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「キツネノテブクロの咲く頃に」第4話 #ファンタジー小説部門


あらすじ・第1話→https://note.com/maneki_komaneko/n/n6e4ebdef1b6b
前回→
<3>ボクは鏡にうつらない(3)
**この記事の終わりに目次があります。**

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キツネノテブクロの咲く頃に

<4>夜に溶けて飛ぶ鳥

(約6200字)

 周辺の村の輩から『魔女』と呼ばれ、村から離れた森の中で一人、物言わない草木ばかりを相手にして暮らす偏屈なアタシにだって、それなりの親切心はある。月に一度、薬を買い付けに来る人間を相手するのにもうんざりして、それでも薬を作り続けるのは、ほとんどただの趣味でしかないのだが、まぁ人様のお役に立てているようでなにより、という気持ちも、少なからずあった。

 だからこれは、『魔女』なんて変人扱いされてるこんなアタシでも、そこに人が倒れてりゃあ、介抱くらいはしてやるだろうよ、という話だ。

 だがね、そいつは。
 『人』じゃあ、なかったんだ。

 長い黒髪の娘が、森の倒木のかげに転がっていて、どうやら意識を失っている。けれどアタシは娘に触れるのを、しばらく躊躇ちゅうちょしていた。娘の腰には長剣、それになにより……その背に、大きな黒い翼があったからだ。
 だが結局アタシは、娘に水を飲ませ、熱の有無や傷の大小なんかを調べながら、意識を取り戻した娘にどこが痛むのかを尋ね、なんだってこんなことになってるのかを、問いただしていた。……ああ、さっきは言い過ぎたね、親切心というよりは、好奇心が勝ったんだ。

「矢を射かけられて、逃れるために力を使い過ぎた。魔が足りてないだけ」

 観念したのか、娘は存外素直に、アタシに事情を説明した。この子は『魔の一族』。話に聞くばかりで見るのは初めてだが、間違いない。娘のほうも、アタシがそう確信を持ったことに気付いたのだろう。

 家に戻って薬棚からいくつかのビンをかごに取り、新しい水を甕から水差しに汲み直して、娘の元に戻る。『魔』を、アタシが用意している中で比較的多く含んでいるだろう丸薬を口に放り込み、水を飲ませてやると、娘はそのバカみたいに整った美しい顔をわずかにゆがめて、鉱物のように透き通る紫色の瞳で、アタシをにらみつけた。

「ひどい味ね」
「同感だよ。どうやら、味覚は同じようだね」

 そんな感想を娘に言って、油断していたアタシの目の前で……突然、娘の背から生えていた大きな黒い翼が、消えた。アタシはそれで、持っていた血止めの薬瓶を落としそうになったんだから、勘弁して欲しい。

 どういう仕組みなんだか、翼がなくなった娘の背中は、アタシたち人間の背中となんの変わりもない。
 アタシはその後、娘の翼に触れさせてもらう機会を得ることになるのだが……翼はちゃんと、実体として存在する。その羽は鳥たちの持つ羽と、大きさの違いはあれど、同じものだった。まったく、不思議なもんだよ。

 娘が負った矢傷はかすり傷で、傷の手当が済んで程なくして、娘は立ち上がった。こんなにすぐ回復するんならべつに、アタシが世話を焼かなくてもよかったのかもしれない。
 そう考えながら、用がなくなったアタシはそこを立ち去ろうとしたんだが、そのとき突然、この辺じゃ滅多にお目にかからない魔妖、ツノウサギが、アタシに突進してきた。

 娘は、サッとアタシの前に出て、剣を軽く振った。たったそれだけでツノウサギを殺した娘が、ツノウサギの血抜きをしながら、その血をなめている。魔妖の血は魔を帯びている、それにしても、直接摂取するってのは、どうにもいただけない。魔女呼ばわりされるアタシも存外、普通の人間だったってことか。

「水と薬の礼よ。受け取りなさい」

 血抜きの済んだツノウサギの足を片手でつかんで、こちらへ差し出しながら娘が、アタシに命令した。アタシはこの、まだどこかにあどけなさが残るのに、無表情で生意気な娘が、嫌いではない、と思った。
 年を訊けばまだアタシの年の三分の一しか生きてない小娘のくせに、やたらと肝が座っている。こういう、感情の起伏のなさと高慢さはおそらく、種族ゆえのものなのだろうし、こうして礼なんぞを寄こしてみせるなら、話はそれなりに通じるだろう。

