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小説(SS) 「呪いの臭み」@毎週ショートショートnote #呪いの臭み

お題// 呪いの臭み  ※ホラー系です
 

 何度も洗い流したはずだった。しかしサメには、人を殺した血生臭さがわかるのか。
 シュノーケリングツアーに参加した玲次は、海底から狙いをつけるように旋回するサメを見て、肺の空気をゆっくりと吐き出した。

 昨日、意図せぬ形で人を轢いてしまった。家族と訪れたハワイで、早朝に抜け出してひとりバイクを走らせていたら、人気のない通りに飛び出してきた観光客と衝突してしまったのである。すぐさま駆け寄ったがすでに息はなく、抱き起こしたときに服や手に血がこびりついた。

 洗い流した。そして動かなくなった観光客を海へ投げた。罪悪感はあったが、様々なものを失う怖さの方がはるかに勝っていた。
 玲次はなにごともなかったかのように、妻と子供とツアーに参加した。

 サメの動きは、先ほどより活発になっている。
 ほかのツアー客はみな、餌付けに群がってくる魚たちに視界を奪われて、ヤツが近くにいることさえ感じていない。
 玲次は、意を決した。罪への意識か、責任感か、周囲に被害を出さないためという正義の芽生えか、ただ家族を守りたいという純粋な心なのかは、判然としなかった。しかし玲次は、自らが囮になるべく家族やツアー客から離れる方向へ泳ぎ出した。

 サメが迫る。海底から身をふるわせながら急上昇してくる。玲次は、鋭利なサンゴの破片を使って、片腕を犠牲にしてその目に突き刺した。悶え苦しみ暴れ出すサメに水中キックを入れる。しかし、浮力を得た足は威力を持たず、その体面を微かに撫でただけだった。続けざまにシュノーケリングゴーグルを叩きつけるも、これも子供のやる水遊びでしかない。もはや荒れ狂うサメの前に、玲次ができることなどなにもなかった。やがて玲次は力尽きた。

 海は、しばらく血に染まり上がっていた。
 いまでは、なにごともなかったかのようにツアーが組まれているが、美しい珊瑚礁のある一角だけは周囲から浮き立つように死滅している。そして周辺は、毎年その日になると血の臭いがするという。


〈了〉823字



ホラーっぽいものを書いてみました。
410字に収まるかと思ったら、いきさつと動機を
入れ込んだら膨れていました。
サメが登場する小説を書けて、嬉しいです。

あと、サムネイルのレイアウト、難しいですね。。

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