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「反省」に関する記事紹介⑨


いつも私の記事をご覧くださり、ありがとうございます。

今日は、noteの皆さんの記事をご紹介する企画dayです!

本日は9名の方をご紹介させていただきますね🌷

皆さんの気づきとなる記事が見つかりますように。





【創作大賞感想】

まずはじめに、私のエッセイに感想を書いて下さった方をご紹介します。

※私のエッセイはこちら🌷⇓⇓


はしさん

「宗教」という言葉に対して。
病に倒れたときに、心の支えとなり、恐れよりも、落ち着いて悟りさえ感じる人がいる。
毎日の生活で、小さな喜びを感じ、それを自分の糧にしている。

信仰が、その人の考えや行動を形成する一部になっている。

人生の大きな危機に向き合ったときに、その人なりの軸があると感じることが何度もあった。

信仰する宗教があると言う背景、その教えが命、生き方に対する思考を形づくるひとつであると。
反面、「宗教」と言う言葉で、悪いイメージを思い浮かべることがある。
「洗脳」「宗教2世」と、世間を騒がせた時に、マスコミがつけた代名詞のせいか。
それは、マスコミだけのせいだけではない。
ものごとを見る時に多面で捉えずに、一面しか見ていない自分。

この作品は、私の思考へのメッセージ。
目を向ける先を、目を開いて見るべきことを教えてくれた。
小学生のあの頃の自分のように、真理花さんのnoteを楽しみたいだけだ。


私のエッセイをきっかけに、「宗教」の持つ意味や、その言葉に含まれる最近の負のイメージまで、真摯に書いて下さったはしさん。

宗教とは本来、人の心に寄り添うもの。

そして、自分の心を穏やかに保ったり、生きていきエネルギーをチャージできる存在だと信じています。

私の記事を通して、皆さんの日々に幸せをお届けできたらこの上ない光栄です!

今後ともどうぞよろしくお願い致します。




ここからは、大川隆法先生の説かれる幸福の原理、「愛・知・反省・発展」に関連して、皆さんの素敵な「反省」の記事をご紹介します。



共育LIBRARY りょーやんさん

人生を成功させるために
必要なものとして、
恩を返す力というものがあります。
あなたの周りにいる、
うまくいっている人、
温かい方々に囲まれている人は、
きっと受けた恩を忘れない人ではないでしょうか。

受けた恩を忘れない力
今の自分があるのは、
たくさんの人がつないできてくれた恩
受け取っているからだと意識できる力
「恩感力」の1つだと思います。

「恩返し」は、ずばり「反省」のイメージとは少し違うかもしれません。

ただ、今までいただいてきた御恩を振り返って、このままではいけない!と一念発起し、お返しの人生を歩むのであれば、当然、これまでの人生の半生が入っているのだと思います。

反省とは決してネガティブなものではなく、自分の立ち位置を客観的に見極め、教訓を胸に前に前進していくために必要な存在です。

お世話になった家族、友人、先生方、同僚……たくさんの方々への反省と感謝を胸に、少しでも社会にその恩を還元していきたい……私もそのように決意しています。

恩返しの人生、共に生き抜いていきましょう☆彡



Saka.先生

失敗した後の動きが大切になってきます。
失敗した後に、

・次に活かそうとしているか
・同じ失敗を繰り返さないようにしているか
・自分ごととして捉えているか

などを意識している人は、失敗をする意味があるのだと考えています。

失敗をしていない人は "できる人" でしょうか。
もしかしたら、チャレンジしていない人かもしれません。
瞬間的にみると失敗でも、長い目で見たら成功に変わるかもしれませんよね。
自分がやっていることを信じて、焦らないことも大切ですね。

Saka.先生の記事では、失敗を何パターンかにパターン分けされているのが特徴です。

たとえば、

・めちゃくちゃ努力をしたうえでの失敗
・何も考えずにする失敗

詳しくは記事をご覧いただきたいのですが、このように失敗の種類や、失敗後の影響の分類分けをすることで、「失敗」という漠然とした問題を解決する糸口が見つかるのではないかと思いました!

また、その上で、

何事も失敗した後にどうしていくかが大事。
チャレンジしたということは、長い目で成功に繋がるかもしれない。

との温かい見解をお示し下さっています。


※同じような一転語をご紹介しますね🎶


三鶴さん


 かつて、自分が考えていた光とは、生きていること、愛されていることだった。
 でも、もしそうだとしたら、上野さんのように、もうこの世にはいない人たちは、光ではないのか。あるいは、誰からも愛されずに孤独に生きる人間には、光がないのか。
 そうは思いたくない。
 今まで、光に対して受け身な捉え方をしていた。自分の外側にあるものだと思い込んでいたのだろう。
 光って、なんだろう。
 デッサンスケール越しに覗いた桜の花と、ステージから見た彼女の涙が、鮮やかに思い出される。

 ……このとき、ようやく気がついた。
 
 光とは。

 愛する心に灯るものなのだ。

note界に白い春旋風を巻き起こしたと囁かれる「白い春」の三鶴さんによる最終話。

私は勝手に「反省のスペシャリスト」と三鶴さんをお呼びしているのですが(笑)、今回の「白い春」にもしっかりとその流れが出ていました!