 それから娘は、たびたびアタシの前に姿を現すようになった。
 アタシが自らを『魔女』と名乗ったのは、ちょっとした冗談のつもりだったんだが。娘はなんの疑問も持たなかったようで、まぁ、アタシがバカだったよ。

 そして、ある日。
 娘はアタシに『契約』という名の頼み事を、持ちかけてきたのだ。


+++

 ……果たして、娘は。
 弟を連れて、計画通り、アタシの家にたどり着いた。

 前の晩にアタシが貸した、生成りの粗末なチュニックを着た二人がいま、アタシの家の、薬棚の並ぶ客間にいる。

 テーブルに置かれた、二つの鏡。
 一つは、アタシが棚から出してやった、木彫りの台座付き鏡。
 もう一つは、二人が持ってきたという、魔の一族の手鏡だった。

 不可思議なもので、娘の姿がうつる魔の一族の鏡に、アタシと坊やの姿は消え失せたかのようにうつらなかった。そして娘は、アタシと坊やの姿をうつす鏡には、うつらない。

「おまえが持ってきたこの手鏡は、一族の鏡。そして、魔女が持っていたこの鏡は、人間の鏡。人間は、たくさんいる、だから……おまえと同じ、一族の鏡にうつらない者は、たくさんいるのよ」
「……いちぞくの鏡と、にんげん、の、鏡?」

 娘の弟が、娘が言った言葉を拾って、言う。
 娘と同じくらいの背格好なのに、娘よりもだいぶ幼い印象で、使う言葉もたどたどしい。赤毛の巻き毛と新緑のような瞳の坊やは、髪と目の色が違うだけで、姉である娘によく似ている。

 それまで鏡をのぞくために横並びになっていた二人が、膝立ちのまま身動きして向かい合い、お互いを見つめ合う。二人はしばらくそのままでいたが、やがて娘が、ゆっくりと話しはじめた。

「おまえは。確かにママの子、ママから産まれた、魔の一族の子。それは、この世に産まれ落ちる前からおまえと一緒にいた、わたしが知っている。おまえとわたしは、双子の子。ママのはらで、そして卵の中で体を寄せ合っていた、互いにとっての唯一。だからおまえとわたしは、この世の誰よりも互いに似ているのよ。……だけど、」

 娘は、弟の体を支えるようにして立たせてから、かたわらの椅子に座らせた。自身はそのまま、膝をついた体勢で弟に向かい合って、弟の顔を見上げている。

「おまえの体に流れる血は、人間の血が濃い。そしてわたしには、魔の一族の血が濃く流れている。それだけが、決定的に違う」

 弟の体がビクリ、とはねる。
 娘は弟の手を取って握り、そして続けた。

「血に流れる、『魔』の量の濃さの違い、とも言える。だからおまえに翼が生えることは、おそらくない。膂力りょりょく、剣を難なく振るえるようなこの力も、この先おまえは得られないだろう。つまり、おまえは。おまえは魔の一族ではなく、人間だということ」

 弟の目からこぼれた涙が二人の手に、ポタリポタリと落ちる。
 アタシは黙ったまま、二人を見ていた。


+++

「ボクには、つばさがはえてこないの……? ママがボクを嫌いなのは、姉さまたちや兄さまたちと、ちがう子だから?」
「……おまえに翼があってもなくても、そして、わたしに翼があってもなくても。ママは、わたしとおまえを嫌い、遠ざける」

 弟がまたビクリ、と身を震わせるのにもかまわず、娘は続けた。

「それはママが、わたしたちのパパを憎んでいるから。わたしたちのパパは、人間の国の王だった。一族と争い、一族の、先の王を殺してママを奪い、自分の国に連れ帰った」

 娘はおそらく、アタシにもこの話を聞かせようとしている。これも契約のうち、この弟の状況を、アタシもきっちり知っておかなくてはならないようだ。
 アタシは娘の話を聞きながら、何年か前に、魔の一族に滅ぼされた国があったことを思い出していた。

「いちぞくの……いだいなる、さきの王……」
「先の王は、兄さまたち、姉さまたちのパパで、ママのつがい。ママを連れ帰った人間の国の王は、ママを無理矢理自分の番いにして、わたしたちを産ませた。だからわたしとおまえには、人間の血が半分、流れている。おまえに翼が生えなかったり、始祖の血族の中でわたしの翼だけが黒いのもたぶん、そのせい。そして、」

