メタ発言、やめて。【掌編】

「おい、ヒロシ。お前はこれまで生きてきて、何が一番楽しかった?」
ある晴れた昼下がり、突然タロウがヒロシに語りかけた。

「そうだな、これまで楽しかったことかぁ、、、。笑いすぎて内蔵が飛び出るんじゃないかってほど腹を抱えて身悶えしたこともあった気もするんだけど、なんだろ、突然言われるとパッとは出てこないな。つらかったことならすぐ思い出すんだけどさ」
とヒロシは答えた。

「おい、ヒロシ。なんでお前が人生で楽しかったことをすっと思い出せないか知ってるか?」
タロウは真顔でヒロシを見つめた。

「いや、だから多すぎてというか。すぐ思い出せないんだよ」
ヒロシは頭を掻きながらため息をついた。タロウは時々、こういった些細な事で詰めてくることがあった。ヒロシはタロウのそういうところが苦手だった。

「いやいや、ヒロシ、お前、何もわかってないな。楽しいかったことを『なんで』思い出せないのか、本当にわかってないのか?」
「だから、そうだって言ってるだろ?タロウ、もうそういう絡み方やめてもらえないかな。結構、面倒くさいんだよね。」

「ヒロシくん、村上春樹だったらここで、『やれやれ』って言ってるところだよ」
タロウは、大きく首を横に振りながらため息をついた。
ヒロシは、死んだ魚のような目でタロを見つめ返した。
(•••やれやれはこっちのセリフだ)

「じゃあ、ヒロシ。俺が説明してあげるよ。なんでお前が楽しかった思い出を何一つ思い出せないのか。それはな、『そんなことをお前は一度たりとも経験していないからだ』」タロウの声はだんだんと大きくなっていく。
「わかるか、ヒロシ。もう一度言うぞ。『お前はそんなことを一度たりとも経験していない』んだよ。少なくとも『今のところ』な」

ヒロシは少し混乱した。
タロウが言っていることが全く理解できなかったからだ。
「おい、タロウ、何言ってんだ。楽しいってのは結局のところ俺の主観が決めることで、お前がどうこう判断できることではないだろう。お前に俺の過去をとやかくいう資格も能力もないだろ。」

タロウはそんなヒロシの言葉を意に介さず、続けて言った。
「いや、ヒロシ。お前の過去は本当にないんだよ。お前はな、ほんの数十分前に生まれたんだよ。ヒロシってその名前も適当につけられただけで、別にお前の名前なんてヒロシでもピロリ菌でもよかったんだ。」

「ピロリ菌はないだろ」とヒロシはとっさに答えた。
・・・さすがにピロリ菌はないだろう。

しかしタロウはかまわず語り続けた。
「お前はその口調からして自分が今、男だとおもっているんじゃないのか?浅はかだな、今からでもお前は俺の幼馴染みの女の子っていう設定にだってできるんだ。それに、今この文章を読んでいる『読者』、いや『読んでいただいている方々』は俺らが今話している場所は日本だと思われているかもしれないが、実はここロンドンなんですよってことにたってできるんだ」

「おい、タロウ・・・」ヒロシはタロウの肩を掴んだ。
「タロウ、もうやめろ」

それでもタロウは語ることをやめない。
「いいか、俺とお前には、過去も未来もないんだよ。正確にいえば、まだ何も構想されていないし、『作者』はこれから考える気もないだろうね。なぜなら、俺たちが今語り合っているこの世界は、『作者』が野球でいう《素振り的に書いた文章》であって、最初から最後まで適当に繋ぎ合わせただけのものだからだよ。俺らが立っているこの場は、『note』っていうプラットフォームに共有されている白紙の上なんだ。その証拠にほら、俺らは今向かい合って話しているが、俺にお前の顔は全く見えていない。誰かが想像してくれない限り、俺たちは肉体すら持ち得ないんだよ」

「おい!タロウ!!!」
ヒロシはたまらず叫んで、タロウの胸ぐらをつかんだ。タロウは語り疲れたのか、肩で息をしていた。

「・・・・メタ発言、やめて」
ヒロシは小さくつぶやいた。


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