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不思議夜話 13

連れがラーメンを食べに行くという。最近は医者から止められていてほとんど食していない。「旨いと評判だぞ」というので付いて行くことにした。

開け放たれた店内には4人掛けの卓があちこちにあり、数人の客が思い思いの席でラーメンを食べている。椅子に座ろうとすると、奥の卓にいた髭面の男が、目線を左に送ってそれを制した。見ると古ぼけた”食券販売機のようなもの”が置いてある。なるほど、食券を買ってからという事だなと合点がいった。
お金を入れようとすると、黒い手ぬぐいを頭に巻いた店員が、取り出し口らしきところから出てくるものを両手で受けるよう説明している。ほう、何か大きな札(ふだ)のようなものでも出てくるのかと、小銭を入れて両手をかざした。

一呼吸を置いて「どさっ」と出てきたのは、透明なラップに生卵とチャーシュー、もやし、ネギなど、ラーメンのトッピングが一式。「えっ」と絶句したが、後ろから早くしろという視線圧を感じたので、それを手にその場を離れた。途方に暮れていると、連れが手招きして呼ぶ声が聞こえる。近づくと、小ぶりの白いルーレット台のようなものを、数人の若い男女が囲んでいた。
その中の男が、その台の端にある丸い盆のようなところへ、ラップから取り出した生卵を割入れる。するとお盆が少し振動しているのか、卵はその輪郭がぼやけて回転をし始めた。暫くすると白身が白濁して中の黄身が見えなくなる。男は片手で器用にその卵を掬うと、ラップに戻しそのままテーブルの方へ消えていった。

連れが面白いからやってみろと言う。気は進まないが、先ほどの男を真似て生卵を割入れた。盆の中心でブルブルと振動していた卵が、暫くするとグルグルと盆の縁を回りだす。周りの視線を見て頃合いを計り、手で掬ってラップに戻した。生暖かい感じが掌に広がる。
「温泉卵製造機よ。」
と隣から元気な声がした。

見ると、ご近所の福祉作業所の施設長さんだった。通っているメンバーさんの手を引いて笑っている。眼がクルクルと大きく明るく快活な女性だが、つい先日病気でご主人を亡くされたと聞いたことを思い出した。
「この度はご愁傷さまで…。」
と伏し目で答えた。
「まあ、この子たちがいるからね。休んでるわけにはいかないわよ。」
私に少し陰のある微笑みを返してから、メンバーさんの手を取り店を出て行った。気丈にもと言えばそれまでだが、大変なお仕事をされているのだなとあらためて頭が下がった。そして私には無理だとも思った。

少しガタつく油っぽい卓で待っていると、先ほどの店員が湯気の立った白い器を2つ置いたので、横に座った連れの所作を真似て、ラップの中身をその中に放り込んだ。
豚骨スープの中に小さな油の輪が幾つも立ち、薄黄色い細麺が顔をのぞかせている。久しぶりの香りだ。さっき手にしたラップのトッピングも良い頃合いになっている。

さあ食べるぞと、勢い込んで割り箸を割ったところで目が覚めた。


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