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中江広踏の連載小説のまとめ他
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#連載小説

千本松渡し a story     #1/6

  一、北村まゆみから南希美子へのメール   南 希美子 様  「夏花」届きました。お手数をおかけしました。コピーを送ってくださいとお願いしたら現物が届きました。考えてみると、何ページもコピーする方がかえって手間でしたね。いつもの事ですが、私の考えが浅かった。でもこれで我が家に一冊しかなかった「夏花」が3冊揃ったので、私もようやく父が高校時代に書いた「幻の短編小説」の全容を読むことができます。同時に、南おじさんの高校時代の詩も。希美子おばさんが書かれた「虎とホーキ星」に

千本松渡し a story     #2/6

二、 北村淳一の小説「千本松」     「千本松」                              北村淳一  「君見ずや、黄河の水天上より来たるを」って漢詩、知ってます? よほど漢詩が好きじゃないと普通の人は知らないですよね。ぼくは漢詩が好きなんです。ちょっと変わってるでしょう? きっと、高校で教わった先生の影響だと思います。「君見ずや、・・」というのは、その先生に教わった漢詩の一句なんですよ。いかにも李白らしい雄大なイメージの句

千本松渡し a story    #3/6

 三、北村まゆみから南希美子へのメール    希美子おばさんへ  大阪ではすっかりお世話になってしまってありがとうございました。父の故郷であり、小説の舞台になった「千本松渡し」を見たいという私の願いが、こんなにも早く実現したのは、おばさんのおかげです。なんて大げさですね。東京と大阪だから、その気になればすぐに行けたのに。でも、やっぱり初めての場所に一人で行くのは不安でしたから、おばさんが一緒なのは心強よかったです。いえ、今回はもう一人余計な人がついてきましたね

千本松渡し a story    #4/6

  四、北村淳一の遺稿「夢のなかへ」  小さな斎場の前の歩道を更に歩き続けると、ループ状になった2階建ての高速道路のような鉄とコンクリートの巨大な構造物が見えてきた。横のほこりっぽい車道は、そのループとつながっているらしい。ループに消える車、ループから現れる車が、前から後ろから、わたしの横を何台も通り過ぎていった。わたしが歩いていた歩道は、車道からはずれてループの下をくぐった。両側を金網にはさまれた路地のようになっている。背の高い人が歩いたらぶつけそうなくらい、ループの低い

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五、北村淳一のもう一つの遺稿   希美子おばさんへ   父の遺稿を読んでいただいてありがとうございました。さすがに専門家ですね。わたしとは読解能力が全然違います。でも、ちょっとずるい気がしました。だって、希美子おばさんは、私の知らなかった秘密を知っていたんですもの。祖父が自転車事故で亡くなったことは知っていましたが、その時に脳死状態になったことは、父も祖母も、ひとことも私には言いませんでした。ですから、希美子おばさんが書かれた事実の数々は初めて知ったことだったんで

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 六、北村まゆみから南希美子へのメール   希美子おばさんへ  まずお詫びしないといけません。前メールの最後で、希美子おばさんに、ちょっと嫌みな書き方をしてしまいました。おばさんが父の書こうとしていた事を知っていたはずはありませんよね。実は、娘の私が知らなかった、祖父の死んだ時の話を希美子おばさんが知っていたとわかった時から、私はちょっと疑り深くなったんです。ひょっとして、希美子おばさんは、私以上に父のことをご存知だったんじゃないかって。死ぬ直前に父が書こうとしていた事を