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「キツネノテブクロの咲く頃に」第2話 #ファンタジー小説部門


前回→<1>ボクは鏡にうつらない(1)
*** この記事の終わりに目次と各話へのリンクがあります ***

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キツネノテブクロの咲く頃に

<2>ボクは鏡にうつらない(2)

(約6200字)

 たくさんの、火。
 城の窓や、庭園の大きな木のあちこちに火がついて、燃えている。
 見上げた空はもう朝の空なんだけど、まだちょっとだけ夜がのこってて、そこから、まんまるで大きな白い月が、城と火とボクを見下ろしている。

 ボクはまた、ここに来てる。ボクはこれが、夢の中だってことを知ってる。この城は、いまボクがいる城じゃない。前に、ボクはちがう城から来たんだって、兄さまか姉さまが言ってたんだけど、これはたぶん、そのときのきおく。

 ボクがおぼえてるのは、なんども夢に見る、このきおくだけ。
 ママに初めて会った、この朝のきおくだけなんだ。

 火にかこまれたばしょからボクは、手を引かれて逃げている。気がつくとそこに、高い塔があった。塔には火がついてなくて、だからさっきまでいたばしょより暗くって、その下の広いところに、白いつばさを広げた兄さまや姉さまがいる。

 剣を持った兄さまが、だれかになにかを言って、それからそのだれかがバタリ、とたおれる。

「そちらを見てはだめ」

 姉さまが言って、ボクを姉さまのうでの中に抱きしめる。
 そう、ボクの姉さまは。
 ほんとは、ひとりだけだった。
 こうしてボクを抱いてる、黒髪の姉さまだけ。

 目の前が暗くなって、しばらくして姉さまのうでがゆるんで、顔を上げると、塔の入口から人が出てきた。
 あれは一番目の兄さま。兄さまが、女の人の手を取って、女の人はもう片方の手でドレスをつまんで、ゆっくりと歩いてくる。日の光が、まっすぐなおびみたく、その女の人にだけ当たって、金色の長い髪と青い瞳がキラキラしてる。ここにいるだれよりもきれいな女の人が、ボクと姉さまの前で足を止め、ボクたちを見下ろしている。

「ママ、どうする? こいつらも殺す?」

 なん番目かの兄さまが、剣の先をボクたちに向けた。
 姉さまのうでが、またボクをぎゅっと抱きしめる。

「その二人は、わたしが産んだ」

 女の人……ママが言い、ボクたちに背をむける。髪をよせてうなじを出すようにうつむいたママの、ドレスの背を、なん番目かの姉さまがナイフで切りさいて、そこから、大きくて真っ白なつばさがあらわれた。
 バサリ、バサリ、バサリ。
 兄さまと姉さまといっしょにママが、つばさを広げ、飛び立ってゆく。
 つばさはどんどん小さくなって、夜がいなくなった空の、朝日の中に見えなくなってしまって。

「『いだいなるシソのちかいにしたがい、わがいちぞくのどうほうを殺してはならない』。オキテだから……」

 剣を下ろした兄さまが言う。
 姉さまのうではゆるまない。

 兄さまがなにかを言ってて、それが夢の終わり。ボクはぷかりと浮かび上がって、いまのボクにもどってくる。ママに初めて会った日のこと……ママのきれいな瞳がボクを見て、ママのきれいなつばさが見たくって、ママの声をもう一度聞きたくって。なんどもなんども、夢でいいから見たくって、ずっとそこにしずんでいたいのに、だけどボクは浮かんでしまう。

 でも、浮かんできて、よかった。
 姉さまがボクを、抱きしめていてくれたから。


+++

 目がさめるとボクは、ベッドの中の、姉さまのうでの中にいた。
 ボクはもぞり、と天井のほうに顔を動かした。

 まっ暗じゃなかった。
 たぶんベッドの近くにランプが置いてあって、ろうそくにまだ火がともってる。
 あたたかい姉さまから少しだけはなれて、姉さまの顔を見る。姉さまはボクに気がついていて、姉さまの紫の瞳とぱちん、と目があって、ボクはたくさんまばたきをした。