 娘は弟の頬にそっと触れ、涙を拭った。

「だからママは、人間の国の王を憎んでる。番いである先の王を殺して、ママを傷つけた王を。わたしとおまえはその、人間の国の王の子。一族の掟で殺せなかったけれど、ママは本当は、わたしとおまえを殺したがっている。人間の国の王を、兄さまと姉さまに殺させたように」

 弟はしゃくりあげもせず、静かに涙を流していた。娘がそれを、無表情に見つめている。木戸を開け放した窓から入る日の角度が変わって、部屋がわずかに暗くなる。アタシは立ったまま腕組みをして、娘の話を聞いていた。

「わたしたちが、十三歳の誕生月を迎えれば。一族は、成人しても翼の生えないおまえを、壊す。『翼を持たぬ子を地へ還し、境界を越える同胞を地に落とせ』。この掟により一族は、成人した子らが真に同胞かどうかを、十三の歳に決めるから。わたしは、おまえを壊されたくない。だからおまえを、もうあの城へは戻さない。おまえはこのまま、この人間の国で生きていくのよ」

 娘が口を閉じて沈黙し、それからしばらく二人は、なにも言わずに、互いを見つめあっていた。椅子に座る弟の手を両手で握って娘は弟を見上げ、弟はその娘の視線を受けとめている。

 闇に飲まれてゆく部屋の隅にいたアタシはしばらくして、溜めていた息をゆっくり吐きながら炊事場へ行った。かまどの火を起こし直してからランプにもらい、それを持って、無言が続く二人がいる部屋に戻る。部屋のランプにも火を移すと、弟のほうが驚いたように顔を上げて、アタシを見た。
 そして、なにか悟ったような顔を、アタシに見せる。
 アタシは坊やを、肩をすくめて見つめ返したけれど、坊やはもう娘のほうに向き直っていた。

「っ、姉さま! あのね、姉さまがいてくれるなら。ボクはもう、城にもどらなくっても、ママに会えなくってもいい。ボク、やっとわかった。姉さまがいたから、ボクは、」
「わたしは、おまえと共には生きられない」

 弟のことばを遮って、娘が言った。

「わたしは、魔の一族。一族は人間に恨まれている。それでなくても、む世界が違う生き物なのだから、それは叶わないことなのよ」
「でも、ずっといっしょだってボクが言って、姉さまもうれしいって、姉さまはボクに、うそをつかないって、」
「嘘などついてない。おまえとずっと一緒に旅が出来て、うれしかった。ここは旅の終わり。一緒にいるのは、ここまで」
「っ、いやだ、姉さまがいないなんてやだ、ボクは、ボクは姉さまといっしょにいたい!」
「わたしの望みは、おまえが誰にも壊されずに、生きていること。それがたとえ、わたしのいる世界ではなかったとしても。わたしは、おまえの望みを否定してでも、わたしの望みを叶えるわ」

 娘は立ち上がった。弟もつられるように立ち上がって、そこで娘は腕を広げ、弟の頬に自分の頬を寄せながら、弟を抱きしめた。弟も娘の背に手を回し、娘を抱きしめる。

「やだ、やだよ。姉さま、行かないで。ずっとボクのそばにいて」
「わたしの望みを、おまえが叶えるのよ。わたしはおまえを、信じているから」

 娘は顔を離して、弟の頬にキスをした。そして弟にサッと足をかけ、床に転がしてその身を離し、それから数歩歩いて、窓辺に立つ。
 ランプの炎が揺れ、だが消えない程度の風が、窓から部屋に流れ込んでくる。娘はその風を受けるようにして窓の外へ体を向け、チュニックの裾をつかんでまくり上げ、頭から脱いだ。
 それと同時に、バサリ、という音と共に、娘の背に、黒い大きな翼が現れる。

「っ、姉さまっ、待って! お願いだからっ!」
「……動くな」

 起き上がろうとしていた弟を、娘が低い声で制し、弟はその動きを止めた。娘は脱いだチュニックを胸に当てていて、半身だけをこちらに向けたが、長い黒髪に顔が隠れ、表情が見えない。
 娘が、続けた。

