない。
高校のときには、濃茶でとても肉厚なミトンの手袋を使っていた。地味で縄文人が使っていそうな、変わったデザインの手袋だったが、これは妹のお下がりであった。妹はたぶん祖母にもらったのだと思う。温かさ重視でその手袋を愛用していたが、最初は「かわいくない」と思っていたのに、いつの間にか愛着がわいていて、毎日の通学には欠かさず使っていた。しかしこれも失ってしまった。たしか、バスにおき忘れたのだったと思う。気に入っていただけにショックで、バスの営業所まで電話を掛けたりして探したが見つからなかった。あんな変なデザインの手袋、拾っても誰も使わなさそうと思ったのに。

そして、昨年の手袋である。誰といたときに失くしたか、覚えている。黄土色っぽい薄い茶色の、合皮っぽい素材でできた5本指の手袋。シンプルなデザインだけれどステッチが可愛くて、気に入っていた。何年か前の母からのクリスマスプレゼントだったと思う。そのあと探し回って、心当たりのあるあちこちに電話したが、結局見つからなかった。

***

不甲斐ない。わたしだけがこんなに失くしてしまうんだろうか。
毎年おそらくたくさんの人が手袋を失くすのではないだろうか。その消えた手袋はどこへ行ってしまうのだろう。雪が解けて、春になったら、道端に溢れていてもおかしくないのではないだろうか。

それとも、お店の忘れ物が置かれる場所に山積みになっているのだろうか。バス会社や電車の忘れ物受付には手袋が溢れているのではないだろうか。

手袋の行方が気になる。わたしがこれまで失くしてしまった手袋たちは、どこかで誰かの手にはまっているんだろうか…。

ぜひ、この文章を読み終えた人は、あなたが失くした手袋を思い出し、思いを馳せてみてほしい。そして、あなたの近くに手袋を忘れそうな人や、目の前で手袋を落とした人が居たのなら、勇気を出して声を掛けてほしい。

手袋への思いは人それぞれだろうけれど、失くすよりかは失くさずに、ずっと一緒にくたびれたいものである。唐突な現役引退は、何事も受け入れがたい。

***

飲み会が多いこの季節、飲み会とセットで手袋や傘を失くしたことがある方もいるのではないでしょうか。
手袋にまつわるストーリー、傘にまつわるストーリー…そういうのって、ドラマチックだと思います。モノと、人との出会いと別れ。みなさんのストーリーも気になります。

愛着あるものとの唐突な別れはなかなか堪えます。(つい先日も、10年以上使っていたお茶碗を割ってしまいました)

みなさまが今年も、お気に入りの素敵なものと出会い、気持ちよい円満な別れができますように。

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青森在住。1989年 青森生まれ。筑波大学卒。青森観光、終活、就活関係などなどwebライター。たまに冊子エディター。個人的興味は生き方、働き方、生涯学習、教育、思考、メディアなど。コーヒーとお肉が好きです。 マガジンにて短編的エッセイ文章も発信中。

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