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再養育療法

1ヶ月半くらい前からだろうか。娘がしきりに添い寝を要求するようになった。

闘病を始めて2年半、娘とはずっと同じ部屋で寝起きしている。だから改めて添い寝と言われても、今だって添い寝と同じでしょ?と思っていたのだが、娘の思う添い寝はどうも今の寝方とは違うらしい。
物理的にぴったり隣で寝ていてほしいということなのだそうだ。

娘の布団の隣には、辛うじて大人1人が横たわれるくらいのスペースしかなく、もう1枚布団を並べて敷くことはできない。だからこれまで同じ部屋の少し離れたところで寝起きしていたのだ。でも物理的添い寝を御所望とあらば仕方ない。クッションを布団代わりに床で寝起きすることになった。
4〜5日は我慢してフローリングと仲良くしたが、もうすっかりおばさんになってしまった私の身体はじきバキバキになり、痛くて眠れなくなった(当然)。耐えられずニトリで長座布団を購入。娘の布団隣のスペースにピタリと収まったので助かった。ようやく眠れるようになった。

さて現在、昼夜逆転生活を謳歌している娘。太陽が出ている間は寝ていて、でもそれほど熟睡はしていないのだろう、時折むくっと起き上がってはあたりを見渡すようなことがある。私が隣にいれば、またすぐ横になり寝てしまうのだが、たまたま隣にいないタイミングだと、不安なのかそのまま目を覚ましてしまう。

「寝てて目が覚めたときにママが側にいてくれないとやだから一緒に隣で寝てて」

そうわがままを言われましても、娘は日中ずっと寝ているわけで、行きつけのスーパーやドラッグストアが24時間営業ではない以上、買い出しは日中に行かざるを得ない。洗濯機はできるだけ昼間のうちに回して、気温の高い時間帯に干したい。それに私だって生きているからお腹だって空くし、トイレにも行く。その間はどう頑張っても長座布団の上にいることはできない。
こうなったら忍者として弟子入りして、分身の術を身につけるしかないのかもしれない。入門するとしたら伊賀だろうか甲賀だろうか。どちらがいいかネットで検索してみるくらいには真剣に考えた(ちなみに分身の術を習得するには伊賀の方がよさそうな感触だった、私調べ)。

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そんなある日の外来診療の際、娘が主治医に「母親が先に寝てしまうのが気に入らない」といった主旨の話をしたらしい。その後、私が診察室に呼ばれ、娘と私の眠っている時間帯のズレを説明することになった。その過程で何気なく「今は添い寝をしているので…」と言うと、先生はとても驚いて「添い寝…!!しているんですか?」と聞き返された。
しまった、つい口を滑らせてしまった。もしかして治療のためにはよくないことなのかもしれない。でも本当のことだし仕方ないよな。
観念して、「はい、娘に求められたので…」と答えると、先生はマスクのこちら側からでもはっきりわかるくらい嬉しそうに微笑まれ、摂食障害で入院する患者さんに「再養育療法」という治療を施すことがあると教えてくれた。

これは、看護師などが養育者の代わりになり、病室で添い寝したり、食事を食べさせてあげるなどして、患者を一時的に、いわゆる「赤ちゃん返り」させる治療法なのだそうだ。患者が幼い頃、親から充分に与えられなかった愛情を、もう一度子どもに戻って与えてもらうことが重要らしい。

家庭内でこの療法を行おうとするとき、我が家のような家族構成の場合、患者の母親(つまり私)が養育者となることが多いのだが、中には「どうしてもうすっかり成長した子どもと添い寝なんてしないといけないのか」と言って嫌がる母親もいるということだった。

「お母さんが自然と添い寝をしていると聞いてよかったなぁと思いました。とてもいいお話を聞くことができて嬉しいです」
と先生は言った。

娘の要求に応じるうち、たまたま理に適うことをしていた、ということのようだった。

振り返れば3ヶ月ほど前、急激に体調が悪化した頃、それまで触れられることの大嫌いだった娘が、突然手を握ってほしがったり、抱きしめてほしがったりした。一日中泣いているようなこともあったし、トイレに行こうとする私の後を追ってくるようなこともあった。寝るときは何か話しながら、身体をさすってほしがった(最後のこれはしばらくの間続いた、だから私が先に寝てしまうのが不満だと先生に訴えたようだ)。

赤ちゃん返りしているみたいだなぁとぼんやり考えていたのだが、その感覚も合っていたということか。

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20年前。まだ20代で体力の有り余っていたあの頃、体重の2桁に満たない娘を抱っこするのは、特に苦もなくできることだった。
立派におばさんになった今、病的に痩せてしまっているとはいえ、体重の40kg近くある娘を抱き上げてあげることは残念ながらできない。甘えたくて寄りかかってくる娘の体重を受け止めるだけで、身体の節々が痛むし、体力も激しく消耗する。
インパルスの板倉さんがあちこちオードリーや佐久間さんのラジオで話していた例えをお借りすると、HPが削られる。

インパルス板倉「HPが減る仕事」と「MPが減る仕事」を語る

再養育療法の話を聞いたとき、結局は私の子育てが失敗だったということを改めて突きつけられたような気がして、心底ショックだった。
通院を始めてからずっと、私の母親としての至らなさのせいで娘が発病したのだという事実を、様々な方向から角度を変えて、突きつけられ続けているんだなと思う。何度も何度も見えない槍で突き刺されて、心が痛む。
板倉さんの表現をお借りすると、MPが削られる。

そのときそのときは、自分にできる精一杯をやってきたつもりだったんだけどな。娘のことは私なりに、全身全霊で愛していた(つもりだった)。でも不器用な私は、仕事をしながら、実家の揉め事を解決しながら、並行して娘を充分に愛することができなかったのかもしれない。あれもこれも全部抱えるには、私のキャパが小さすぎたのかもしれない。そして当時は自分のキャパの小ささに自分で気づいていなかった。私さえ頑張れば大丈夫。そう思い込んでいた。それが最大の敗因なんだよな。

今さら遅いかもしれない。でも当時満たされなかった想いをできる限り満たしてあげたい。
HPもMPもたいして高くないおばさん。今日もHPとMPを削られて瀕死になりながら、娘の全てを受け止め続けよう。

再養育療法、絶賛実施中。


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