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「キツネノテブクロの咲く頃に」第8話 #ファンタジー小説部門


あらすじ・第1話→https://note.com/maneki_komaneko/n/n6e4ebdef1b6b
前回→<7>月のない夜の姫君(3)
   
<幕間2>創世記・祝福の翼
   
<幕間3>夜色の翼は高くに
**この記事の終わりに目次があります。**

*********


キツネノテブクロの咲く頃に

<8>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(1)

(約7700字)

 姉さまが四枚羽の黒い鳥になって、森の闇へと飛び去ってしまったのは、ボクが十三歳になる直前の夏のことだった。

 だけどボクはあのときのことを、まるで昨日の出来事かのように覚えている。
 それはきっと三十年前のボクが、姉さまとの出来事を毎日、何度も何度も思い返していたからだと思う。

 姉さまがいなくなってからボクは、毎晩のように、不思議な夢を見るようになった。
 その最初に見た夢、三十年前のボクが見た夢のことも、ボクははっきりと覚えている。
 ボクはこの夢を、たぶん死ぬまで忘れない。忘れることが出来ない。

 ボクはその夢を思い出すたび、ボクの体に流れる、魔の一族の血のことを思う。
 その血はボクが、ママから受け継いだもの。
 そしてママの胎内で、ボクと姉さまの二人で、分かち合ったものだ。
 
 ……そう、ボクと姉さまは。
 最初からずっと、分かち合っていたんだ。


+++

 夢の中のボクは、空を飛んでいた。

 ボクは風の中にいる。体全体が、風に包み込まれている。
 夜空と、暗い森の樹々との間、樹の先端のすぐ上を、滑るように飛んでゆく。
 真っ暗な、月のない夜。
 けれど、少しの迷いもなく、ボクは飛んでゆく。

 ボクはどうやら、一羽の鳥になっているようだった。

 夢の中で夜が明け、朝になった。一面雲に覆われた空には強い風が流れていて、雲の、灰混じりの白の模様が、刻々と変化している。時折、羽に雨粒を受け、風に煽られながら、ボクは飛び続けている。

 ある場所を過ぎたところでボクは、戻ってきた、という感覚になった。深い森が続くそこは、もうすっかり山の中でもあって、でももっと先の、高い場所を目指している。
 どうしてかボクは、急がなければ、と思っている。胸の内に生じている、得体の知れない違和感が、ボクを急かしている。

 なにかが、違う。
 ここは、よく知る場所のはずなのに。
 そしてその答えは唐突に、ボクの眼下に現れた。

 森の樹々の間に、道が見えて。
 道には、人間の兵士たちの姿があった。

 山の中をうねうねと登る道に点々と灯る、たいまつの炎。それを道に沿って目で追ううちに、道端に、背に翼のある体が倒れているのを見つける。一つ、二つ……それは数え切れなくなって、どんどん増えていく。
 道の先で、道沿いの家々から引きずり出された者が次々と、剣で切りつけられている。剣を返そうとした者は、だが、うしろから別の人間に翼をつかまれ、背を翼ごと剣で裂かれた。

 一族の者たちが、人間の兵士たちに襲われている。
 ボクはそれを見ている。目を背けずに。

 道沿いに、黒い杭がいくつか刺さっていた。それを抜いて移動させ、また地面に突き刺す兵士がいて、地面ではなく、地面に横たわる一族の者の体に突き立てる兵士もいた。

 ボクはそこから目を離して、上昇した。麓の森の上を飛んでいるときには見えなかった、石造りの城壁。いまボクがいる場所からなら、その全貌を見下ろせる。山々と樹々に隠されるようにして建つその城には、城門がない。主塔と側塔を繋ぐ城壁にはどこにも切れ目がなく、空を飛ぶボクが高度を上げると、石造りの城壁が四角の形になっているのがわかる。四角の真ん中は建物がなく、庭園になっていた。

 庭園にはいくつか、かがり火が焚かれ、曇り空で薄暗い辺りを明るく照らしている。一番開けた広場に、背に翼のある体がいくつも倒れているのが見え、兵士がその倒れている体に剣を突き刺している。
 また、ある兵士がカラスくらいの大きさの、薄青い羽の鳥を、翼をつまんで広げるように持ち上げている。鳥の、広げられた羽は、四枚。もう事切れているらしいそれを兵士は地面に放り投げ、そこに剣を突き立てる。すぐそばには、茶色い羽を持つ鳥と薄紅色の羽の鳥の体が、折り重なって動かなくなっていた。

