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みえていますか

半ケツ出ていた。

きのう、正確には今日、深夜に帰宅する途中、公園の地面に人が横たわっていた。靴は脱げ、尻が半分出ている。多分、男性。

周りに誰もいなかったので、まずは生存確認と思い、近づいてみると、かすかに寝息が聞こえる。生きている。しかし、気温は15度を下回っている。放っておいたら風邪の一つもひくだろう。起こすか、そっとしておくか…

かなり前だが、先輩が六本木の路上で眠りこけ、目覚めると財布から何からなくなっていたという話を思い出し、迷うことなく、交番に向かった。

小走りで現場から300mくらいの交番に駆け込むと、20代前半くらいの若いおまわりさんとマスクをした中堅風のおまわりさんがいた。

事情を話すと、中堅風のおまわりさん(以下、中堅さん)が、警察無線で連絡を取り始めた。「”ピービー”からの通報で『公園に寝ている人がいる』とのこと…」

若いおまわりさん(以下、若さん)は、地図を取り出し、場所を尋ねてきた。私が「すぐそこですよ」と示した公園は、ギリ管轄違いらしく、中堅さんは、隣の署につなぎなおすと「そちらの管轄ですが、こちらで”ピービー”と現場に向かいます」と伝えた。

ピービーって、なんだよ?

無線のやりとりの内容からして、どうやら私のことを指しているようだ。何のことかわからないが、中堅さんの「案内してもらえますか」の一言で ピービーという職を拝命された気分になった。

現場へ向かう途中、私は若さんに質問した。「”ピービー”って、アルファベットのPB? もしかして~ 私のことですか?」

若さんは「あ、はぁ、まぁ、そうです」と、なんか歯切れが悪い。気になったので「PBは、何の略ですか?」と続けた。すると「ちょっと、それは(ごにょごにょ)」

どうやら、ガイシャ(被害者)とかマル暴(暴力団)とかと同じく警察用語の一つっぽい。そのせいなのか、若さんからは「いちげんさんに教えるわけにはいかないよ」という空気が出ていた。とはいえ、自分はPBを拝命された以上、何の略なのか知っておきたかった。

「パブリック、、、ボーイ? とか?w」

どう見ても自分はボーイって歳ではないが、とっさに浮かんだままを言ってみた。すると若さんは「いや、違います…」と答えた。

正解は教えてくれないけど、不正解であることは教えてくれた。この際、PBっぽいヤツを片っ端から言ってみて、イエスかノーで答えてもらう、イエスノー聴取作戦もあったが、それより現場の男性が気になった。

「いなくなっていたら、どうしよう。」

もし、現場から消えていたら、”お前、ガセネタをタレこんだだろ” 容疑で、逆に職務質問されかねない。別に、探られて痛い腹は無いのだが、これ以上若さんに質問を続けるのはリスキーと判断した。

そして、間もなく現場に到着。脱げた靴、半分むきだしの尻、男性は発見当時と寸分違わぬ恰好でいてくれた。

すると、まずは若さんが男性の耳元に話しかける。「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」 微動だにしない。何度か繰り返すものの反応がない。すっかり酔いつぶれているようだ。すると中堅さんが鑑識課みたいな白手袋を両手にはめ、ちょっと乱暴気味に「おい、代われ!」と若さんと入れ替わった。 ははぁん、後輩には手荒だけど、証拠物は丁重に扱うんだろうなぁ…

「頑張りましょう!頑張りましょう!さぁ、頑張りましょう!」

中堅さんは慣れた口調で、半ば強引に男性を起き上がらせた。白手袋をはめたわりには、扱い方は雑だった。すると、男性はようやく少し意識を取り戻し、目を閉じたまま「寒いね、寒いね」と、声を発した。

「ここ、どこだかわかりますか?」と問いかけられると、目を閉じたまま、右手を腰のあたりに持っていき「いい子、いい子」するようなゼスチャーをしながら言った。「いるの… 小学2年生… 息子…」質問の答えになっていないが、酔っ払いの仕上がり具合としては正解だ。

すると男性は、まぶたを半分ほど開けて身なりを整え始めた。中堅さんは、
「お子さん、家で待っていますよ、早く帰って下さいね」と、声をかける。男性は、靴を履くとヨロヨロと歩き出した。風上に向かっていくヨットのようにジグザグと進む姿を、中堅さん、若さん、PBでしばらく見守った。

男性が100メートル以上進んだのを見届けると、おまわりさんたちは交番に戻ろうとした。私は、男性のペースからして、またすぐガソリンが切れるのではないかと心配になり「大丈夫っすかねぇ~」と言った。PBが心配しているのに、戻るワケにいかなくなったのか、中堅さんは若さんだけを交番に戻し、男性のあとを追うことにした。私も帰る方向が同じだったので一緒についていく。するとまた警察無線がかかってきた「PBは、まだ一緒ですか?」「はい、今、同行しています」すっかり私は市民を見守る側になっていた。

しばらくすると男性の動きが止まった。距離にして100メートルほど先に
たたずんでいる。立ったまま眠ってしまったのか?近づいてみると、どうやら用を足しているようだった。

私は思わず吹いてしまった。まさか、現行犯逮捕? ”軽犯罪法第一条 左の各号の一”によると「街路または公園の他  公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、または大小便をし、もしくはこれをさせた者」は、罪に問われ、「1日以上30日未満の拘留または1000円以上1万円未満の科料が科せられる。」とある。

中堅さんは、男性の10メートルくらい背後から「大丈夫ですか、前に進んで下さい」と声をかける。私はつい「しちゃってますねぇ」と言ってしまったが、「むこう向いているんでねぇ…(何しているか自分には見えてないですよ)」という、やさしい屁理屈を返され、おとがめなし。中堅さん、ナイス機転。
とはいえ、男性は、歩道から車道の方に向かって用を足している。もし、向こう側に人いたら、公然わいせつに問われないか?公然わいせつ罪だと、「6か月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料(刑法第174条)」に処されてしまうぞ。

男性はふたたび進みだした。私が交番に駆け込んでからすでに30分以上。ちゃんと行く手が見えているのか?このペースで家に着けるのか?しばらくいくと私の自宅の前を通りかかった。「うち、ここなんですけど」と中堅さんに伝えると「もう結構です。あとは大丈夫です。ありがとうございました。」と、私はPBの職を解かれた。

少々、後ろ髪を引かれる思いだったが、すでに深夜2時。男性の息子は
まだ起きて待っているだろうか…という心配よりも、PBがなんの略なのかみえてこないことでモヤモヤしていた。

仕方なくスマホ部秘書課のSiriさんに訊いた。「PBって、なんの略ですか?」すると、無機質な声で「tv.の情報が見つかりました」「BBの情報が見つかりました」「PCBの情報が見つかりました」の三点張り。「ピ~~ビ~~」と、活舌よく発音してもPBの情報は一向に出てこない。PBって、Siriさんでも知り得ない重要な警察用語なのかもしれない。


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