勇気をだす勇気、、、【掌編】

勇気を出したい。
しかし、その先にあるかもしれない拒絶に腰が引ける。

この一歩踏み出すことで生まれる膨大な被害損害の予感と眩暈を背負いきれないでいる。

だから、神様
僕に勇気を出す勇気をください。
何があっても自分は大丈夫だって思えるように、この震えている僕の《勇気》を元気づけてください。

「少年、そんなところでうずくまって、どうしたんだい?」

僕のそばに、浮浪者の如き中年のおじさんが立っていた。

「勇気を出す、勇気がないのです」
僕は正直に答えた。

「勇気を出す勇気がない?」
おじさんは呆れたような顔をした。
「それなら、勇気を出す勇気を出す勇気を出せばいいじゃないか」

「いや、でもその勇気を出す勇気を出す勇気を出せないから困ってるんですよ」

「なんじゃそれ?」おじさんはキョトンとした表情で頭を掻いた。「まあ、何はともあれ勇気が出ないってことだろ?」

僕は微かなニュアンスの違いを感じつつ、ゆっくりと頷いた。

「そうやって《無いもの》を無理やり出そうとしても、うまくいかんだろうね」
おじさんは笑うように大きく欠伸をした。
「馬鹿になりなよ、少年」

「馬鹿?」

「そう、何も考えるなってことさ。きっと少年は賢いんだろうね、だからさ、何かしようとすると勇気を求めちゃうんだ。でもね、そんなのなくても動けるんだよ、人間ってもんはさ」

僕はおじさんをじっと見つめた。
「おじさんは誰ですか?」

「ただの通りすがりだよ。道端でうずくまっている少年に、何の考えもなしに心配になって考えて声をかけた、そんなおじさん」

「そうか」僕はゆっくりとつぶやいた。「おじさん、ありがとう。僕、後先考えずに、とりあえずやってみるよ」

「おお!そうこなくっちゃな。案外やってみたら、なんてことがないってのが大半さ。ところで少年は何をするのにそんな勇気をもとめていたんだい?」

「ああ、それは、、、」
僕はポケットに入っていた《ボタン》をゴソゴソと取り出した。
「この《ボタン》を押すかどうか迷っていたんです」

「なんだい、そのボタンは?」

「じつはさっきね、宇宙人を名乗る人にもらったんです。それで『人類は地球におけるがん細胞だ』、だから『人類を滅ぼそうと思う』なんていうんです。それで僕はどうかやめてくださいと頼みました」
おじさんは何とも微妙な顔をしていた。無理もない、突然会話の中に宇宙人がでてきたのだから。
「宇宙人は僕の目をまっすぐに見つめてから、突然この《ボタン》を渡してきました。それで『ではお前が決めろ』って言うんです。そしたらね(たぶんテレパシーか何かだと思うんだけど)その宇宙人が描く地球が破滅するシナリオが僕の頭にどんどん流れ込んできて、、、僕は生命を奪われるモノたちと、奪うモノたちの顔をみました。いや、僕がそれぞれの立場に立っていたんだと思います。僕はショックでただ泣くことしかできませんでした。この手が血で染まっていて、同時にこの胸が貫かれていました」

「少年、、、」おじさんが周りをキョロキョロとしながら僕の肩に手を置いて小さな声で言った。「気分が良くないんじゃないか?親御さんは?迷子になってるのかな?ほら、あそこに交番があるから、警察のおじさんのところにいってみようか」

「おじさん、そんなことよりも僕の話を聞いてもらえますか?」僕はおじさんの言葉を遮った。「僕はね、そんな悲痛な惨状を見て思ったんです、この《ボタン》を押さなきゃいけないって。こんな苦しい思いをしたりさせたりするくらいなら、全部終わらせなくちゃって。だけど、僕には勇気がなかったんだ、いや人類を滅ぼす勇気を出す勇気がなかったんだ」

僕は手のひらに置いてあるボタンを眺めた。

「でも、おじさんの言う通り、馬鹿になってみるよ」

「いや、待て!!」

ポチッ

「 おしまい 」

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