 庭園のあちらこちらに、翼のある体と、四枚の羽を持つ鳥の死体が、転がっている。

 風に逆らうように飛びながらボクは、城の上空を旋回する。
 ボクはなにかを探していて、ある場所に目を向けたとき、ボクの視点がそこから動かなくなった。

 兵士が、ドレスに包まれた体を足蹴にして、仰向けにしている。
 それを見たボクの、息が止まった。

 あれは、ママだ。

 こんなに高い所から見ているのに、わかる。
 あれがママで、そして……ママも、ボクに気付いている。

 ひときわ強い風に煽られ、それでもボクは、そこに留まるように飛び続ける。雲の流れが早い。体を雨雲がかすめ、でもボクはそこから飛び去れずにいる。
 ママの近くに、ママと同じ白い翼が、飛び飛びに横たわっている。無意識に数を数え、誰もママを守れなかったのだ、とわかる。

 一人の兵士が、叫び声をあげた。兵士はボクを指さし、兵士たちが集まって来て、やがて矢を番え、こちらに向かってそれを放つ。

 ボクは、ママに目を向ける。そして、ママから顔を背けるようにして上空を見上げ、上昇する。矢はもう届かない。ボクは城を背にして、力の限り飛んだ。


+++

 それからもボクは、鳥になった夢を、たくさん見た。
 広げた翼や体が視界に入ってくることもあって、ボクはこの鳥の色が黒いことを知った。

 ほとんどの場合、ボクは空を飛んでいた。空から見る森や川、人の住む家。
 群れを成してボクと同じ目の高さで飛ぶ、ほかの鳥たち。
 春に咲く色とりどりの花、夏の雨のあとにかかった虹、赤や黄色に染まる秋の山、白い雪に朝の光が跳ねる夜明け。
 夢の中の、鳥になったボクの目に映る、すべてのものはとてもきれいで、美しくて。いま自分はとても美しいものを見ている、という感覚と共にどうしてか、胸が締め付けられるような苦しさを覚える。

 鳥には、この世界のどこにも、帰る場所がない。
 だから鳥は、当てもなく飛び続けている。

 ときどき鳥は、人から、石のつぶてを投げつけられた。
 そしてあるときは、木の上からこちらを指さす人を見下ろしていて、槍で襲われそうになって、飛び上がった。
 ボクは夢の中で、鳥がそこから逃げ切るまで、ボクが目覚めてしまわないように祈った。


 たまに映る景色に、見覚えのある煙突があって。
 それは、いまボクがいる、魔女の家の煙突だった。

 上空から家を見下ろし、魔女の家からは遠い樹を選んで、その枝に止まり。それからふわりと枝を移って、家の窓が少しずつ大きくなる。
 鳥と窓の間を遮る樹々の枝が、なくなって。
 鳥は、木戸が閉まった窓を、じっと見つめている。

 窓の木戸は、開いていることもあって。
 そのとき鳥は、窓辺に現れた人影が動くのを、目で追う。
 人影がこちらに気付くと、しばらくはそれと目を合わせ、それからゆっくりとそこから飛び去った。 

 鳥は何度も訪れて、四季が何度も巡った。
 小さかった窓辺の人影がどんどん大きくなっていくのを、鳥は見ていた。


 ……姉さま。
 だからボクには、わかったんだ。
 あの枝にいた黒い鳥が、姉さまだってことを。

 何度も目が合って、ボクたちは見つめ合って、けれど姉さまはこちらに来ることはなくって、いつもどこかへ飛び去ってしまう。
 はじめの頃は、どうして? って思ったけれど。魔女の……お師匠様の家で暮らしながら少しずつ大きくなって、お師匠様にいろんなことを教わって、そのうち近くの村に出入りするようになって、いろんな人たちと関わるようになってからボクは、姉さまがどうしてボクに近寄らないようにしているかも、わかるようになった。

