見出し画像

ピアスを開けた日*

2019年ヒット○○が発表されだした今日この頃。
もう今年も終わっちゃうんだってなんだかすごく切ない気分。
今年なんか大きなことあったけと回想録を巡らせたてみたらさ、
『ピアスを開ける』っていう大きな一歩を踏み出してたこと思い出した。
ちょっと、大人になったような気がしたあの日。
忘れないように書いてたnote.に少しだけ加筆して、誰でも見える状態でおいてこうとおもう。


社会への反抗の象徴

私は、地元にいるときはギャルといわれるタイプの子と仲が良かった。
小学生の頃からピアス開けてる子がいたり、髪染めてたり。
やばい子だと名札や画鋲でピアス開けてたこともあったけ。

私はたかがピアスや髪染めで先生に怒られちゃうのにあえてするなんてバカだな~って心の中で思ってた一方で、大人たちから求められるものを一切気にせずに自由ふるまっている友達がうらやましくて仕方がなかった。

良い子ちゃんが嫌で嫌で仕方がなかった私は、中高時代に何度ピアスを開けてる友達に「開けるの痛かった?」と聞いてはどうしようって何度心が揺れたことか。
けれども、社会の普通の道をはみ出してしまうようで怖かった。
家族と学校という小さなコミュニティでしか生きられなかった私は、反発することで被るデメリットを考えてしまってできなかった。(まぁ、良かったと思うけれども。)

高校卒業後、地元の友達の耳には3個4個とピアスの穴が増える一方で、私はピアス開けたいと思っても小心者で結局開けられなかった。


母親とピアス

ピアスを開ける。
たったこれだけの行為なのに、私は地元を出て成人した後もできなかった。
今思えばバカっぽい気もするけど。

多分、母親の存在が大きかった。
私の心を支配し続けてきた母親。
まぁ、私と家族の関係は複雑だから別の機会に書こうと思う。

その母親が「ピアス開けたらお前家出てけよ。」なんていうもんだから、「うるせー。」なんて反抗しながら冗談でしょって思う一方で本当だったらと怖かった。

たまにサン宝石で買ったマグネットピアスを親が見ていないところでこっそりつけることが、私なりの社会への最大限の反抗であった。

そうしたら、母親に「お前、洒落ていい身分だと思ってるんかよ。」って経済制裁を受けたんですが。
悔しいけれど経済的に親に依存している以上、私は親に反抗ができないと感じたし、早く大人になりたいなんて思いはじめた瞬間だったのかもしれない。

一瞬で変わる世界

そして、高校卒業から約3年後、私は耳を開けた。
開けるときは友達に頼んだけど、さすが田舎のヤンキー。
薬局前でピアッサーをパチンっと。(※絶対にマネしないでね★)

けれども、その瞬間。
なんで私はこんな一瞬のことで何年も悩み続けたんだろう、呪縛され続けたんだろう、バカな私と思った。

親には何も言われなかった。
というより、たぶん親は私のことなんて見てなかった。
家族で私の変化に気づいて「ピアス開けたんだ」と言ってくれたのはおばさんだけ。

ジンジンしている耳が私を大人にしたように思えて自信が持てた。
やっと私は地元の友達とおそろいのピアスだったりでおしゃれが楽しめるんだって自分の目の前に広がる世界が広がった。

なんだ、こんなに簡単なことなんだ。
こんなに一瞬のことに耐えれば、私は自分に自信が持てたんだ。

結局は自分で決めるしかない

もちろん自分のコミュニティの暗黙の了解に従うことは大事。
だけれども、自分がやりたいっていう気持ちを大事にすることも生きることを楽しむには必要だ。

結局、自分がどうしたいか、どうなりたいかを決める権利は私にある。
そして、もう成人しているんだから自分の行動に責任を取れるなら周りを気にしないでとりあえずやっちゃうしかない。

私にとってピアスを開けるということは、少しだけ親からの呪縛を解くことだったし、誰にも相談せずに自分に何があっても責任を持つっていう初めての経験だった。

たかがピアスかもしれないが、私にとっては大人への大きな一歩だった。

#ピアス #エッセー #決心 #2019年 #成熟下書き #忘れない日 #大人 #大人への階段 #責任を持つ #青春 #青春の憧れ #ピアッサー #お洒落をすること #社会への反抗 #毒親 #親から自立


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?