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「スリランカの失敗は準備不足が原因」と有機農業団体が反論

国際有機農業推進連盟(IFOAM、本部ドイツ)は2023年10月4日、2021年のスリランカのオーガニック(有機)農業への移行計画が撤回に追い込まれたのは準備不足が原因だったとの見解を公表しました。スリランカの失敗以降、「だから有機農業は駄目だ」と言わんばかりに反対派が巻き返しに出ていることを受け、「有機農業自体に問題があるのではなく、導入するプロセスに問題があった」と改めて反論する内容です。化学肥料や農薬を使う従来型農業と、それらを使わない有機農業のどちらを選ぶべきなのか、今なお論争が続いています。
 
欧米メディアや現地からの報道などを基に、これまでの経緯を振り返ると、以下の通りです。
 
スリランカのラジャパクサ大統領は2021年4月、化学肥料や農薬の輸入を禁止し、有機農業に完全移行すると突然発表しました。化学肥料や農薬は人間の健康や環境に悪影響を及ぼすとして、もう使用しないということです。経済の低迷によって外貨が不足し、輸入そのものを減らす必要に迫られていたことも背景にあります。化学肥料の輸入に年4億ドルも支出していたため、それをなくせばその分を他のもっと重要な品目の輸入に充てられるというわけです。
  
しかし、発表があまりに突然だったため、「もう化学肥料や農薬は使うな」と言われた農家は大混乱に陥りました。家畜の糞尿といった有機肥料を使うなどの対応を迫られましたが、この年の農業生産は激減しました。主食であるコメの生産は2割も減り、これまでのように自給できなくなり、4億5000万ドルで急きょ輸入する事態に追い込まれました。これで4億ドルの節約計画は台無しです。スリランカ最大の輸出品である茶の生産も減り、輸出は2割近い減少となりました。怒った農家は数千人規模で抗議デモを行い、政府は同年11月、撤回に追い込まれました。
 
その後、通貨下落や物価高騰、外貨不足で生活必需品の輸入が減るなど、スリランカ経済は一段と悪化しました。国民の不満は爆発し、2022年にはラジャパクサ大統領の辞任を求めるデモが起こるようになりました。同年7月にはデモ隊が大統領公邸を占拠する事態となり、ラジャパクサ氏は大統領職を投げ出して軍用機でモルディブに脱出するという悲惨な結末を迎えました。
 
後任の大統領にウィクラマシンハ氏が同年7月に就任し、同年9月には国際通貨基金(IMF)が約30億ドルの金融支援を行うことが固まり、その後は農業も経済も何とか持ち直しているようです。IMFの支援は2023年3月に正式決定されました。
 
米農務省(USDA)によると、2021~22年度(10~9月)のスリランカのコメ生産高は前年度比19%減の273.3万トンと落ち込みましたが、化学肥料や農薬の復活により、2022~23年度は2%増の278.3万トンと増加に転じ、2023~24年度には306万トンと、過去5年平均(304.9万トン)を上回る水準に回復する見込みです。2016~17年にコメ生産が激減しましたが、これは深刻な干ばつに見舞われたためです。

USDA資料より作成(2022~23年は推計、2023~24年は予測=いずれも2023年10月12日時点)

IMFの2023年3月の発表によると、スリランカの実質GDP(国内総生産)は2022年に前年比8.7%減と2年ぶりにマイナス成長となり、2023年も3.0%減にとどまる見通しです。物価上昇率は2022年に前年比46.5%に急騰し、深刻なインフレに見舞われました。しかし、2024年には1.5%のプラス成長に転じ、インフレ率も8.7%と一ケタ台に低下すると予測されています。
 

スリランカ経済の推移 2023年3月20日のIMF発表資料より

こうした中、ドイツの医薬品・農薬大手バイエルの広報・持続性部門責任者のマティアス・バーンガー氏が2023年9月、同国メディアのインタビューで、「IFOAMがスリランカの化学肥料と農薬の全面禁止を実現した結果、最初に農業が、次に経済が、最後に政府が崩壊した」と発言しました。IFOAMを名指しして、スリランカを滅茶苦茶にしたと言わんばかりの内容です。同氏は、スリランカの失敗を教訓に、アフリカでは有機農業でなく、化学肥料や農薬を輸入して農業生産を増やしていくべきだと訴えています。
 
この発言が有機農業論争に再び火をつけることになりました。IFOAMは「IFOAMが農薬や肥料の全面禁止を実現したのではない」と反発しています。政府から実施前の意見を求められた際、「このような変革は一夜で起こせるものではないとわれわれは助言した」として、十分な準備を経て導入するよう求めていたと主張しています。
 
その上で、有機農業への移行には、「農家が有機肥料を生産、使用するトレーニングを行い、他に必要な有機投入物を手に入れられるようにするなど、長期的な計画が必要だ」と改めて訴えています。政府はこうした助言を無視し、十分な準備と長期的な計画がないまま拙速に導入したとして、「失敗の原因はラジャパクサ政権」との認識を強くにじませています。
 
IFOAMは1972年に設立され、現在は100カ国以上で700以上の有機農業関連団体が加盟しているということです。当然ながら有機農業の拡大を目指しているので、農薬メーカーなどと対立することが多いです。
 
報道によると、化学肥料や農薬によって農業生産性が飛躍的に高まった「緑の革命」を受け、スリランカは1960年代から化学肥料の使用を補助金によって後押してきました。この結果、コメの収量は3倍に高まり、コメの自給が可能になりました。2000年には全人口の17%が栄養不足に苦しんでいましたが、2019年にはこの割合が7%に減少しました。化学肥料や農薬が農業生産にプラスの効果をもたらしたことは否定しようのない事実です。
 
しかし、環境汚染や健康不安など、緑の革命の負の側面に次第にクローズアップされるようになり、欧州連合(EU)をはじめ世界各地で有機農業を推進する動きが広がっています。一方、ロシアのウクライナ侵攻を機に、食料安全保障への関心が世界的に高まる中、有機農業の先進地域であるEUでさえ、生産性が低い有機農業で十分な食料を賄えるのかという議論がわき起こっています。有機農業と従来型農業の二者択一ではなく、それぞれメリットとデメリットがあることを十分に認識した上で、両立していくしか答えはないように思います。  

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