 だけど。
 いつかまた、姉さまに触れたくて、姉さまに頭を撫でられたくて、抱きしめてもらいたくて。

 ねえ、それって。
 あの城で、ママを追いかけまわしていたときの、ボクみたい?
 そうだね、似てる。
 でも、違うんだ。

 あの城にいた頃のボクは、たぶん傲慢だった。

 ボクが見るママはいつも、とてもとても悲しそうだった。
 ママがそういう顔をしてたわけじゃないんだけど、ボクにはそれがわかった。
 それで、ボクがママを追えば、ママのそんな気持ちはなくなるんじゃないかって、どうしてかボクは思ってたんだ。

 ママがボクを嫌いなのは、わかっていて。
 けど、ママがボクを嫌いなのは、本当じゃないかもしれない、っていう考えをボクは、根拠もなく持っていて。そして、ママがそれに気がつけば、ボクならママのことをなぐさめてあげられるのに、って。そんなふうに思っていた。

 どうしてそんなふうに思えたんだか、不思議だよね?
 あの城でのボクは、鏡にもうつんないし、出来ることが一つもない役立たずだったのに。
 なのに、どうしてそんなに自信満々でいられたのか、姉さまにはわかる?

 ……それは、ね。
 姉さまが、ボクのことを愛してくれたから、だったんだよ。
 だからボクは、ママに嫌われてる世界に生きてても、怖くなかったんだってこと。

 だけど、ボクは。
 姉さまにさよならを言われるまで、ボクはそれに気付けなかった。
 ボクがずっと、姉さまに甘えていたから。
 姉さまがくれるそれを、ただ当然のように受け取って、ボクからはなんにも返さないで、ママを追いかけて、鏡の中にいるはずのボクを探して、失望でめそめそと泣いてるだけの日々を送っていたんだ。

 姉さま。
 ボクはもっとちゃんと、姉さまに伝えたいんだ。
 さっきは、頭を撫でて抱きしめて欲しい、なんて言ったけれど。
 それよりもボクが、姉さまの頭を撫でて、抱きしめたいんだ。

 ボクは、強く確信する。
 いつの日か姉さまが、姉さまとして、ボクに会いに来てくれる日が来ることを。
 違う、会いに来てくれなくても、いい。ボクが会いに行けばいいんだ。姉さまは絶対に、ボクを待っていてくれるから。

 ボクは、姉さまを信じてる。
 ボクはもう、姉さまに向かって『信じられない』なんて言ってしまうような、バカなボクじゃない。

『わたしの望みを、おまえが叶えるのよ。わたしはおまえを、信じているから』

 そうやって姉さまが、きっといまも、ボクを信じてくれているように。

 ……これからボクは、ボクの本当の望みを叶える。
 そのために、生きる。

 ボクの望みが叶うまで、どれだけたくさんの時間がかかるとしても。


+++

「お師匠さまぁー。お師匠さまー、どこですかぁー……」

 家のほうから聞こえてくる、ちょっとだけ情けない声。
 森を一人で歩いていたボクは、思わず苦笑してしまった。

 どうやらボクは森に、思ったよりも長居をしてしまっていたらしい。晴れた初夏の午後、森を抜ける穏やかな風があんまりにも気持ちよくて、薬草園の薬草も、この季節に森のあちこちに咲く花や茂る草もみな、すこぶる元気で……ボクはどれに対してもいちいち「この調子でいておくれよ」と、声をかけていた。
 この場所は、大丈夫。これからも、いい薬草が手に入れられるし、いい薬を作り続けることが出来るだろう。

 何度も繰り返される声が、どんどん大きくなる。声の主の姿にボクのほうが先に気付いて、彼も少し遅れてこっちに気付いてくれたので、軽く手を上げて見せる。すると彼が、「おおお、お師匠さまだあぁ……」と言いながら、両手を前に出して、こちらに向かってきた。

 親をやっと見つけた、はぐれ子みたいだ。森の道なき小道をこちらに歩いてくるのは、もう二人の子を持つ父親だというのに。しょうがないなあ、と思いながら立ち止まっていたボクにたどり着くと、彼が感極まった声でボクに言った。

「お師匠さまぁ……もうっ、もう旅立ってしまわれたかと思って、よかった……」
「師匠に……キミのおばあさまに、挨拶をしてきたんだよ。出立は明日だって、キミが何度も訊くから、ボクも何度も答えたじゃないか?」
「そうですけどぉ……あの、お師匠さま。やっぱり、考え直されたりは、しませんでしょうか?」