 姉さまはなにも言わずに、ボクの頭をなでてくれた。ボクがうれしくて「フフッ」と笑うと、姉さまが少しだけ目を細める。それが姉さまの笑顔。姉さまはボクよりずっとずっとしっかりしていて、ボクは姉さまが泣いた顔を見たことがない。ほかの兄さまや姉さまたちのように、大きな声を出すのも、見たことがない。ママみたいだなって、それから、いちぞくのくにの王さまである一番目の兄さま、ぐんだんちょうの二番目の姉さまみたいだなって思う。

「おはよう、姉さま」
「おはよう、やさしい子。まだ夜中だけれど」
「ランプ、消さないの?」
「おまえを見ていたのよ」
「ボクを?」

 それでボクは、きゅうに鏡のことを思い出して、くるん、とねがえりして、まくらのすぐそばに置いてある手鏡を手に取った。
 天井を見るように頭と体をもぞもぞさせてから、手鏡を持ち上げてのぞく。そこにあるのは、へこんだまくらだけ。姉さまのほっぺにボクのほっぺをくっつけるようにして、鏡をもう一度、両手で持ち上げてかざす。黒い髪と紫の瞳の姉さまが、鏡の中からじっ、とボクを見つめている。

 うでが重たくなって、鏡をぼすん、とうわがけに落として、それからさっき置いてたまくらのわきにかたづける。ふりかえると、鏡の中のじゃない姉さまが横たわったまま、ボクをじっ、と見つめていて、ボクは姉さまの高さに合わせるようにしてまくらに頭をのせ、姉さまを見つめかえした。

「姉さま、おしえて?」

 ボクは姉さまに、いつものしつもんをする。

「姉さま、ボクの目の色は、なに色?」
「おまえの瞳は、あわくうつくしい、朝つゆにぬれた若葉のような緑色。そして、おまえの髪の色は、夏の日が地に帰るまぎわの、うつくしい赤。目の色も髪の色もちがうけれど、おまえとわたしは、とてもよく似ているのよ」

 姉さまはいつものとおり、ボクにおしえてくれる。ボクはボクの髪の色を知ってるのに……なぜって、髪の毛を切る日に見せてもらえるからね、巻き毛だってことも知ってる。でも姉さまはわざと、髪の色の話をしてくれるんだ。ボクはなんだかくすぐったくて、「フフフッ」と笑ってしまう。なんど聞いてもうれしくって、だって『うつくしい』なんて、いっぱい言ってくれるし、それに。

「きれいな姉さまと似ているなんて、ほんとう? ほんとうだったら、すっごくうれしいな」
「このわたしが、おまえにうそなど、つくはずがないでしょう? おまえは、わたしよりもずっときれいなのよ」

 姉さまが手をのばしてきて、ボクのほっぺをやさしくなでる。
 だからボクも手をのばして、姉さまのきれいな髪にふれ、頭のてっぺんから耳のうしろへ手をすべらせて、それをなんどもくりかえした。

「ボクは、姉さまが好き」
「……もうそろそろ、目を閉じなさい。『ゆめのないねむりは、なによりのしゅくふく』。おやすみ、わたしのやさしい子」

 姉さまが身を起こして、ボクのほっぺにキスをする。ボクが目をつむると、りょうほうの目に姉さまのくちびるがそっとふれて。ボクは、姉さまがとなえてくれた眠りのおまじないどおり、こんどは『ゆめのないねむり』にしずんでいった。


+++

 ある日、七番目の姉さまがボクに言った。

「鏡にうつらないのは、おまえだけではないの」

 廊下をとおるはずのママが来なくって、そのかわりに兄さまたちや姉さまたちがボクにいろんなことを言う声がして、ボクは城じゅうの鏡をのぞいてまわって、でもやっぱりボクはボクを見つけられなくって。
 大きくなったのに、まためそめそと泣いてしまったボクは、メイドたちも来ない飼育小屋のうらの茂みに、かくれるようにしてひざをかかえてたんだけど、姉さまはかんたんにボクを見つけて、ボクの手を引っぱって立ち上がらせた。

 そして手を引かれ、いつものキツネノテブクロの茂みまで来てから。
 姉さまはボクのかたをつかんで顔をよせて、ボクの耳のすぐそばで、ささやくように言ったんだ。

「鏡にうつらない子は、ほかにもいるのよ」
「姉さま! それは、ほんとうに?」

 ボクはびっくりして、でも姉さまみたく、ひそひそ声で聞きかえした。

「わたしがおまえに、うそをついたことがあるのかしら?」
「でも、だって……しんじられない」
「……そうね。それなら、鏡にうつらない子に、会いに行きましょう」
「えっ。そんなこと、できるの?」
「ええ。だけど鏡にうつらない子は、この城からはなれたとおいところ、いちぞくの国ではない国にいるの。だから、ちゃんとじゅんびをしないといけない。おまえはわたしと、たびにでるのよ」
「たびにでる?」