光とは。愛する心に宿るものなのだ。

光は人から愛してもらうことではなく、自分から愛を発するときにでてくるもの。

かつて、闇を消す場所を探し求めていた自分への反省、そして、「光」を胸に前に進んでいく決意が語られています。

これだけでも、名作と呼ばれるに値する素晴らしいシーンだと思っています。

主人公の心の成長を共に学ばせていただき、本当にありがとうございました。

「白い春」、まだご覧になっていない方は、ぜひお読みになってみてくださいね💖


【白い春~君に贈る歌~】全記事一覧はこちらです↓↓



ATF@ウェルネスリトリートさん

虚栄心とは、自分のことを実態以上によく見せたがる気持ちで、見栄を張ることだ

バイデン氏が本当に「自国のためにリーダーであり続けたい」と思っていたのは事実だろうが、精神的にも肉体的にも実態以上に虚勢を張っていたのは否めない

虚栄心とは、大昔から存在する人間の本能に近いもだそうです!

誰しも自分可愛いもの。

つい、実態よりも良いように見栄を張ってしまうこともあります。

でも、結局虚勢を張っても苦しいだけで、長くは続かない気がします。

自分が人よりも劣っていることを隠すために虚勢を張るのではなく、

他人は他人、自分は自分と割り切り、自分の伸び率で勝負していきたいものだなあ、と思ったりします。

自分の中に虚栄心がないか、私も日々点検していきたいです。



にいにさん

シッパイはセイコウに言った。
……でもさ、失敗しないと反省しないじゃん。なぜ、失敗はそんなに嫌われるんだろう。
セイコウはシッパイに優しく言った。
……みんな傷つきたくないんだよ。生きてるだけで、けっこう大変なんだから。

誰もが失敗したくて失敗するわけではないですよね。

セイコウ(成功)は好きでも、シッパイ(失敗)が嫌われるのは、みんな傷つきたくないから。

でも、シッパイがないと反省はできないし、自分を深く省みることができないです。

反省がないと、前に進んで、次の成功に向かうこともできないですよね。

この物語のように、「シッパイとセイコウ」は二つ揃って、かけ算のような大きな力を発揮する存在なのかもしれませんね。



たこせん枝瀬さん

人が変わる手前って
必ず試練なり、課題なり、
チャレンジが訪れるんですね。
試練や課題がサインとして与えられるんです。
面白いのが
自分が意図してやるっていうよりは、
向こう側から外側の変化としてやってくる。

多くの場合、
(目の前にある課題や試練を)
人は見て見ぬふりをしていたり
直視しなかったり、
先送りしてるんです。
だけどそこに気づいて
変わろうって思うと、
変化が起こり始める。
必要なのは「覚悟」

その課題と向き合って変わるんだ。
本当に心から覚悟を決めて取り組むんだと
決断した瞬間から、
その人は、変わってきます。

まったくもってその通りの、素晴らしい気づきだと思いました。

なぜか上手く行かない時。

試練がやってくる時。

こういう時って、人が変わるチャンスなんですよね。

そして、そうした躓きの時に、それを人のせい、環境のせいにせず、

「今、自分にとって必要な課題が現れてきているんだ」と思えることがまず大事。

問題点を認識して、覚悟を決めてそこに向き合っていく時、もう一段の自分の成長に繋がっていくのだと思います。

これも一つの反省の形かな、と思いましたので、ご紹介させていただきました。

学びのある素敵な記事をありがとうございます🎶



よへいさん

「記事を書ききれない」
「スキがつかず気持ちが落ちてる」
「そもそもnoteを開くのが億劫」

そんな方の参考になると嬉しいです。

noteの続け方に関する、よへいさんのメンバーシップ記事です。

note振り返り、という意味で、「反省」の分類でご紹介させていただきます🌟

詳しくは後半の有料部分をぜひご覧いただきたいのですが、

一つだけ、私の心に響いたポイントをご紹介させていただくと、

ベクトルが自分向きか。
ベクトルが他人向きか。

これによって、noteの記事作成の方法も大きく変わっていくと思います。

記事を書くというのは、やはり相手がいてこそ成り立つものだと思うので、相手のことを考えられているかどうか、がやはり成功・失敗を分ける要因なのかな、と感じました。

素晴らしい気づきの記事なので、皆さんぜひご一読ください!



クロサキナオさん

日本人は元来、農耕民族として歴史を刻んできた訳じゃん。
まぁ日本人に限った話じゃないけど。
【お題:食べたい】

①狩りをする、生ってる実を採る
②米を育てる、野菜を栽培する

前回の"消耗品思考"だと、
あるものを消費しちゃっていく訳で
どこかのタイミングで尽きちゃう訳じゃん。

季節に応じて穀物や作物を育てて、食料供給をする。
長い目で見れば、②の考え"耐久品思考"なくして成り立たない。
要は、この辺りを応用して何か学びがないかなと。

私たちの日々の生活においても、note記事においても、長続きしていくための工夫が必要になってきます。

たとえば、note記事であれば、ただオリジナルにこだわりすぎて更新が滞ってしまうよりは、ある程度テンプレート化した箇所を使いつつ更新していった方が、その都度の負担も減りますし、noteを続けやすくなります。

つまり、長く持ちこたえるために、作れる「型」のようなものはないか。

自分の記事は虚勢を張って無理をしていないか。

この辺りは、定期的に「反省」として振り返っておいた方が、より快適に日々の作業を進めていける気がしています。

いつも素敵な学びの記事をありがとうございます!


〈まとめ〉


いかがでしたでしょうか?

個性溢れるnoteの皆さんの記事にふれると、いつも私も頑張ろう!と思えます。

これからも皆さまの素敵なnoteに出会えるのを楽しみにしています🌟

今後ともどうぞよろしくお願い致します🌷



※今回の記事は、こちらのマガジンに所収させていただこうと思います☆

皆様何卒よろしくお願い致します。↓↓


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