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春樹さんの声が聞こえてくる~『猫を棄てる 父親について語るとき』(村上春樹)~

副題どおり、春樹さんがお父さんの人生や、お父さんとの思い出について語った本です。春樹さんが目の前で、とまでは言えないまでも、ラジオを通して語っているのを聞いているような気分で読むことができました。


↑kindle版


私は図書館で借りて読んだので、帯のない状態だったのですが、帯には「時が忘れさせるものがあり、そして時が呼び起こすものがある」と書かれていたようです。それを踏まえると、この本がさらに大きな意味を持つ気がします。無料で読んでいて注文をつけるのも何ですが、こういう帯の場合は、何らかの形で本に貼っておく工夫を、図書館はしてほしいですね。


題名は春樹さんとお父さんの思い出の一つである、猫を海岸に棄てにいったものの、その猫がなぜか二人より先に家に戻っていた、というエピソードから取られています。一見ちょっと不思議なだけのエピソードが、実は大きな意味を持っていたことが、本の中盤で明らかになります。


作家が父親について語った文章など、作家研究のためくらいにしか役に立たないと思う人もいるかもしれません。でも戦争が、一人の人間の人生をいかに変えてしまったか、そしてそれが次世代にもいかに影響するかを表しているという意味で、これは決して春樹さんの個人的な思い出ではないと思います。春樹さんがあとがきで書いている通り、「個人的な物語であると同時に、僕らの暮らす世界全体を作り上げている大きな物語の一部でもある」のです。


挿絵がふんだんに使われているのも、こういう本にしては珍しいと思いますが、高妍さんのセピア調の絵が、まるで春樹さんやお父さんの写真を特別に見させてもらっているような感覚を与えます。読者一人一人が、個人的に春樹さんの話を聞かせてもらっているようです。


唯一の欠点は、いささかお値段が高いこと。本体価格1,200円は、ちょっとね。文庫化されたら、読み返すために買うかもしれませんが。

↑なぜか値段が1,100円で表示されますが、実際は税込1,320円です。



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