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写ってしまう

「何も初めから決めてかかることはないんじゃない?」と、以前私の写真を見てくださった方に言われた。それは、「自分の生まれた環境を撮影することで自分自身の追求になるから、この撮影は今後もライフワークにしていきたい。人生通してやりたい。」と話したことからだった。

その時私は「確かにそうかもしれない。」とその意見を聞きつつも、今も続けている。

人って変わるのだろうか、環境が変わっていくのだろうか、私って昔と今は違うのだろうか、街の変化ってなんなんだろうか。変わらないものが見たい。変わらないものなんて何もないのに、何かを信じている。

結局、自分が撮りたいものを撮っているだけ。それがただ写ってしまう。



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