読ませる力はある~『Blue』(川野芽生)~
第170回(2024上半期)芥川賞候補作の1つのです。
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文化祭でオリジナル脚本の「人魚姫」を演じようとする高校生の演劇部員4人と、脚本を書いた友人の話です。主人公の真砂の生き方と人魚姫のあり方とがリンクし、物語が展開されていきます。冒頭でまず、内容が頭に入って来ず、混乱しました。3度くらい読み返した末、諦めて読み進めたら、「どこまでト書き?」という水無瀬のツッコミがあり、安心しました。わざと、あまりうまくない書き出しにしていたのね。
自分の性に違和感を持っている子と、違和感はないようだけど、一人称が本来の性とは違う子が混在している、という設定が分かるまでは、これまた頭が混乱します。さらにその設定に、どんでん返しが仕掛けられています。
9ページで、「学生証」という表現が使われており、あれっと思いました。細かいことですが、高校生なので「生徒証」が正しいです。校正の人が気づかなかったのでしょうか。まぁ高校生なので、無頓着に「学生証」と言っているという設定かもしれませんが。
あと、台本部分のフォントが小さすぎで、老眼には辛いです。あの字のサイズで大丈夫な世代のみを、読者層として想定しているのでしょうか。
ここまで、あまり良くない感想が続きますが、結構読みすすめるまで、「なぜこれが芥川賞候補作なのだろう」という疑問を持っていました。申し訳ないけど、文芸社が出す、一部を著者が負担する形の作品を思わせます。ページ数が150ページにも達していないという薄さも、文芸社的なので。
ただ、アンデルセンの『人魚姫』についての部員たちの議論が始まるあたりから、次第に引き込まれていきました。人魚姫が泡になってしまう理由には、驚かされました。
原作が「愛されると魂が得られる」という設定になっていることには、滝上ならずとも納得がいきません。「当人の心とか精神とか徳とか善とか、そういうものとは全く関係のない、偶発事」(p.35)ですよね。人魚姫を迎えに来るのが「空気の娘たち」で、300年「よい行いをするようつとめれば」、魂が手に入るというのも初耳。もっともこれなら、善行を積むことで魂が手に入る、ということで、まぁ納得がいきますね。いささか輪廻転生を思わせるとはいえ。真砂同様、私も原作をきちんと読んだことがなかったようです。ついでに言うと、作中で題名が出てくる芥川龍之介の「杜子春」も、読んだことがないような気がします。
「一夫一妻制の婚姻」を意味するモノガミーという単語も知らなかったので、備忘録代わりに書いておきます。
21世紀の大学が、まだこのレベルなのかと思うと、暗澹とした気持ちになります。
何だかんだ言って、思ったよりも早く読み終えてしまったので、読ませる力はあるのだと思います。何よりも、ラスト近くの「朝ちゃんもあたしに対してそう思ってるよね? 自分がいないとあたしは駄目なんだって」というセリフはドキッとしたし、鮮やかでした。
それでもやはり、もう一つ芥川賞受賞には力不足な感じが否めません(実際、受賞は逃しましたが)。うがった見方をすると、芥川賞の選考にあたる日本文学振興会に、利用されてしまったのではと思ってしまいます。つまり、トランスジェンダーが抱える問題をがっつり扱ったこの作品を芥川賞候補にすることで、候補作の多様性を広げるというか……。意地悪な意見で、申し訳ありませんが。
見出し画像は、東京ディズニーシーの青空です。
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