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もりますか

近くてすいません…

めった乗らないタクシーに乗った。タクシーが苦手な理由は、独特の匂いとやわらかめのサスペンション。すぐに酔ってしまう。たまにタクシーに乗る時は、酔い止めを兼ね、自分に課しているタスクがある。なんでもいいから運転手さんから情報をひとつ聞き出す。

企業秘密を探ろうとか、たいそうなことではない。「週末の混み具合」とか、「立ち寄りやすい飲食店」とか、「客を拾いやすいエリア」とか、たわいもないことだが、自分が知らない ”現場ネタ” を仕入れる。

最近では、外国人(アジア以外のルックス)の運転手に出くわすこともあるが、15年以上前、都内に黒人ドライバーのタクシーが走っているという噂を聞いて、タクシーに乗るたび訊ねていた。あるとき「すれ違ったことがある」という証言を聞き、期待が高まった。実際には遭遇できなかったけど。

タクシーのあるあると言えば、客が降りる直前くらいに「このあたりに芸能人の〇〇が住んでいるんですよ」って、運転手が客を本人と気づかず自慢げに言っちゃうパターン。(ベッキーの持ちネタでもある)実際、運転手さんに「有名人を乗せたことありますか?」と訊くと、結構出てくる。「いい印象だった」とか、人物評までついてくるから、有名人って、タクシーでの立ち居振る舞いも気が抜けないな。

ある深夜、自宅まで乗った際、運転手さんが「道に詳しくないので」というので案内していたら「最近ドライバーになったばかりで…」と、身の上話が始まった。なんでも、勤めていた会社をリストラされたからだという。「ホワイトカラー一筋で終わるかと思ったら、まさか58歳で転職するなんて夢にも思いませんでした」という。自宅前に到着したが、しばらく停車したまま、聞き入ってしまった。降りる際、運転手さんから「まだ先は長いですから、お体には気を付けて下さい」と言われたあの一言は、忘れられない。

ところで、バス停のベンチや病院の待合などで、たまたま隣り合わせたお年寄りが、突然自分の昔話を始めることがある。どうして見ず知らずの人に自分の人生を話すのか。人生の終盤に差し掛かると自分の人生はこれでよかったのか?という不安から、誰かに肯定してほしいという思いが募るらしい。

人の脳って、およそ記憶を書き換えるので、無意識のうちに話を盛っていることがある。その手の記憶は誇張や脚色されているから、身内や知り合いよりも、他人の方が話しやすいのだろう。この傾向を「通行人効果」「老水夫効果」という。映画などで、老人がかつての冒険話をぽつりぽつりと語り出し、叙事的に展開していくアレから生まれた言葉。イギリスの詩人、サミュエル・コールリッジとウィリアム・ワーズワースが匿名で出版した「叙情歌謡集」の巻頭に「老水夫行」という詩がある。老水夫が自分の辿ってきた航海のことを、たまたま出会った若者に話して聞かせるという長詩だ。

タクシーの話に戻るが、運転手さんって、おそらく客から「私も昔はやんちゃしてねぇ」なんて盛り盛りな武勇伝を、さんざん聞かされていると思う。ストーリーとして、よくできているだろうから、運転手さんの頭の中はおもしろエピソードの宝庫だ。その手の話、聞き出したくて仕方ないが、短距離乗車だと難しい… まずはタクシー酔いの克服からだな。

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