【カラオケで出会う#4】斉藤和義:ずっと好きだった
歌太郎は、カラオケが大好き。
今日は新宿のカラオケに行く。それも一人カラオケだ。
歌太郎は、一人カラオケをする時は、中央線に乗って地元を飛び出し、新宿にいく。安くない交通費がかかるのに、なぜそんなことをするのか。その問いに歌太郎もうまく答えられない。強いて言うなら、それによって彼の気持ちが引き締まるし、カラオケで歌うという行為が一連の儀式というか、参拝というか、なにか神秘的な意味をもつような気がするのだ。
「この電車は中央線、東京行——」
車内でアナウンスが流れる。
歌太郎はイヤホンを耳から外し、その声に耳を傾けた。
「——次は新宿、新宿。お出口は左側です」
歌太郎は思った。
このアナウンスの声の主は一体どんな顔をしているのだろうか。
小学生の頃は、勝手なイメージでくるくるのパーマをしたおばさんを思い浮かべていた。しかし、年を重ねるごとにその声の主はフィジカル的な要素を失っていき、いつしか透明で形而上学的な響きだけを彼の内に残していた。
歌太郎は耳に残った顔を持たない声をなんとか手繰り寄せてみた。
この声は、女性のものだ。たぶん、口元に笑みを浮かべて話していて、その手には次の駅の名前が書かれた紙があるのだろう。そして、英語をしゃべる時は、とつぜん人格が変わったかのような変貌を遂げてしまうのだ。きっと彼女はその時の記憶を失くしてしまっていて、自分が英語を話せることを知らない。
またその声が機械的で無機質なのは、彼女がプロフェッショナルに徹しているからだ。家庭環境はたぶん複雑でいて、とってもシンプル。多くの人に見守られてきたし、ずっと一人で生きてきた。マドンナといったらマドンナだし、モブキャラといったらモブキャラ。彼女のおかけで人は出会い、そして別れる。彼女の一言が、運命的に居合わせた人々を揺れ動かすのだ。
彼女はアナウンサーであり、ナビゲーター。しかし、そんな責務の重さを感じていないうに、彼女は淡々と、そして完璧に、透明で形而上学的なアナウンスを繰り返す。今まで、彼女が噛んだ場面に遭遇したことがない。
「プシュー 新宿ー 新宿ー」
歌太郎は電車を降りた。
行き先は新宿のカラオケ。
僕らはみんなこうして年を取っていく。
しかし彼女は、いつだって彼女のままだ。
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