 姉さまは顔をはなして、ボクの目をまっすぐに見て、言った。

「このことは、だれにも言ってはいけない。わたしとおまえだけのひみつ。時が来るまで、それまではだまって、わたしをまっていられる?」
「うん、わかった。ボクは姉さまをまってる。ボクと姉さまだけの、ひみつ」
「城じゅうのすべての者、兄さまや姉さま、いちぞくの王である一番目の兄さまにも、そしてママにもひみつにするの。だからこのことは、一人でいるときにも、どこでだって、口に出してはいけない。『ちんもくのせいれいとのめいやくのもとに、われはやくじょうをたがえない』、これをとなえる意味はもう、おまえにはわかるわね?」

 姉さまがおしえてくれた、いちぞくのオキテの一つ。ボクはくちびるをぎゅっとして、姉さまの目を見て、深くうなずいた。そして、もういちどゆっくりとそれをとなえる姉さまのあとに続いて、ボクはそれを、ボクの口にのせたんだ。

「ちんもくのせいれいとのめいやくのもとに、われはやくじょうをたがえない」

 それからボクは姉さまに言いつけられて、しばらく部屋にこもっていた。姉さまはたくさんの本を持ってきてくれて、文字の練習のしゅくだいをボクに出して、そのための紙のたばとペンとインクつぼを置いていった。姉さまは、ほかの兄さまや姉さまといっしょにとうばつに行かないときは、ボクに字の書き方をおしえてくれてた。それが「しばらくできないから」と姉さま言って、ボクはさみしかったけれど、それをがまんした。
 姉さまがボクに言ってくれたことを、思い出して。

「姉さま。ボクは姉さまのことを、どれくらいまっていればいいの?」
「……あの茂みのキツネノテブクロが、すべて咲くころまで。それまではここにいて、口をつぐんで。わたしのやさしい子、わたしはおまえを、しんじているから」

 姉さまの言いつけをちゃんと守ったボクは、部屋からいっぽも出なかったから、キツネノテブクロが咲いたのを知らなかったのだけど、姉さまが帰ってきて、「咲いたわ」と言ったから、とうとうその時が来たんだ、とボクは思った。

 そして。それから二日たった、月のない夜。
 姉さまとボクは城を抜け出して、鏡にうつらない子がいる国へと、旅立ったんだ。


+++

 旅のはじまりは、ちょっとだけたいへんだった。
 城のみんなにはひみつの旅だったし、ボクにはまだ、つばさがはえてなかったから。

 ボクははじめて、この城にはじょうもんがないってことを知った。城に入るにはつばさがなくてはならない。あの中庭が、出入り口になってたんだ。

 だけど一つだけ、つばさがなくっても城から出入りできるところがあって。それは、城をたてるときに使った門で、いまは、城に食べ物や布やぶきをはこびこむため、つばさを折られたざいにんたちのためにのこされてるんだって、あとで姉さまがおしえてくれた。

 そこは、ボクが入ってはいけない、と言われていた部屋で、そこには城の地下に行ける階段があった。城のみんなが眠ってしまってから、くらやみの中を、姉さまはボクの手を引いてこの階段の部屋までたどりついた。かぎを開けて中に入って部屋のとびらを閉めてから、姉さまは持っていたランプのろうそくに火をともし、いっぱいならんでるたるやたなをとおりすぎて、部屋のいちばんおくの、床に開いた穴の中の階段を下りた。
 うずまきみたいな階段をなんどもぐるぐるして、いちばん下は部屋につながっていて、ひくくてぼこぼこした天井のこっちの部屋にもたくさんたながあって、たるや袋やビンがたくさんならんでて、たながなくなったところにとびらがあった。そのとびらの外には、にぐるまがいくつか置かれていて、その先の小屋に馬がいた。

