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EXILIAランジェリーの復活劇

こんにちは、八月も最後になりました。

早いですね。。。


EXILIAランジェリー

海外ランジェリーイタリアランジェリー好きで、このブランドを知ってる人は

中々分かってる人ですね!と言われるブランド、、それがEXILIA

その昔は、僭越ながら、、EXILIA知らないランジェリー好きは俄かだと、、そんな時代もありました。

EXILEさんが出て来た時は、ちょっと天然なマリーさんは、、あれエクセリア?

なんでテレビ出てんの?と良く間違えて、、うちのが先や!と謎の競争心を持ってた・・・、そんな事もありましたね、、確かに字体似てますしね。

でも、エクセリアって普通に検索すると謎にヘビメタバンドみたいなのが出てくるので、検索しても中々見つけれないエクセリア、僕は紛らわしいことが無いように

エクセリアランジェリーとタグは付けてます。


さて、前置きはこの辺にして、、


ランジェリーの仕事は私は15年目になりますが

この仕事は家業でもありますので、もう35年はランジェリーの世界を

見てきております。

とはいえ、自分が6歳の時からなので、家に帰ると

透けた生地を大人何人かが囲んで

何やら話してる、、全然意味分からないですよ、、もちろん。

それが今振り返るとペルラやエクセリア、しかも1980年代の

ペルラのフルコレクションが毎年ずらりと並んでいる。

ランジェリー好きな人な眉唾ものでしょう。

マリーのランジェリーの始まりは85年

それまでは、ファッションモデルとしてクリスチャンディオールや

ジバンシィのショーや広告モデルをしていた母マリー

当時大丸とディオールが日本で精力的に展開していた頃に活躍

テレビなども精力的に出ておりました。11PMという番組のカバーガールも

してたそうです。そんなマリが華やかな洋服を着るたびに思ってたのが

ランジェリーが日本にない事。当時はパリでペルラかディオールのランジェリーを

買ってたそうです。ディオールってランジェリーの歴史実は結構深いのですが

今はタッチして無いですよね。ちゃんとやればディオールのドレスの技術で

面白いもの出来そうだなあ〜と思ってますが。。

そんな、マリが私を産み仕事を新たにしたのが、85年。


85年は日本におけるイタリアランジェリーの草創期

元々、神戸マリーという会社で85年にペルラを日本で取り扱って

おりましたが、版権に日本の企業がエクスクルージブをかけたので

ペルラが扱えない、、さて、、どうしたものか、、

そう思うと、ペルラのアジアの輸入元のマダムからあるブランドを

聞かされ、、それは、ペルラよりも小さい小さいブランドだけど

それが、、ペルラよりも良いものを作るんだよ、、と。

それが、エクセリア、というブランドでした。

すぐに、日本にエクセリアを持ち込み、、

日本中エクセリアを抱えて売り歩きましたが、全然当時

国産の下着が絶対だったので、見向きもされなかったそうです。


その中、東京でリュードリューの龍さんとの出会いで

また局面が変わります。

瞬く間に、エクセリアが日本のランジェリー市場で

知られるようになりました。


エクセリアというブランドは

お父さん、お母さん、息子、娘、そして今は孫、ひ孫まで

1つの工場で家族で運営してる会社です。

でも全てお父さんが決めるワンマンの会社でもあります。

デザイナーはマリアさん、、お母さんです。

息子は双子、マッシモとルカ。そして娘は姉妹。

そんなイタリアの工場制手工業マニファクチュアで生産

14人の職人が裁断機とミシン以外は機会を使わずに生産する

体制で2019年まで生産してきました。

ところが、お洋服に続き、ランジェリーも

イタリアではインティミッシミなど、安売りアンダーウェアーランジェリー

が勢力を増してファストランジェリーが流行ります。インティミッシミも

V Sを追いかけてた部分がありますので、一時期どうなるのかな、と思っておりましたがここにきて頭打ちが来たような気もします。

コロナで制限された生活をイタリアもしてきたので、それも一理あると思います。

しかしながら、イタリアも文化を大事にする国なので

こういう、イタリアの伝統的な芸術品を放って置かなかったという結果

2019年に一旦生産を見合わせ、休業状態に入ってしまいました。

手工業だと、ファストとの兼ね合いで、良いものが霞むような

ある意味価格破壊ですね。

日本のファッション市場も価格破壊からデフレ脱却出来てないですから

こういったことは、世界的に慢性的な肩こりのように血液の循環を遮ってます。


さて、そんなニュースから

多くの人はエクセリアが無くなったと思ったそうですが、いや、でも

こういう展開で無くなる場合も多いです。

私も、その時は大変でした。エクセリアの為に何回何人の人に謝ったか

表面的な謝罪が辛いわけでなくて、楽しみにしてたんだ〜って

その時に分かってたけど、色々痛感したものがありまして。。


そして、3年、、、

しかし、ラッキーというのもあったかもしれないですね

なんと、この夏に復活しました。

しかも、先代は引退という形ですが、2代目以降は会社に残るという

そして工場もアトリエも同じ形で、さらにコンテンポラリーに返信して

今まで、メディアやネットも苦手だったのが積極的になり、

徐々に変わって来てる兆しが見えており。


そろそろ、スタートの合図がイタリアから聞こえて来そうです。

日本でも定期的に色んな人が会社も、お店も個人もとにかく山ほど電話

かかってくるので、応対しながら僕も早いスタートを望んでおりましたので


きっとこの噂も届いてくれてるかと思いますので。


楽しみにして頂ければと。


まだ、新しいエクセリアのランジェリーは見てないので

今の1番の楽しみはそれかもしれませんね。

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サポート有難うございます、専門クリエイターとしてnoteから書籍化に向けて頑張って行きたいと思います。