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小説(SS) 「ハトたちのクリスマス」@毎週ショートショートnote #クリスマスカラス

お題// クリスマスカラス  ※4,000字ほど
 

 その夜。
 ケーラと八羽の子バトたちは、多くの人で賑わうクリスマスマーケットの様子を、冬枯れの木から眺めていました。
 黄金色にきらめく屋台から、焼いたソーセージやチキンの香ばしい煙が立ち昇り、風に乗って流されてきます。
 ケーラは、ごくりと喉を鳴らしました。大きく息を吸うと、その中に甘い香りも混じっていることに気づきます。どうやら、ベリーの入ったホットチョコレートやアップルシナモン味のデザートもあるようでした。

「あなたたち、今日はごちそうよ。例年より人間も多いから、絶品料理をたくさん落としてくれるはずだわ。全部、食べておしまいなさい」

「はい、マム!」八羽の子バトたちは言いました。

「遅くなると、カラスたちがやってくるわ。人間たちで混み合っている今がチャンス。ゆっくりしてる余裕はないの。さあ行きましょう!」

 呼び声とともにケーラが飛び立つと、子バトたちはその後ろに続いて一斉に羽ばたきました。
 ケーラたちは、会場の中でも人混みの比較的少ない場所に降り立つと、辺り一帯に散らばるごちそうを見て目を輝かせました。
 地面には、香ばしい肉やワッフルの欠片などが、山ほどあるのです。ケーラの指示を聞く間もなく、子バトたちは走り出しました。

「おいしい! おいしい!」

 落ちているものを片っ端からつついていきます。
 ここは天国でした。この時期は、一年で最も豪華なごちそうが公園に集まるのです。勢いあまって、時にはなんでもない石ころをつついて、うえっと吐き出している子バトもいます。

 ケーラは、子どもたちが普段満足にごはんを食べられていないことを痛感し、もっとがんばらねばと自らに誓いました。
 ケーラの夫は、過去に凶暴なカラスに遭遇して、八つ裂きにされてしまったのです。以来、ケーラは女手ひとつで我が子たちを育てていかなければならないのでした。

 我が子の喜ぶ顔を見て、ケーラは微笑みました。そして、毎日がこんな生活だったらいいのに、と思い、空をひとり見上げました。空は、どこまでもいつまでもどんよりとしているように感じられます。金色の光に包まれているこの会場が、まるで嘘のように感じられました。

 そのとき、子バトの一羽が叫びました。

「マム! 向こうから、カラスがくる!」

 そんなばかな、まだ早すぎる。ケーラは思いました。しかし、子バトに促され、冷たい風が吹き込む北の上空へ目を凝らします。
 カラスがいました。一羽のようです。よく見るとなにかを頭に被っているようでした。

「マム! あのカラス、サンタクロースの帽子を被っているよ! クリスマスカラスだ!」

 子バトは無邪気にジャンプしました。それはまだカラスの怖さを知らないがゆえの純粋さでもありました。しかし、ケーラの背筋は凍っていました。
 この辺のカラスは、とても気性が荒いのです。彼らは群れで現れると、一方的にナワバリを主張して自分たち以外の鳥が近づけないように威嚇します。
 ただ幸いにも、向こうはいま一羽でした。大勢の人が行き交うこの会場なら、気づかれずにやり過ごせるかもしれませんし、仮に接触しても逃げられる可能性は大いにあります。
 しかし、こうも思いました。クリスマスの帽子を被るカラスに、まともやつがいるはずがない――。

 近づいてくるにつれて、その姿が露わになってきます。カラスの片翼には、三つ爪でえぐられた傷痕がありました。
 サンタクロースの帽子を被ったカラスは、夫の仇であるグラウラでした。その身体の傷痕は、ケーラを逃がすため、夫が命を賭してつけたものでした。
 ケーラはそのことを、片時も忘れたことがありません。