 ボクは彼をわざと背にして歩きはじめ、「しないよ」と答える。「わあ、待ってください」と彼が言い、ボクより背の低い彼の頭が、ボクの肩に並んだ。

「そう、ですか。ですよねえ、ああもう、本当に明日、なんですよねえ……」
「そうだよ。キミには、たくさんたくさん、お世話になって、」
「わああっ、やめてください、まだ早いです!」
「そう? じゃあ、また明日にしようか」
「明日。本当に本当に、行ってしまわれるのですか?」
「うーん、キミは……しょうがないなあ」

 ボクは笑って、彼の背中をポンポンと叩いてやりながら、思い出す。
 彼は、ある日突然ここにやって来て、師匠の生き別れの子どもの息子だと名乗った。師匠はまだとても若かった頃、子ども産んですぐに、子どもと別れなければならなかったらしいのだけど、その話をボクは師匠からではなく、彼から聞いた。
 彼はそのまま押しかけるように弟子入りしてきて、だけど師匠が『アタシはこれ以上、弟子を増やす気なんざないよ』なんて言うものだから、結局彼は、ボクの弟子ってことになってしまった。

 最初はボクに弟子なんて、って戸惑っていたけれど、彼がいなかったらボクは、たぶんたくさん困っていたはずだ。師匠が亡くなって、おろおろしていたボクに代わってなにもかもを進めてくれたのも彼だった。彼のおかげでボクたちは、師匠の遺言のとおり、遺体を焼いて灰にし、森に撒くことが出来た。

「だって、心配なんですよ? お師匠さまはほかの誰よりも若々しくって、健康なんだってわかってますけど。旅先で病気になって倒れたりしないか、魔妖に襲われたりなんか……」
「そのときは、そのとき。大丈夫、薬もいくつか持っていくし、旅先でも作るから」
「でも、でも……」
「ほーら! 日が暮れる前に、村に戻らないと! みんなに、今日だけは村に行ってもらうって約束、覚えてるよね? 守ってくれないなら、うん、じゃあ、キミの奥方に頼めばいいのかな?」
「ああ、もう! わかりました! だけど絶対絶対、黙っていなくなったりしないでくださいね!」
「わかった、約束する」

 ボクは半泣きの彼に笑って答え、そして心の中でも、言う。
 『沈黙の精霊との盟約の下に、我は約定を違えない』、と。


+++

 一番弟子とほかの弟子二人が、村への小道を連れ立って歩いていくのを見送ったボクは、家の外を一周しながら、家を眺めた。魔女の家。この、いつ建てられたのかわからない古びた家を、村の人に何度も直してもらった。ボクが姉さまに連れられて初めてここに来たときの印象は、どうだったろう。確か、これが人の住む家だとは思っていなかったような気がする。

 ……そうだ。それよりもボクは、この花に気を取られていた。
 紫色の袋状の花をたくさんぶら下げた、キツネノテブクロ。
 今年も家の周り、特にこの窓の下に集中して、どれもが競うように咲き誇っている。

 あのときも。
 キツネノテブクロが咲いて、それから、ボクたちは旅立った。

「おんなじに、してみたんだけどな」

 ボクはつぶやいて、それから辺りの樹々をぐるりと見回す。花を見ていたボクは長いことぼんやりしていたようで、いつの間にか空はその色を変え、もう日は最後の階段を下り終えるところだった。目当てのものを見つけられなかったボクは家の中に入って、ランプに火を灯した。

 家に入ったボクは、二階のボクの部屋の、木戸を開け放った窓辺に立った。
 昼と変わらない穏やかさの夜風を頬に感じ、顔を隠すために伸ばした前髪と髭に、風が通る。ボクは、伸ばしている後ろ髪を束ねていた紐を一度解いて、顔を隠さないように前髪をかき上げながら、まとめて結び直す。
 ボクがこうやって顔を出すようにするのは、弟子たちがいないときだけだった。改めて、窓の脇の棚にある、台座付き鏡をのぞいてみる。そこには、二十の歳の頃からほどんど変わらないボクの顔が、ちゃんとうつっていた。

 むかしよりは少しだけ、巻き毛のクセが弱くなった。赤毛は変わらない。頬から顎にかけての髭も同じ赤毛で、もしこれを剃ってしまったら、ボクは弟子たちよりも年下だと思われてしまうだろう。

