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旅に出られるまでに

この春先は、慣れない長距離の車の旅を何度もした。
五十肩になったのはそのせいだと思う。肩と腕が痛くてドアの開閉さえ辛い。ヨガのレッスンに行ってデトックスしたかったが、五十肩が悪化するのは怖い。

ぽっかりと時間が空いて、音楽を聴いた。
ピアノ独奏、角野隼斗。マリン・オルソップ指揮による、ポーランド国立放送交響楽団とのショパンのピアノコンチェルト1番。
同ツアーの演奏を、わたしは昨年9月に隣県のホールで聴いている。あのときはライブの高揚感に浮き足立っていた。いまCDで聴くその曲は、空白になった時間を満たすのにぴったりだった。

ため込んでいた本も、読もうと思った。
ハン・ガン『すべての、白いものたちの』(斎藤真理子・訳、河出文庫)。
読みはじめて、びっくりした。
韓国を舞台にした作品だとばかり思っていたのが、なんとポーランドのワルシャワが登場するのだ(文庫の帯で少し触れられているが、買ったときは全然気にとめていなかった)。
第二次世界大戦時、ナチスによって徹底的に破壊された都市・ワルシャワ。物語では、作者が博物館の映像で目にした、壊された街の白さが語られる。

 映像が始まったとき、上空から見たこの都市はまるで雪景色のように見えた。白茶けた雪または氷の上にいくらかの煤(すす)が落ち、まだらに汚れたところのようだった。飛行機が高度を下げると、都市の姿が迫ってきた。雪に覆われているのでも、氷の上に煤が落ちたのでもなかった。建物はすべて倒壊していた。石造りのがれきの白さと、その上が黒く焼け焦げた跡。それが見渡すかぎり果てしなく続いていた。

ハン・ガン『すべての、白いものたちの』(斎藤真理子・訳)

それ以前にかの地で生まれ、祖国を離れても愛し続けたショパンの曲を聴きながら、手に取った一冊がこの本とは。
偶然と言ってしまえば簡単だ。
だがこんなとき、考えや思いを深くする機会をもらった、というか、ものすごく大袈裟に言えば、生き続けてきてよかった、という気持ちになる。
そういえば、先述のコンサートでショパンのコンチェルトの前に演奏された曲は、バツェヴィチの「オーケストラのための序曲」だった。
バツェヴィチはポーランドの女性作曲家。大戦中には反ナチスの地下活動に加わり、ポーランドが解放された暁に演奏されることを願い、1943年にこの曲を作ったという。
そんなことも思い起こし、生と死が「白」に象徴され転々と綴られる、詩のような物語を読みながら、ひさしぶりに泣いてしまった。

偶然は、じつはもうひとつある。
今年さいしょに読んだ本は、伊藤比呂美のエッセイ集『道行きや』(新潮文庫)だった。
これがあまりにも良くて、ぜったいここ(note)に感想を書きたいと思っていた。しかしその気持ちに見合う言葉を形にすることができず、身辺が慌ただしいこともあって、あっという間に数か月が過ぎた。
まだまとめきれないのだが、ちょっとだけ『道行きや』に触れておく。なんと、この作品にもポーランドが出てくるのだった、と思い出してしまったから。

作者は1982年、ワルシャワの大学に留学していた恋人に一年遅れて、社会主義体制末期のかの地に降り立った。

 わたしがワルシャワに着いて、最初に見たのが、空港から市内に行く道だった。それはまったく、今までに見たことのない光景だった。
 春の光はとても薄くて、地面や木々はまだ冬のまんまだった。大きな建物は灰色で、商店らしい窓や入り口は閉じていて、素朴な看板がひっそりとかかっていた。戦争で壊された塀や壁があちこちに残っていた。建物に入ると、今まで嗅いだことのないにおいがした。

伊藤比呂美『道行きや』

それから数十年後、作者はロンドンでの仕事の帰りにワルシャワに立ち寄り、古い友人に会う。
作者も友人も、さまざまな経験を経てきての再会。ワルシャワの街は、80年代とは見違えるような建物がたちならんでいる。そのなかで交わされる彼女たちの会話、つかの間の懐旧が、なんともじんわりくる。
かつてポーランド暮らしを終えて日本に帰った作者が、その後、何度もワルシャワの「文化宮殿(パワツ・クルトゥールイ)」の夢を見た、と友人に語る部分が印象的だ。

 腕を振ったら、宙に浮かんだのだ。最初は木を飛び越すくらいしか飛べなかったが、やってるうちに、家の屋根を飛び越し、建物を飛び越し、しまいには何時間も空を飛んだ。そうしてきまってパワツ・クルトゥールイの上を飛んだ。ポーランドから帰ってからだった。そんな夢を見はじめ、見つづけて、ワルシャワの町を、上から見つくしたのだった。

伊藤比呂美『道行きや』

ショパン、伊藤比呂美、ハン・ガン。
ポーランド、ワルシャワ。
これは、呼ばれているような気がする。
その旅に出られるまでに、五十肩は治るだろうか。