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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2022年6月の記事一覧

吉田峰の義造

吉田峰の義造

「吉田峰の義造さんはおられるでしょうか」
「さあ、登ってみないと分からないねえ。下りたとしても分からないよ。この道を通るはずだが、見張っているわけじゃないからね」
「登るところは見かけられましたか」
「だから、ずっと見張っているわけじゃないから、登ったのか下ったのかは分からないよ。ただ、わしは見かけないなあ」
「どのくらいの頻度で、下りたり登ったりするのでしょうか」
「だから、始終見ているわけじゃ

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未来からの張り

未来からの張り

 期待というのは未来にある。先のことだ。数秒後でもいい。一週間先でも来月でも、年末でもいいし来年でもいいし、数年後でもいい。
 ただ、期待なので、悪いことではない。いいこととか楽しいこととか、喜ばしいこととか、そちらの方だろう。
 なくてもかまわないようなものも多いが、そういうものほど楽だ。重大事に対しての期待は、外れると、がっかりするし、具体的な生活にも関わるし、また生き方にも関係してくる。
 

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付ける薬

付ける薬

「そうキャンキャン吠えるでない」
「しかし、間違っています。私が許しません」
「だが、皆が受け入れていることじゃろ」
「それが間違いなので、間違った受け取り方をしているのです」
「それはいいが、別に間違っておろうともそれほど違いはなかろう。どちらでもいいこと、その程度の問題なのじゃ。目くじらを立てて騒ぎ立てるようなことではない」
「でも、それでは間違った道へと。それに本筋を示すことが大事で、私の勤

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小夏

小夏

「暑いですねえ、まだ梅雨前なのに」
「この時期、暑いのです。真夏とは言いませんが、小夏です」
「それは可愛いですねえ。しかし真夏並みですよ」
「まだ、暑さに慣れていないので、暑く感じるだけですよ。小夏はまだまだ序の口。しかし、一瞬ですよ。この時期。すぐに梅雨に入り、気温は下がるというよりも雨で陽射しが来ないのでね。それほど暑くはありませんが、蒸し暑い」
「じゃ、梅雨の晴れ間はどうですか。これも暑い

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よきに計らえ

よきに計らえ

 当主が急死し、まだ若い跡継ぎがその地位に就いた。若殿から若が取れ、ただの殿様になった。
 しかし誰でもなれるものではなく、この若殿は産まれながらの跡継ぎで、無事生き延びれば、当主の地位は約束されていた。所謂世襲制。
 この時代は長男が跡を継ぐ。次男ではなく、縁者でもなく。長子相続が決まっているので、跡目争いはない。ただし、例外はあるが。
 この殿、少し頼りない。大人しい人なので、そう思われている

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庭の防空壕

庭の防空壕

 有村というちょっとした金持ちの家がある。あったと言うべきか。今もその跡地は残されているが、建物は当然ない。
 明治の終わり頃から大正にかけて活躍した人が建てたもので、いわば成金。そのため、屋敷町ではなく、都会から少しだけ離れた普通の町に建てた。といっても広大や敷地を誇る、というわけではなく、廃業した町工場跡。普通の住宅地の家よりも広い程度。
 このあたりは工場がそれなりにあり、太平洋戦争の時は空

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不審な目覚め

不審な目覚め

「まだこんな時間か」
 坂田は枕元のスタンドを付け、目覚まし時計を確認した。確かにまだ夜中。夏の夜は短いとはいえ、その時間は暗い。明け方までかなり時間がある。
「いつ寝たのだろう」
 坂田はいつもの時間になったので、寝床に入った。だから何かしていてうたた寝したわけではない。だが、記憶が少し飛んでいる。
「寝付けなかったはずだが」
 それは覚えている。これでは起きたときが大変だろうと。
 睡眠不足は

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期待の延命

期待の延命

 何らかの期待をしたとき、その今も、刻一刻変わり、三日後は、その過去の今の期待とは変わっていることもあるが、過去の今は、それなりに賞味期限があり、一月後も、あまり変わっていなかったりする。また、半年や一年、持つこともある。
 以前の今も、今の今も、ほぼ同じ感想だったり、同じ気持ちだったりする。確かに多少は違っているかもしれないが、意味としては、刻一刻変わる今ほどには目まぐるしくは変わらないものもあ

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期待と贔屓

期待と贔屓

 期待しているものは、期待通りになることを期待している。それを望んでいる。
 そのため、これは期待出来ると思うものは点数が甘いかもしれない。あまり期待していないもの、どうでもいいようなものなら跳ねてしまう点数でも、期待していたものは期待を通したい。そのためか、点数が甘い。
 これは期待していたものが、期待通りになったとか、叶ったとかの成果を得たいためだろう。
 だから、多少、それを満たしていなくて

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藁策

藁策

 堀川吉常は隠居同然の暮らしをしていた。家老職からも下ろされた。しかし、老臣であり、重臣であることには変わりはない。
 ただ、お役がないだけ。これは政敵にやられたのだ。はめられたといってもいい。しかし、周囲はそれほど気にしていないようで、堀川吉常なら、そんなこともするだろうと、思っていたのだ。
 それほど重要な人物ではなく、軽く見られていた。堀川にも政の方針があるのだが、いささか古臭い。それにもう

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予定崩れ

予定崩れ

 予定していたわけではないが、何となく予定通りに事が運んだりすることがある。その事を予定していたわけではないのだが、何となく予定していたように思ってしまうことがある。
 予定していても予定していなくても、似たようなものだというわけではないが、予定というのも、何処かでそんな予定が浮かぶのだろう。予定の発生。
 だからそれは予定ではないのかもしれない。ただそんな予定が浮かんだけで、作りだしたものではな

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逃げ足

逃げ足

 御船山には五千の主力がいた。本軍であり、総大将がいる。
 その横の山に陣を張る勝又山の部隊は敵の接近に気付き、飛び出した。今なら坂を上ってくる敵に一撃を食らわすことが出来る。
 命令系統は曖昧で、全てが総大将が命じることになっているのだが、御船山と勝又山はそれなりに距離がある。そのときは、単独で判断してもいいとされている。
 それで、勝又隊は敵に襲いかかったのだが、意外と数が多い。敵のほぼ主力が

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無限坂

無限坂

 無縁坂はあるかもしれないが、無限坂は知らないが、そういう別名の坂はある。ただの呼び名。また、その坂には名前がない場合もある。
 無限坂はそのままの坂で、坂が無限に続く。それなら非常に高いところまで上がることになるのだが、そんな無限に続く坂だけがあれば、天に繋がっているだろう。
 また無限に続いているような坂もあるが、これは山に向かった坂道。頂上までずっと坂かもしれないが、一本の坂道として認識され

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あらぬものが住む城

あらぬものが住む城

「空き城に何者かが棲み着いておるのですが、如何なさいます」
「何処の城じゃ」
「白根城です」
「そんな城があったか」
「最後に逃げ込む城です」
「ああ、聞いたことがある。険しい山奥にある城だろ」
「もし支城や、この本城も危なくなったとき、そこに避難するための城でして。兵糧の蓄えもあります。武器弾薬もあります。しかし、食べるものには限りがありますので、長くは持ちません。援軍を待つ間、持てばいい城でし

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