 グロウラは上空でしばらく旋回したあと、両翼を丸めてスピードを落とし、ケーラたちのいるところにゆっくりと降り立ちました。

「おいおい、ハトの分際でカラスのシマに踏み入るったあ、どういうことだ?」

 運悪く、ケーラたちは見つかってしまいました。
 黒い翼を大きく広げて威圧するグロウラに対し、ケーラは冷や汗をかきながらも、毅然と前に歩み出ます。

「ここは、あなたたちのシマでも、なんでもありません」

「ああん? 上等なやつだな。なめた口をきくと、どうなってもしらねえぞ? なんなら、てめえらを食っちまってもいいんだ」

「そのような脅しには屈しません。あなたがたがわたしたちを食べないことくらい、知っていますわ」

「どうだかな! 子バトはざっと八羽いるようだ。クリスマスチキンは、何本あってもいいんだぜ!」

 グロウラがいやしくせせら笑うと、子バトたちはびくびくとケーラの後ろに集まってきました。
 ケーラは片翼を広げ、グロウラを睨みつけます。

「ムカつく目をしやがる……んん〜? なんだお前、よく見りゃ、どこかで見かけた顔だな」

「忘れたとは言わせません」

「っかあ〜!! わかったぞ! お前、このおれの身体に傷をつけた野郎のアマだな!? ホーリーシットだ!」

「いますぐここから立ち去りなさい。さもなくば」

「さもなくば、なんだ?」

「あなたを焼き鳥にしてくれます!」

 ケーラは屋台の陰に子バトたちが隠れたのを確認すると、翼で砂を舞い上げ、グロウラに爪を立てて飛びかかりました。相手は夫の仇です。容赦なく、目を狙いにいきます。しかしグロウラは咄嗟に後方へ飛び上がってかわすと、その両脚をケーラの背中に握り込むように押しつけました。
 半ば背中を掴まれてしまったケーラは、翼を何度もはためかせ、強引に引き剥がそうとします。ぐりぐりと羽毛に爪をくいこまれながらも、下から突き上げるような力で、グロウラごと少しずつ押し上げていきます。
 グロウラが体勢を崩す隙を見せました。ケーラは距離を取ろうと、夜の上空に舞い上がります。イルミネーションと人混みを眼下に、グロウラもそれを追いかけます。ハトのスピードでは、カラスに敵いません。すぐ背後に気配を感じたケーラは、身体を反転させ、迫りくるグロウラの爪に自らの爪をかち合わせます。両者は互いに激しく翼をはばたかせ、牽制を続けました。しかし、体格の大きなグロウラの力にじりじりと押されていきます。
 
「ハト風情が! たった一羽で、勝てるはずがないだろう!」

「黙りなさい! 夫だけでなく、子どもたちにも手を伸ばそうとしたあなたをわたしは許せません!」

「っかあ!! 力こそ正義なんだよ! おれらより強い鳥は、ここにいねえ!」

 グロウラはそのまま力で押し切ろうと、ケーラの両脚に爪を絡ませ、地上に向かって引きずり込んでいきました。脚を封じられ、体重を乗せられたケーラは、いくら翼を動かしても、逃げることができません。徐々に高度を低くとられていきます。
 会場を埋め尽くす人間たちの頭部に当たりかけたとき、ケーラは間一髪、絡まれた脚を振りほどいて空中で後ずさりました。しかし、すかさず追い立てるグロウラのくちばしを胸部に食らってしまい、勢いそのままにソーセージを焼く屋台へと突き飛ばされてしまいました。

 立ち上がるとケーラの足もとには、焦げ目のついたソーセージと、熱々の鉄板の隙間から、炎を上げる炭が見えました。不意に熱さと恐怖が込み上げ、跳ね上がります。ここにいてはまずい。そう思った直後、グロウラは威嚇の声を上げて、飛びかかってきました。人間たちが騒ぐ中、ケーラは背中を鉄板に押しつけられた格好で羽毛を炙られました。
 火傷は当然、免れません。身体全体が、焼かれている感覚です。ふと、その身を削って自分を守ってくれた夫の姿が、ケーラの脳裏をよぎりました。夫に助けられた命です。それを、仇に奪われるわけにはいきません。八羽の我が子たちが、待っているのです。幸せをたった一羽のカラスにめちゃくちゃにされることなど、あってはならないのです。

 ケーラは悶絶するほどの痛みを押し殺し、グロウラの両脚に爪を絡ませました。火事場の馬鹿力に、グロウラは逃げることができません。そのケーラの執念に臆して、振りほどこうと翼を激しく上下させますが、逆に炎の勢いが強くなり、同じくグロウラも全身を炙られてしまいます。

「っぐがあっ!! かあっ!」

 暴れれば暴れるほどに、グロウラの翼に襲いかかる炎は大きくなります。もちろん、ケーラもただではすみません。しかし、彼女の執念は、その痛みをも上回っていました。
 グロウラの力がふっと抜ける瞬間を見逃さなかったケーラは、一気に鉄板へ引き込むと、うつ伏せになったグロウラの上にのしかかり、爪をめり込ませました。身悶えるグロウラの翼を踏みつけ、火で繰り返し繰り返し、炙り続けます。
 グロウラは絶叫しました。過去につけられた翼の傷痕が激しく痛み、すでに頭ではなにも考えることもできませんでした。
 ケーラは人間の気配をを察知し、屋台から離れました。しかしグロウラにはもう、その場を動く力は残っていませんでした。

「なんだこのカラス! 営業の邪魔しやがって!」

 軍手をつけた屋台の人間は、グロウラの首根っこを掴むと、テントの裏の地面に放り投げました。
 息も絶え絶えだったグロウラは、誰にも看取られることなく、ゆっくりと天国に昇っていきました。

 ケーラは火傷を負いつつも、命からがらにクリスマスマーケットの脇の地面に降り立ちました。その姿を見て、子バトたちが駆け寄ってきます。
 無事に全員の命が救われました。ケーラはすぐには、自力で立つことができません。ですが、確かに生きていました。
 子バトたちが、ごちそうを持ってケーラのくちばしに近づけます。ケーラは、かろうじて口に含むと優しく微笑みかけました。

 胸を撫で下ろすと、ひやりとした感触があることに気づきます。
 見上げると、空には雪が降っていました。
 冷たい風が身体に吹きます。しかし雪は、黄金色の光を反射し、輝いているように見えました。
 厳しい、クリスマスの夜のことでした。

〈了〉4,110字




かなり長くなってしまいました。
書き出してみたら色気づいてしまい、
気づいたら投稿が間に合わず、遅れての参加となってしまいました。

少しでもクリスマスを感じてもらえれば幸いです。

では、よいクリスマスをお過ごしくださいませ〜。


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