「一族の者が誰一人としておまえに教えなかった秘密をいま、おまえに見せるわ。わたしとおまえの棲む世界が、どれだけ違うかがわかるから。さようなら、わたしのやさしい子」
「……ねえ、さま?」

 娘が、チュニックから手を離した。チュニックは音もたてずに床に落ちる。なにを始めるのかと、アタシがまばたきをしてる間に、急に娘の姿が見えなくなった。

 そして――そこに、一羽の鳥がいた。

 全身真っ黒な羽のその鳥は一見、カラスのようだった。だが、鳥が窓の枠に飛び移り、わざとらしく羽を広げてみせたから、カラスとはまったく異なる鳥なのだとわかった。

 一対の翼の内側に、もう一対の翼。
 つまりこの鳥はいま、四枚の羽を広げている。

 呆然とそれを眺めるアタシの、視界の隅で……床に尻をついて転がっていた弟が、ゆっくり動き出した。床に手をつき、立ち上がろうとして一度よろけ、視線を鳥に向けたままで、もう一度立ち上がる。

 弟は一歩ずつ、窓辺に近寄る。黒い鳥は四枚羽の翼をおさめ、それを見ている。
 弟は、鳥のすぐ前で立ち止まると、黒い鳥に向かって手を差し出した。弟の手が羽に触れると、鳥は弟のその手に頭をすり寄せる。そして弟の手にくちばしで触れ、それからまた四枚の羽を広げた。

 バサリ、と音がした。
 次の瞬間には、窓の外に翼を広げて飛び去る鳥の姿があり、それはすぐに、夜の森の闇に溶けて、見えなくなった。


+++

 ……さて。
 アタシも娘に、随分と信用されたもんだ。まぁでも、子どもに信用されるのは、悪くない。しかしこの、まだ心の幼い坊やは、どうするだろう。このまま、めそめそし続けるかもしれないね。

 そう思って娘の弟を見ると、弟は、窓の下に落ちていたチュニックを拾い上げたところだった。あとで見たら、娘が所持していた服や剣、ほかの荷は、前もってどこかへ移していたようで、残っていなかった。娘はなにもかもを計画通りに進め、成功させたのだ。

 弟は窓の前に立ち、窓の外へ顔を向けたまま動かない。
 アタシは途中になっていた、かごの中身の片付けをはじめた。片付け終わって目を向けると、さっきとなんの変わりもない坊やの後ろ姿があって、アタシはため息をつく。坊やの横へ行って顔を見ると、さっきまで目から盛大にこぼしていた涙は止まっていた。

「……アンタは。これから、アタシの弟子になるんだ」

 アタシが言うと、坊やはこちらに顔を向け、アタシを見た。

「でし?」
「アンタにいろいろ、教えてやらなきゃならないからね。アタシのことは師匠と呼ぶんだよ」
「ししょー……うん、わかった」

 やれやれ。この箱入りの王子様には、ことば遣いから教えてやらないといけないのかい。
 だがそれを、存外楽しみに思っているアタシもいるんだから、たちが悪い。


 こうして森の『魔女』は、生涯ただ一人の弟子をとる羽目になった。しかしたったそれだけで、村人からの変人扱いが減るだなんてね。アタシはどうやら、『魔女』の名折れになっちまった、ってこと。けどまぁ、この世に不変のものなど、ないのだから……いたしかたない。

 例えば。ちゃんと敬語が使えるようになって、背も伸びて、すっかり大人の男になった弟子の姿が、そこから老いる様子がなかったとしても。時を渡る生き物はこの世界に数多く存在するが、そんなものたちにもいずれ、なにがしかの変化は訪れるはずだ。

 まぁアタシには。弟子のその後を見届けるだけの寿命なんか、ありはしないんだけどさ。




<幕間・1>王国の滅亡と魔の一族の伝説

(約1600字)

 むかし、むかし。
 の地にあった王国の最後の王は、戦場で出会った美しい女に懸想けそうした。
 女は、王国が敵として戦っていた、魔の一族の女だった。

 魔の一族の女の背には一対の、大きな白い翼が生えていた。
 最後の王は、戦場で剣を振るう女の容姿とその真っ白な美しい翼に、すっかり魅了されてしまったのだ。

 王は、自らの武力で女を略奪することにした。
 策略により女の自由を奪い、魔の一族の王である女の夫を殺し、王は戦に勝った。
 そして、女を城に連れ帰った王は、女を誰の目にも触れさせないよう、城の牢獄塔に幽閉してしまった。

