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水底の橋がつなぐもの~『鹿の王 水底の橋』(上橋菜穂子)~

『鹿の王』の世界の話ですが、前作を読んでいなくても、まったく問題なく読めます。私は一応前作は読んでいますが、「原因不明の感染症の話だったよな」という程度のことしか覚えていませんでした。でも普通に読めました。


↑kindle版


上記のとおり原因不明の感染症を扱っているという点では、前作は今のご時勢にどんぴしゃりです。でもこの『鹿の王 水底の橋』にもまた、何となく新型コロナウィルスの問題と重ねて読める部分があります。例えば、以下の一節。


「私は私、あなたはあなた、みな違う存在として在る。それは、そうである必要があったからこその区別でしょう。その、それぞれの〈分〉を踏み越えて過剰な接触が起こると、それらは穢され、病などの災いが生じる」


でもメインテーマと言えるのは、尊厳を持って生きること・死ぬことかなと思います。これもまた、今日的テーマを持っていると言えます。治療が可能だからといって、それを施すことは、場合によっては患者の尊厳を冒すこともあり得る、というわけです。


そしてもう一つのテーマは、違う考えを持つ者同士が、いかに分かりあうか。このお話の中では、二つの医術のあり方に、それが凝縮されています。どちらかだけが正しいわけではもちろんないし、単に互いの良いところを取り入れればいいというものでも、多分ない。ネタバレになるので書けませんが、最後に主要登場人物たちが達する結論は、それぞれ正しいのだと思います。タイトルの「水底の橋」は、違う考えを持つ者同士が分かりあおうとすることを象徴しているのでしょうか。


しかし、相変わらず上橋さんのお話に出てくる食べ物は美味しそうですね。食に関心を持ち、美味しく食べているかぎり、人間、大丈夫だと思わされます。


唯一欠点と言えるのは、毒入りの料理を食べた一人が兎季(とき)ではなく、その娘であるように読めてしまうこと。間違って書いたわけではなく、読み返してみると、上橋さんは兎季のつもりで書いたのであろうことは分かるのですが、私は娘が食べたと思っていました。誰が食べたかは、話の上でやや大きい意味を持つので、誤読の可能性がある書き方になっているのは、ちょっとまずいと思います。まぁ、あまり気づかずスルーする人が大半だと思いますが。


見出し画像は、スペインのタラゴナにあるラス・ファレス水道橋。お話に出てくる「水底の橋」とは似ても似つかぬ堅牢な橋ですが、個人的にこのラス・ファレス水道橋が好きなので。

この橋を見た時、ローマから遠く離れたタラゴナが間違いなく古代ローマ帝国の一部だったこと、そしてこの地にローマの土木技術が伝わったことを、しみじみ実感したものです。加えて、二千年前に作られた橋がしっかり残っている事実と、それを可能にした古代ローマの技術力の高さに感動しました。


↑文庫版

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