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GREEN DAKARA

さて、今夜もあなたを空想のショートムービーへご案内します。
今日のお供はGREEN DAKARA 。
お手元にご用意しましたか?

では、きゅきゅっとキャップを開けて、一口ぐいっとやっちゃって下さい。

ほのかに甘い喉ごし。決して甘すぎず、無味でもない。ちょうどいいバランスです。お風呂上がりに最適な一本ですね。

ささっ、もう一口ぐいっと。
どうです?
癖になりますね。では、行ってみましょうか。
読みながらぐいぐいっと飲んで下さいね。

なにしろ今夜はGREEN DAKARAを楽しむ日なんですから。

ーーー
登場人物
小松武志(高橋一生似のあなた)
女性(新木優子似の女優)
ーーー
 狭いワンルームの部屋の中、ソファに寝転がって低い天井を見ていた。
 安い蛍光灯が時折明滅する。でも、取り替えるのも面倒臭い。
 小松は大きなため息をついた。

 いつも通り夜の11時に帰宅。疲れ果てていた。風呂に入りたいが、ソファから立ち上がる気力がない。新しい部署に異動してからというもの、鬼のような忙しさが続いている。

「ピコ♪」

 また新着メールの音。どうせ子会社の保険会社からだろう。まだ仕事しろってか。
「はぁ」
 小松は再び大きなため息をついた。
 43歳。独身。年収…768万円。
 中堅の金融に務めて早20年。あっという間に時間が経った。
 30歳の頃は結構モテた。合コンに行くと、その日のうちに落とせることもあった。
 今にしてみれば、あの時に決めていれば…と思う。でも、決められなかった。

 小松はネクタイを緩めた。
 都心に遠くもなく、ど真ん中でもなく…勿論港区でもなく。中途半端な都心の街高円寺に住む男…いや、もうオジサンか。

 最近の金融業界は人気がなくて、若手がどんどん辞めていく。だから、中堅となった今はむしろ忙しい。小松だって辞めることを考えていた。でも、結局勇気がなく、ズルズルと40歳を回ってしまった。タイムリミットはとっくに過ぎている。ニュースピックスに書いてあった。

 最近の唯一の楽しみは家の近くの銭湯に行くこと。サウナブームもあって最近銭湯は混んでいる。小松はサウナはあまり得意ではなかった。しかし、大きな湯船に浸かるのはとても好きだった。

 あまりに疲れが溜まった夜、思い立って近くの銭湯に行った。その銭湯は賑わっていた。若い男も多い。その理由はリニューアルされて綺麗になっている浴室もあるが、小さなサウナが併設されているからだった。
 都会の大きなスパに比べると、値段は三分の一。若者から老人まで銭湯は憩いの場になっていた。
 久しぶりに大きな湯船につかると、自然と声が漏れた。
 「あ〜」
 何年ぶりだろう。こんなに気持ちの良い風呂は。やや熱めの温度が全身を温めていく。長時間モニタを見続けて疲れた首と肩と腰が緩んでいく。この銭湯には普通の湯船のほかにジェットバスと香りの湯があった。今日の香りはオレンジだった。
 小松はその香りの湯に入った。小松の身体が湯船の湯をかき回しオレンジの匂いが立ち込める。なんとも甘い爽やかな匂いが身体にまとわりつく。
 「こりゃたまらないな」
 小松は笑いを噛み殺した。こんなにもリラックス出来るとは思わなかった。これで480円は安い。小松は湯船で眼を瞑った。視界が閉ざされ、湯の温かさとオレンジの甘い匂いが身体を包み込んでいく。

「最高じゃないか」

 日常にこんな幸せがあったなんて。小松は昼間の記憶を束の間闇に葬ることに成功した。
 風呂を出ると、身体を拭いて着替える。待合室に出てソファに座る。そばにある自動販売機でGREEN DAKARAを買った。スポーツドリンクは風呂上がりにもいいし、これなら甘すぎない。
「ごくごくごくごく♬」
「ぷはー。うまい」
 思はず声が出た。肩にかけたバスタオルでもう一度頭を拭いた。

 ふと見ると反対側に座る綺麗な女性と目があった。彼女もGREEN DAKARAを飲んでいた。
「ふふっ」
 笑ったように見えた。小松は照れて微笑んだ。風呂上がりで火照っているからか、心臓の動きが速くなる。
 こんな綺麗な人も銭湯に来るんだな。新たな発見だった。
 彼女もペットボトルをグイっと飲んで立ち上がり、小松を見ずに入口から出て行った。
 それをぼぉーっと見送る小松。同時に残念な気持ちになる。
 いや、深追いは禁物だ。むしろこの密かな楽しみを大切にしよう。そう考えることにした。

 それ以来、小松はその銭湯の常連になった。しかし、その後彼女と出くわすことはなかった。

 小松はようやく重い腰を上げ、スーツを脱ぎ捨て、ジャージに着替えた。
 「ヨシッ!」
 大きな声を出してみる。
「さて、今夜も疲れを癒しに行くか。」
 自分に言い聞かせる。心が折れない内にシャンプーセットを持って部屋のドアを開けた。

 歩きながら風呂につかる自分の姿を想像して、既に気持ちよくなり始めている。
 できれば、今夜再び会えますように。
 小松は空に向かって祈ってみた。空には微かに星が見えている。昔良く聴いたBUMP OF CHICKENの天体観測が頭に鳴り響いた。なんだか、今日はいい日だった気がしてきた。

 銭湯に着くと下駄箱に靴をいれる。暖簾下から待合室の床が見える。
 スラリとした足元が見えた。その美脚の持ち主の手にはGREEN DAKARA が握られていた。
 小松は急いで暖簾をくぐった。

