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ぶらぶらブランコ

 主夫の頃、娘たちをよく公園に連れていきブランコに乗せた。前に後ろに揺らすだけで娘たちの目に映る世界は大きく動き出し、きっと子供心に「楽しさ」が芽生えたと思う。考えてみると赤ちゃんの頃から、われわれは揺り籠に揺られてスヤスヤ眠り、母の腕の中で子守唄を聴きながら揺られていた。

 小学生の頃になると、腕白な友達とどれだけ高くまでこげるかを争い、それがエスカレートすると、後方から前方に向かう勢いを使って飛び降り、どれだけ遠くまで飛べるかを着地点で競った。危険を顧みず、冒険心旺盛な子供だった。

 大人もスリルはたまらない。その究極がダブル空中ブランコ。サーカス公演の大きな見世物の一つは間違いなく、これ。ブランコからブランコへ、2本の腕を命綱に2人の団員が絶妙のタイミングで飛び移る姿を、聴衆はハラハラ、ドキドキしながら見守る。リスクは高いが達成した時の喜び(歓声=リターン)が大きいなんて、まさに投資の世界だ。

 揺れる動きで思い出すのは催眠術。振り子や五円玉の一定の動きを見ていると眠くなる。実際に催眠術にかかったことはないが、反復動作が眠気を誘うのは間違いない。そういう意味でもブランコには鎮静効果もあるのだろう。ちなみにブランコ(BRANCO)にはポルトガル語で「白」の意味がある。つまりブランコは頭を真っ白にする効果があるように思う。

 もう一つブランコで思い出すのは黒澤明監督の名作「生きる」の1シーンだ。主演の志村喬がブランコに座り、ゆらゆら揺られながらぼそぼそと歌う。そして、しがないサラリーマンは、まるで揺り籠で揺られる無抵抗な赤ん坊のように、穏やかな表情で安らかな最期を遂げる。平凡な人生に見えても有終の美はある。

 昨日、近所の公園を散歩した。目に飛び込んできたのは昔懐かしきブランコ。年がいもなく、子供心に体を揺らす。こぎながら見上げれば、空が緩やかに泳ぎ、仕事のことも忘れて頭は真っ白に。しかし、ぶらぶら揺られすぎたせいか、なんとも宙ぶらりんな気持ちになってしまった。地に足がつかないふわふわの状態は、ほどほどにしたいものだ。

羅府新報(Vol.33,776/2021年8月3日号)『磁針』にて掲載

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