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【エッセイ】神君

小学4年生のときにクラスに面白い子がいた。
小学1年生から小学3年生までは、ひろきくんという男の子への恋心に夢中だったのだが、4年生からは恋心ではないが、神君(じんくん)という特殊な存在に私は心を奪われていった。
神君の肌は青白く、歯はいつ磨いたのかわからないほど黄色く、髪もギトギトしている。
そして堂々と鼻をほじっては鼻くそを確認したあとに食べる。
風貌だけで言ったら、とんでもないモンスターなのだが、私は神君が大好きだった。

神君は人に指摘されても鼻をほじることも食べることもやめないし、歯も髪もいくらみんなに汚いと言われてもそのままでいる。
自分の興味のあること以外は一切聞き入れずにブレない神君を私は崇拝していた。

例えば私が、「神君、歯が汚いよ。そろそろ磨かないと!」と言ったとしても、神君はそれに対する返答などせず、唐突に「ところで、君はE6系のやまびこを知ってる?」と聞いてくるのだ。
神君は鉄道が大好きで、頭の中に鉄道しかない。
私は鉄道のことなんか全く知らないので、「知らない。それって何なの?新幹線?」と言うと、神君は、絵に描いたような“やれやれ”というポーズをしながら、「君はそんなことも知らないのか。全く。E6系のやまびこというのは・・・」と、一見迷惑そうな顔の中に、どこか嬉しそうな表情を浮かべながら説明を始めるのだ。

私は“神君”という不思議な存在が気になって仕方なくて、いつも神君のそばにくっついていた。
こんなにも人に流されずに、自分の興味のあることにしか関心を持たない人なんかそうそういないと思った。

神君は挨拶も変わっていた。
自分のことを車窓さんだと思い込んでいるのか、こちらが「神君、おはよう!」と朝の挨拶をしても、車掌風に無言で敬礼というスタイルで返してくるのだ。
私はその神君流の挨拶が大好きで、毎朝欠かさずに神君に挨拶した。

他にも神君のことが知りたくてたまらなくて、神君に付きまとっていると、私の低レベルな下ネタにもなかなか良い反応をするということが分かった。
私は神君を喜ばせたくて、図書室で“汚いもの図鑑”を借りた。
さっそく神君にその図鑑を見せると、神君はとても喜んだ。

「神君、見て見て!鼻くそを食べる人の割合は約〇%だって!!結構いるんだね!神君は堂々と食べているけど、隠れて食べてる人も結構いるってことなんじゃない!??」

図書室で本を借りられる期間は2週間なので、2週間たったらまた延長して2週間借りた。

「くしゃみで飛ぶウイルスは約二百万個だって!神君!二百まんこ!!!」

私たちは大いに盛り上がった。
しかし神君は鉄道のこと以外はほとんど口を開かないので、本当に喜んでいたかどうかは定かではない。
そうは言っても、あれだけ屈託のない笑顔を見せられちゃ、喜んでいないはずはないと、私は信じて疑わない。

そして私は神君を怒らせるのも大好きだった。
神君は基本的に人のことに興味がないし、人と自分を比べないので怒ることも少ないのだが、神君はくすぐりに弱く、あんまり調子に乗ってくすぐると怒るのだ。

神君はくすぐられると、「おのれ!貴様!!!姑息な真似を!!!」と戦国武将のように怒るのだ。
それがあまりに面白くて、私は何度でも神君をくすぐった。

戦国武将かと思いきや、感謝したときには両手を合わせて仏のように感謝するし、悪いと思えば平気で土下座するし、とにかくいろんな顔を持つのが神君という男なのだ。

神君とは別の中学校になってしまい消息不明なのだが、私は人生に迷ったとき、たまに神君を思い出している。

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