三日目 令和元年五月一日 六時頃
東海道中有松日本橋 満願大成就膝栗毛。三日目 令和元年五月一日 六時頃。岡崎宿の代替宿泊地 尾張国 桶狭間より。
両足の小指に大きなマメ(水ぶくれ)ができているが、そのまま潰さずマメ保護専用絆創膏を貼って歩く。
【上段左】始発列車に乗り、岡崎宿に向かう。
【上段中】名古屋鉄道 名古屋本線 東岡崎駅で降り、一昨日その日の膝栗毛を終えた地点の備前屋前に向かう途中で見つけたタバコ屋跡。昔ながらのタバコ販売所にタイルは付き物。
【上段右】備前屋前。
【中段左】ツタに埋もれる常夜灯。隣接する木造のペンキ塗り建物は病院跡。
【中断中】常夜灯の残骸。古くなったので、取り壊してその一部をここに安置している。寛政二年(1790)。取り壊しは昭和四十七年。昭和二十年七月に空襲にあって、痛みが酷かったらしい。
【中断右】街道筋の建物。雰囲気は残っている。
【下段左】商店跡。大きな看板が残っているが、トタンが錆びて何屋だったのか不明。切妻の壁には「高橋セトモノ」と薄っすら見える。
【下段中】タバコ屋跡。多分、廃業している。
【下段右】喫茶「コロンボ」。名前といい、佇まいといい、喫茶店そのもの、代表と言うべきもの。惜しくも廃業して売りに出されている。
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