不要な芸術を今、必要とする
読み飽きた文面かもしれませんが、今年は全てのイベントや舞台・コンサート出演が中止となりました。
お知らせできるような嬉しい予定は何もなく、前回の投稿からこんなにも時間が空いてしまったのです。
なので!ようやく!
2020年、最初で最後のステージ出演となります。
絶対に来てねとは言えないけど、ぜひ来てほしいな。
この表現も決り文句になってきたなと思いつつ、やっぱり『こんな時期だからこそ』と声を大にして言いたい。
本当の意味で「だからこそ」を実感できるコンサートになると思います。
いや、そういうコンサートにします。
◇
余談ですが、今年の私はゴスペルでぎりぎり精神を保っていたなと。
役者活動どころか太陽の光を浴びる喜びすら奪われるだなんて、なにか別の病気になりそうでした。
でも、一日休みにすら耐えられなかった私も、流石に一ヶ月以上引きこもっていると慣れるものですね。
旅行しなくても、ライブに行かなくても、踊らなくても、喋らなくても、そして何日も笑わなくなっても、
「なんだ。人って生きていけるんだ」と。
「これがないと生きていけない!」だなんて大嘘です。
そんなもの所詮は贅沢に過ぎなかった。
生きる上では不要なものだと、この奇妙な日々の中で証明されてしまったわけです。
◇
そういう "不要な" ものの一つが芸術。
それらに携わっている人々は特に、改めて自分の存在意義を問うことになったことでしょう。
もちろん私も含め。
結論から言うと、芝居も舞踊も音楽も "不要" です。
これは今の状況に限った話ではなくて、以前から常に考えてきたことでした。
誤解だけ無いようにしたいのですが、私は芸術が大好きだし、芸術の持つ力を信じています。
芸術のない人生なんて生きていない様なものです。
けれども、実際は芸術のない人生を生きていけます。
いけちゃいます。
芸術が生きるのに必要不可欠なものではないから。
つまり "不要" だからです。
じゃあ、芸術をすることも不要!
触れることも不要!
それをしている私の存在も不要!
芸術なんてやめてしまえ!
…とは思いません。
なぜなら、"不要" であっても "無意味" ではないからです。
あくまでも「まあ生きてはいけるよね」という話。
「うぉー!生きてるー!」ではないのです。
言い換えると、【生きる=死なない】という消極的な意味においては間違いなく不要ですが、積極的に生きる上では大きな意義があります。
だからこそ2020年に芸術の不要さを痛感したわけですが。生が保証されて初めて人は豊かな生き方を求められますもんね。
ただ、そんな中でも決して芸術が無意味にはなることはありませんでした。
無力でもありませんでした。
◇
私は思うのですが、『生きる上では不要』という事実こそが、芸術の偉大さを表すのではないでしょうか。
よく考えてみてほしいのです。
人から必要とされなくなったものはどんどん廃れていくはず。
しかし芸術は形を変えて受け継がれ、きっとこれから先も忘れ去られることはありません。
今だってそうだし、大きな災害があった時なんかも、やはり芸術で人々を元気づけようとする人は必ず出てきます。
例えば、食べものをつくる仕事や売る仕事は絶対になくなりませんよね。
当然です。人々は生きるために食べるからです。
だとすると、「生きるためではないのにあり続ける」ことのほうが凄いとは思いませんか。
◇
芸術の話題からは少し逸れますが、職人技なんかがそうです。
機械が発達していない時代には、職人技の存在意義など敢えて問う必要はありませんでした。
生活のために道具をつくる職人が必要だったからです。
今は違います。
良し悪しは別としても、機械でつくられた道具で道具としての用途は果たせます。
だから以前までは必要だったけれど、時代が進むにつれて "不要" になってしまった。
そうやって廃れていくのは自然な流れです。
しかし、どうでしょうか。
職人技が "不要" となった今、人々は自然な流れのまま廃れさせようとはしなかったのです。
なんとかして継承しなければと努力しているのです。
この時点で既に、人々が守ろうとしているものは「生きるため」とは別の次元にあります。
それは人の手でしか成し得ない技術だったり、歴史だったり、想いだったり。
だから、もう一度言います。
「別になくてもいい」ものにこそ存在する意義がある。
私は芸術の "不要さ" に芸術の意義をみるのです。
◇
それでは、ゴスペルの話に戻りますね。
ゴスペルの歌詞って「まさか自粛期間中につくられたんじゃないよね?」と思うほど、今の私たちの想いを代弁してくれたり、その想いに答えてくれるから驚きます。
聴くことでももちろんですが、私は歌うことによって自分自身を励ましてきました。
部屋で一人、画面越しに歌うだけであのパワー。
そんなパワーを知っている人が集まって、そのパワーを届けたい人が目の前にいて、素敵な会場で音楽ができる。
想像するだけで、その素晴らしさに恐怖すら感じます。
だから皆でその時間と空間を共有したい。
ゴスペルなんて知らなくても、芸術を語られるのが嫌いでも、クリスマスなんてただの平日だと思っていても、どうかその日だけ目をつむってください。
理屈を超えて、みんなで幸せを感じたい!
お待たせ致しました。以下に詳細を載せますね↓
【The Faith Mass Choir ゴスペルコンサート】
日時 2020年12月26日(土)
場所 大阪市中央公会堂(中之島)
開場 17:30
開演 18:30
前売 2,500円
当日 3,000円
※中学生以下無料
感染対策等につきましてはホームページをご覧ください。
https://faith-gospel.com/#concert
質問・チケットのお取り扱いはこの投稿へのコメント又はメールにて承ります!それでは、お会いできるのを楽しみにしております。
新まおり Maori Atarashi
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