見出し画像

若い頃の私


若い頃の私は、接待を欲している人間の接待をしていた。
いかに仕事が大変であるか、とか、いかに自分が不当な評価、扱いを受けているか、とか下らない話をニコニコ笑いながら聞いて、適切なタイミングで相槌と質問を投げかけ、欲しがっているであろう言葉をたくさん口から吐いた。

欲しがっている言葉をかけると人は皆喜んだ。
取り分け、男性は喜んだ。
自分と他人を信じ込ませる事は実に容易であった。
心の底は冷えていた。
冷え切っている事にも気づかない程、私の頭は鈍麻していた。

接待をすることによって、1人きりであることを回避していた。
何しろ、素直に喜び、ニコニコとしてくれるし、快く食事を奢ってくれる。
一生懸命に接待をしていたと思う。
嘲りなども全部引き受けてヘラヘラと笑っていた。
他人に自分の存在価値を預けていた。

これだけ、こんなにやって欲しいことをしてあげているのだから、
無意識に見返りを求めていた。

よく勘違いされた。
私は、欲している言葉を投げかけているだけに過ぎず、そこに私の感情などというものはなかった。
多少の親しみは感じていたし、ニコニコして終始楽しそうにしてくれれば、私は安堵した。

幼少時からの癖で、何かしらで怒っていたり、いさかいを起こす家族を宥めたり、つまらない冗談を言ったり、子どもらしく甘えて見せたりすることは私の仕事であった。

家庭をコントロールするのは、私の仕事だった。

そうする事で自分は愛されてきたし、自分の感情などは意味のないものだと思っていた。
もう、むしろ、感じなくなったに近い。

高校生の時には、男性というものは単純でなんと扱いやすいのだろう、と思った。

特別、美人でも可愛くもなかったがなぜか好かれた。

女性は昔から苦手だった。
共感という文化が私の家には無かった。
思った事を言うのが真の親しみの証であると思っていた。
小学生の頃、親に塾に通わされ成績も上がらず辞めたいという女の子に『辞めればいいじゃん』と言ったら泣かれた。

隣にいた女の子は私を信じられないものを見るような目で見ていたので、これは非難されて然るべきものだと分かった。

小学生5年生の頃、転校してきた女の子は、とても天真爛漫で利発そうな子だった。
クラスのカーストの上の方の女の子と仲良くしていた。

その子はやたらと私と下校したがった。

彼女の将来の夢、好きなアイドルの話、取り留めのない話をたくさん話してくれた。

中学に上がってからも彼女はクラスが違うのに休み時間の度に話しに来た。
特に拒む理由もなかったし、新しいクラスに馴染めないのかと思っていた。
でなければ、私に会いにくる理由がない。

私からは彼女に会いに一度も行かなかった。
まず、彼女は私とは別種の人間であると思っていたし、クラスに馴染めば来なくなるだろうと思っていた。

忘れ物をすると別のクラスまで借りに行かなければならない決まりがあった。

その時にだけ顔を出していたと思う。
彼女は泣いていて、近くにいた彼女の友人らしき人は私をはっきりと見据えて睨み付けていた。

どうやら、傷つけていたらしい。

小学生の頃から、私は人間に興味がなかった。
こちらは何の感情も抱いていないのに勝手に好かれたり、嫌われたりして、正直意味が分からなかった。
自分のコントロール出来ない環境にいる事は強いストレスだった。

あまり、喋らず笑わない子だった。
ただ、近寄ってくる子と行動を共にした。
そこに親しみはあれど、友情など感じていたかと問われたら、全く分からない。
忘れ物や遅刻が異常に多く、そのくせそこそこ成績が良かったせいなのか分からないが嫌われていた。
先生からも嫌われていた。

自分の感情よりもどう振る舞うべきか、どれが正解であるかを常に考えていた。

全方向での正解が分からなかった、とも思うし、私は家庭での仕事に疲れ切っていたのかもしれない。

それからだ。

人の接待をし始めたのは。


自分とは。自分らしさとは。長い時間分からなかった。