 ボクは初めてほんものの馬を見たんだけれど、ぐっとがまんをして、声をあげなかった。姉さまに言われるまで、けして声を出してはいけない、と言われてたから。
 とびらの前からどこかに続く道は森の中をとおっていて、姉さまとボクはその道のはしっこを、手をつないで歩く。森が終わって、道のあっちやこっちに馬小屋よりも大きな小屋がたくさんあるっぽくて、暗くってボクにはよく見えなかったんだけど、それはだれかのすむ家なんだって姉さまが、あとでおしえてくれた。

 道はまた森の中に入って、うねうねと曲がりくねりながら下ってゆく。ボクたちの城は、山の上にあったんだって。知らなかったな。
 空が少しずつ明るくなってきて、すると姉さまは、森の中へ入ってゆく。足もとをたくさんの葉っぱがこすって、しゅっぱつの前に足に布をぐるぐる巻いたわけがわかった。

 息が苦しくて、たくさんハァハァするボクを見て姉さまは立ち止まり、なにも言わずに、たおれていた木にボクをすわらせた。ボクたちはフードのついたがいとうを着ていて、朝つゆにお尻がぬれないように姉さまが、がいとうのすそをうまく引っぱってくれる。ちょっとしてボクの息がもとにもどると、姉さまはボクを立ち上がらせて、森の中をすすんだ。

 たくさん、たくさん歩いた。とちゅう休んだときに、姉さまに持たされていた、すいとうの水を飲んだり、革袋の中の木の実を食べたり、うたたねをしたりして、でもたくさん、たくさん歩いて、また夜が来た。
 足がもつれて動けなくなってしまったボクを抱えて、姉さまは森の木によりかかって、足のあいだにボクをはさむようにしてすわった。姉さまがボクのフードをかぶらせるまえに、耳のすぐ横でささやいた。

「『ゆめのないねむりはなによりのしゅくふく』。おやすみ、わたしのやさしい子」

 姉さまのきれいな声が聞けてうれしかったのに、ボクはすぐに眠ってしまった。ボクを抱く姉さまがゆれてボクは目がさめて、空はまだ暗くて、少し歩くと道があって、馬小屋があった。
 姉さまは森の茂みの中でいちどボクの手をはなすと、馬小屋に入ってゆき、馬をつれてもどってきた。そしてボクは、初めて馬にさわって、馬に乗せてもらったんだ。

 まだ暗い道を姉さまが、前にボクを乗せて、馬を走らせる。姉さまはボクを姉さまにひもでくくりつけていて、ボクはそのひもにひっしにしがみついていて、姉さまは馬を、はやく、はやく走らせた。森の中をゆく道を下ったり上ったりをくりかえして、空が朝日の色になったところで、ボクを馬から下ろした。そして、馬を道に置いて、また森の中へとボクの手を引いた。

「国ざかいをこえたわ」

 姉さまがそう言ったのは、たくさんたくさん森の中を歩いた、夕方だった。

「ここはもう、いちぞくの国の外。そしてここからが、わたしたちの旅のほんとうのはじまり」

 そのとき姉さまは、なにかを言いかけて、でもなにも言わないでボクを抱きしめた。ボクはたくさん歩いたからクタクタだったけれど、姉さまに抱きしめてもらえるのがうれしくって、それでボクは、やっと気づいた。

「これから姉さまと、ずっといっしょにいられるんだ! ねぇ、姉さまは? ボクといるの、うれしい?」

 すると、姉さまがボクの耳のそばで、「うれしいわ、とても」と、ボクを抱きしめたまま、ささやいた。



つづく

次話→
<3>ボクは鏡にうつらない(3)


キツネノテブクロの咲く頃に
<2>ボクは鏡にうつらない(2)

【2024.05.31.】up.


【キツネノテブクロの咲く頃に・目次とリンク】

※カッコ内の4ケタは、おおよその文字数です。
<1>ボクは鏡にうつらない(1)(5300)
<2>ボクは鏡にうつらない(2)(6200)
<3>ボクは鏡にうつらない(3)(7400)
<4>夜に溶けて飛ぶ鳥(6200)
<幕間1>王国の滅亡と魔の一族の伝説(1600)
<5>月のない夜の姫君(1)(6000)
<6>月のない夜の姫君(2)(4800)
<7>月のない夜の姫君(3)(4100)
<幕間2>創世記・祝福の翼(1500)
<幕間3>夜色の翼は高くに(1800)
<8>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(1)(7700)
<9>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(2)(6500)


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 #駒井かや


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