「くそ」
すんでのところで顔が見れなかった。GREEN DAKARAを持った人は女湯に入ったところだった。
小松は気を取り直して男湯に入っていく。
既に結構な賑わいだ。
いそいそと服を脱いで風呂場に入る。

カッコーンというくぐもった音が聞こえ、小松はモクモクとした湯気に包まれる。
別世界に来た気分になる。

空いている席を探し、シャワーの蛇口をひねる。勢いよくシャワーの湯が飛び出し、小松の身体を撫で回していく。

最初に湯を浴びるその瞬間がたまらなく好きだ。身体が癒されていくような感覚と全ての汚れが祓われていく感覚を感じるからだ。
その勢いでシャンプーを使い、髪をゴシゴシとかき混ぜる。泡がたくさん立つ、その音が耳に心地よい。そして、この瞬間から湯船に浸かる自分を想像してワクワクが止まらなくなる。
あぁ〜早く湯船に浸かりたい。
小松はシャンプーを洗い流し、リンスを髪に溶かし込む。
あの人も今頃髪を洗っているのだろうか…い、いかんいかん。
いらぬ想像を膨らませてしまう。しかし、あたまからあの美しい顔が離れない。スラリと伸びた手脚。すべすべの肌…いかんいかん。
小松はゴシゴシとリンスを揉み込み、湯を浴びる。

ふぅ、ではいただくか。
小松はジャグジーのピットが空いているのを見つけ、そこに飛び込む。
ざばぁという音とともに大量の湯が溢れる。この贅沢な感じがたまらない。熱い湯に身体が徐々に浸かっていく。
「あぁ〜」
漏れる声を止めることができない。しかし、この瞬間全てが報われる。
日中に起きた理不尽なことや、上司の苦い顔が頭から薄れていく。やはり銭湯は最高だ。心のオアシスだ。
背中に勢いよくジャグジーのジェット気流が当たり、背中がほぐされていく。これがまたたまらない。再び吐息が漏れる。
もはやあの女なんてどうでもいい。天国にいるからだ。いやいや、やっぱり顔が見たい。知り合いになりたい。ぼんやりとした頭の中で彼女の顔が思い浮かぶ。
身体は熱い湯でほぐされ、心は彼女で恍惚に浸る。
もう会わなくてもいい。脳内のメタバースで会えているじゃないか。これ以上望んで傷つくのは嫌だ。もうこのままでイイ。

頭が真っ白になっていく。
気持ち良すぎる…

小松は湯船から上がり、身体を洗い、再び湯船に向かう。今度は薬効湯に入る。
入る時にツンと匂うあの薬の香りが堪らない。
隣であの人は薬効湯に入るのだろうか。
あの人の火照った表情が浮かぶ。
い、いかんいかん。さっきと同じではないか。落ち着け俺。
小松は首を振った。湯船にしばらく浸かると、また頭が真っ白になる。しかし、気持ちいい。もう毎日来よう。こんな天国ない。それに、会える確率が上がる。
名案だ。

小松は風呂から上がり、扇風機に当たりながら、身体を吹く。この風もまた心地よい。早くドリンクを飲みたいがここは我慢だ、願わくばこのタイミングであの人に会えたら。焦っても彼女がまだ風呂かもしれず。タイミングが難しい。というより予測不能だ。

小松は着替えを済ませ、番台から待合室に出た。
高鳴る胸…

しかし、あの人はいない。
そんなうまくいかないか。
よし、ドリンクを買って待つことにしよう。

小松は冷蔵庫からGREEN DAKARAを取り出し、料金を払う。ソファに腰を下ろしキャップをひねる。プシュっという音がして空気が抜ける。

ごくごくごくっと一気に喉を鳴らす小松。
そこに彼女が出てきた。
ぐぶっ、液体を吐き出しそうになる小松。

やはり彼女だった。
美しい…火照った顔が色っぽい。その所作を眺めていると、彼女も冷蔵庫からGREEN DAKARAを取り出す。

やはり。
やったぜ俺。
彼女が俺を見て、ふと一瞬立ち止まる。俺はどうしていいか分からず再びペットボトルをゴクゴクゴクと飲み干す。

彼女は微笑む。
俺に?GREEN DAKARAに?
わからない…が美しい…眼が離せない。俺はぎこちなく微笑む。
しかし、彼女は番台に料金を払うとそそくさと出口に向かってしまう。

ま、まずい、このままでは…また終わってしまう。
僕は一計を案じた。

ガタンっとペットボトルを落とし彼女の方へ頃がした。わざとらしかったか…チラリと番台を見るが、そこに座るおじさんはテレビに夢中だ。

彼女の方までペットボトルが転がっていく。彼女は音に反応してペットボトルを拾う。
「どうぞ」
「あ、すいません、ありがとうございます」
「美味しいよねコレ」
「え?あ、ああ、ですよね!僕もいつも飲んでしまいます」
「では、また」
「あ、ああ…あ、あの」
「え?」
「あ、いや、え、なんでもないです。また」
何も思いつかない。
彼女は微笑んで出て行く。見送る俺。
扉が閉まる。
彼女の後ろ姿が消える。

小松は暫く呆然と立つ、起こった奇跡と自分の行動に顔が真っ赤になる。GREEN DAKARAを再び飲み干す。

「美味しいよねコレ」
彼女の言葉を呟く小松。
しばらく真っ白になる頭。

小松はペットボトルをゴミ箱に捨て風呂屋を出た。
自分の行動に呆れる。あそこまでやったのならもっと話しかけるべきだったのではないか。いや、あれが限界だ、今の俺では。

やはり毎日行くしかない。
小松はそう決めたのだった。
空には冬の大三角が輝いている。

彼女といつか天体観測できるだろうか…。


続。


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