 荷造りは、もう終えていた。
 背負い袋と肩掛けカバンは口を開けたまま床の上に転がっていて、あとここに入れ込むのは、二つだけだ。

 ボクの手鏡と、四本の黒い羽が入った瓶。
 手鏡はちょうどいい大きさの革袋に入れてあって、羽の入った瓶と並べて棚に置いてある。

 ボクは、鏡とは別の段に置いていた瓶を手に取って、中の羽を一本、取り出した。そしてそれをさっきの、ボクがうつった鏡の前にかざしてみる。

 この羽は、人間の国の鏡にはうつらない。
 もう何度も、確かめてきたことだ。

 瓶のほうは棚に戻し、一本の羽を手にしたボクは再び、窓の外に向かって立つ。
 この窓辺の景色を見るのは、今夜が最後だ。けれどボクは、やってみようと思っているそれを、まだする気になれなくて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 と、そのとき。
 バサリ、という羽音を聞いた気がしてボクは、いつの間にかうつ向いていた顔を上げ、窓の外を見た。けれど、闇に包まれてしまった森に、その影を見つけられるはずもなくて。

 ……それでも、いい。
 ボクはそれで、やっと決心した。
 話をするならきっと、いまだ。

 ボクがまだ子どもの姿で、師匠と二人だけで暮らしていた頃。
 ボクは毎日のように、森に向かって話をした。
 最初は、樹の枝に見つけた、黒い鳥に向かって。そのうち、樹の枝に鳥がいなくても。その日あった出来事や学んだことなんかを、ボクは一方的に、森に向かって話した。

 それはボクにとっての、おまじないのようなものだったのかもしれない。

「姉さま、」

 久しぶりに森に向かって発した声は、むかしとは違う低い声で、それでもボクはくじけずに、森の闇に向かって、言った。

「姉さま、もしかしたらそこにいる、姉さま。ボクは明日、この地を離れます。……ボクの体の時間は人より遅くて、もうここにはいられない。だからここで、こうやってお話するのも、今日が最後です」

 森の闇には、なんの反応もなかった。

「ボクは、旅に出ます。たぶんここには、もう戻らない。そしてこれからは、ボクの本当の望みを叶えるために、生きることにします」

 ボクは姉さまの羽を持ったままで、それは森のほうからは見えるだろうか。部屋にはランプを灯しているから。

「ボクは、姉さまを探しに行きます。魔の一族は滅んだんだって聞いたけど、姉さまは絶対に生きている。ボクはそれを、夢で知ってる。どんなに時間がかかっても、ボクはあきらめたりしない。だから姉さま、待っていて? 姉さまがどこにいたってボクは、姉さまを、絶対に見つけるから!」

 言い終えたボクの声が、止んで。
 その一瞬、一切の音が消えた、気がした。

 けれどすぐに、風が樹々の葉を揺らす音、虫たちのさえずりが聞こえてきて、いつもの森に戻る。

 ボクは、ゆっくりと息を吐いた。

 窓は、眠る直前に閉めよう……今夜は風が、とても気持ちいいから。
 言い訳のようにそう思いながらボクは、窓に背を向ける。
 棚の瓶にこの羽をしまうため、一歩踏み出した、そのとき。

 バサリ、と。
 背後で、音がした。



つづく

次話[最終話]→
<9>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(2)


キツネノテブクロの咲く頃に
<8>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(1)

【2024.06.11.】up.


【キツネノテブクロの咲く頃に・目次とリンク】

※カッコ内の4ケタは、おおよその文字数です。
<1>ボクは鏡にうつらない(1)(5300)
<2>ボクは鏡にうつらない(2)(6200)
<3>ボクは鏡にうつらない(3)(7400)
<4>夜に溶けて飛ぶ鳥(6200)
<幕間1>王国の滅亡と魔の一族の伝説(1600)
<5>月のない夜の姫君(1)(6000)
<6>月のない夜の姫君(2)(4800)
<7>月のない夜の姫君(3)(4100)
<幕間2>創世記・祝福の翼(1500)
<幕間3>夜色の翼は高くに(1800)
<8>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(1)(7700)
<9>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(2)(6500)


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 #駒井かや

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