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消しゴムをくれた女子に恋をする話が出てくる『女のいない男たち』(村上春樹)

「僕に消しゴムを半分くれた女の子」というモチーフ

7月から始まるドラマの特集記事を見ていて、ジャニーズのだれそれくん主演で「消しゴムをくれた女子を好きになった。」というドラマが始まるらしい、ということを知った。どうやらその"女子"は、主人公の男子中学生に、半分に割った消しゴムをくれて、そこから恋が始まるという話らしい。原作はライトノベル、でも、もとはネット掲示板に綴られた実話だそうだ。

で、それを知って私が驚愕したのは、カンヌやオスカー受賞の話題映画「ドライブ・マイ・カー」の原作、村上春樹の『女のいない男たち』の表題作であり、つい昨夜読んだばかりの短編の中に、まさにそういうエピソードがあったからだ。

…僕らは十四歳のときに中学校の教室で出会った。たしか「生物」の授業だった。アンモナイトだか、シーラカンスだか、なにしろそんな話だ。彼女は僕の隣の席に座っていた。僕が「消しゴムを忘れたんだけど、余分があったら貸してくれないか」と言うと、彼女は自分の消しゴムを二つに割って、ひとつを僕にくれた。にっこりとして。そして僕は文字通り一瞬にして彼女と恋に落ちた。

村上春樹『女のいない男たち』表題作「女のいない男たち」より

ちょっと待って。そんな風にプロットが重なるのは単なる偶然? それともどちらかがどちらかのアイデアを"拝借"した? 書かれた時期を見ると、ネット掲示板の方が古い。ということは、世界のハルキ・ムラカミが、まさか……?? いやいや、これ以上の詮索は辞めておこう。消しゴムを半分に割って誰かにあげるなんて、日常的によくあること。そして女子に何かをもらった男子中学生がその子を好きになるなんて、これまた、日常的によくあることだ。

短編小説「女のいない男たち」

…というわけで、ドラマやラノベやネット掲示板のことは忘れて、「女のいない男たち」の話。短編集の表題作であるところのこの作品は、おそらく「いかにも村上春樹っぽい」と言っていいであろう文体で、ポエムと言えばポエムで、表題作として6つの短編の最後に置かれていて、これだけ書きおろしで、ストーリーはあってないような感じで、つまり、どちらかといえばエッセーのような作品だ。

面白いことに、上記で引用した、この中学生時代の「僕」とその元恋人である「彼女」の話はいわば想像上のエピソードであり、実際にはこの「彼女」(仮に「エム」と呼ばれている)との出会いは中学時代でもなければ、そんな具体的なエピソードも存在しない。でもこの「僕」は、「彼女」は14歳のときにそういう出会い方をした女性だと思っている。いや、別に思いこんでいる、とか妄想、というのでもなく、「僕」はそれが「仮定」であることはわかっている。……不思議な設定だけれど、こういうところが村上春樹なんだろうなあ……と、私などは思う。

映画「ドライブ・マイ・カー」の原作として

さて、私がこの本を手に取ったのは、吉祥寺で映画「ドライブ・マイ・カー」を見た帰り、通りがかった本屋さんで目立つところに平積みにされていたから。まあなんとなくの流れというか、勢いあまって、というか…。映画はあまりに長くて、これ演劇だったら絶対20分の休憩をはさむやつでしょ、と突っ込みたくなる長さだったけど、ストーリーはなかなか面白かった。原作は短編小説だと知り、どこをどう料理したら短編小説がこの長さの映画になるのか知りたくて、本を買った。

6つの短編のうち、もちろん「ドライブ・マイ・カー」という短編がベースになっているのだけど、そこに「シェエラザード」と「木野」の2編のモチーフも盛り込まれている、というのがパンフレットに書いてあった監督の言。だからまずはその3編から読んでみた。でも、たしかに村上の小説が基にはなっているけれど、映画は全く別物だなあと思った。3時間かけて語られるだけの内容が、小説の肉付けというよりも、小説から着想を得て、全く別の壮大な物語として立ち上がったのだ、と理解した。

なので、残念ながら私の読書体験としては、この3作は少々物足りなかった感が否めない。映画の映像のインパクトがどうしても邪魔してしまい、素直にひとつの作品として読むのが難しかった。もし映画を見ずに読んでいたら、また全然違う印象だったと思う。(映画を見たからこそ読んだわけなので、言っても詮無いことなのだけど。)

「独立器官」

さて6つの中で私が一番気に入ったのは、「独立器官」という作品だ。多くの女性とスマートに付き合いながらも決して深入りせず独身貴族を通してきた男性が、50歳を過ぎたある日、ある年下の既婚女性に初めて恋をしてしまう、という物語。これはその結末も含めて、とても心に響く作品だった。

彼は恋に落ちて初めて、自分とは何者なのだろう?と考え始める。美容整形外科クリニックの院長として、知的で健康で悠々自適の生活を送っているが、たとえばもしアウシュビッツ収容所に入れられた囚人のように何もかもが奪われたら、自分は空っぽな人間なのではないか、とさえ考え苦悩する。そして、彼女のことを考えて何も手につかなくなる。

…今では彼女の心と私の心が何かでしっかり繋げられてしまっているような気がします。彼女の心が動けば、私の心もそれにつれて引っ張られます。ロープで繋がった二艘のボートのように。綱を切ろうと思っても、それを切れるだけの刃物がどこにもないのです。

村上春樹『女のいない男たち』「独立器官」より

この短編小説が『女のいない男たち』に収められているという事実によって、この恋が破れてしまうことに、おそらくは容易に察しが付くだろう。どのように恋に破れ、その後この医師がどうなるかは、ここでは書かないでおく。

いずれにしても、どの短編も、要は女性との関係が破綻した男性たちの物語で、なかなかに辛い話ばかりなのだけど、やはり世界的ストーリーテラーの手にかかっただけあって、そこはぐいぐいと読ませる作品ばかりだった。

村上春樹の長編にも、また久しぶりにトライしてみようかな…という気になった。なんだかんだ言って『ねじまき鳥』と『カフカ』はけっこう好きだったから。



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