 王は女に双子の子を産ませたが、産まれた子らには目もくれなかった。
 魔の一族の女を連れ帰ってからは、城を守っていた王妃とその子らに対する興味も失っていた。

 魔の一族の女は塔の中で、自死を選ばなかった。
 それは魔の一族の、『偉大なる始祖の誓いに従い、我が血族と同胞を殺してはいけない』という掟に、背かないためだったという。

 女は、前の夫との間にも、子をしていた。
 先の戦から時を経て、剣と戦の腕を上げた子らは、殺された父王の復讐と母の奪還のため、魔の一族の兵を率い、ついに王国に攻め入った。
 その圧倒的な力を前に、かつての戦で多くの魔の一族を切り伏せた最後の王も為す術を持たなかったようで、最後の王はあっけなく、魔の一族の子らに討たれた。
 魔の一族の子らは最後の王の血縁、また城内すべての人間の生き残りを許さず、数百年続いた王国は滅亡した。

 一つの歴史ある王国を滅亡させ、領土を拡大させた魔の一族の、脅威。
 それを人間たちが、そのまま見過ごせるはずもなかった。

 魔の一族を殲滅するがため、周辺の国々から兵と、魔に詳しい識者が集められ、魔の一族の討伐がはじまった。
 しばらくは魔の一族に難なく退けられていた人間たちはやがて、『聖なる魔の山』の、連なる山々の奥の奥に隠されていた、彼らの城を突き止める。
 また人間たちは、それまでにも魔の一族に対して用いていた、魔導の技の改良にも注力した。そしてそれは成功し、それにより、彼らの最大の守りである、背に生えた翼や膂力りょりょくを確実に弱体化させることが可能になった。

 魔導の力を得た人間たちの兵は、魔の一族の領地、城に攻め入った。
 それは、ほとんど一方的な蹂躙じゅうりんとなった。
 魔の一族の兵士は剣で羽を裂かれ、次々と地に伏した。
 死体の中に、四枚羽の鳥に化身した姿の者が数多くあり、その事実を知った人間たちは、人と同じ姿の者だけでなく、鳥にも注意を払わねばならなかったが、魔導の技の前では大した問題とはならなかった。

 魔の一族の領地、城下、城内に、翼を持った者の亡骸なきがら、鳥の死骸しがいが溢れた。
 城内の亡骸の中には、白い翼を持ったあの美しい女、一族の先の王の妻のものもあった。

 魔の一族の者は、老いも若きも例外なく、一人残らず皆殺しにされた。
 ……人間たちは。
 魔の一族の、種族としての生き残りをも、許さなかったのだ。

 こうして魔の一族は、人間の手によって滅ぼされた。
 そして時を重ねるうちに、この世界の歴史は、魔の一族の存在自体を、少しずつ忘れていくこととなる。


 かつてあった王国の最後の王が、魔の一族の女を連れ帰った城、一時は魔の一族の国の境界の内側とされた城は、今では別の大きな国の砦の一つとなっている。
 また、『聖なる魔の山』の奥の奥、深い森の中にあった魔の一族の城は、そのまま森の草木に浸食され、もうどこにあったのかもわからなくなった。

 彼の地に住む人々は今でも、魔の一族の化身である、『四枚羽の魔妖の鳥』を恐れる。
 満月の夜の、逢魔が時。
 魔妖の鳥は、人間たちに復讐しにやってくる。

 鳥を見たら羽の数を数えろ。もし見つけても、関わってはいけない。惑わされてはいけない。
 近寄るなら鏡をかざせ。鏡をかざせば、うつらない彼らは逃げていくから。



つづく

次話→
<5>月のない夜の姫君(1)


キツネノテブクロの咲く頃に
<4>夜に溶けて飛ぶ鳥
<幕間1>王国の滅亡と魔の一族の伝説

【2024.06.03.】up.


【キツネノテブクロの咲く頃に・目次とリンク】

※カッコ内の4ケタは、おおよその文字数です。
<1>ボクは鏡にうつらない(1)(5300)
<2>ボクは鏡にうつらない(2)(6200)
<3>ボクは鏡にうつらない(3)(7400)
<4>夜に溶けて飛ぶ鳥(6200)
<幕間1>王国の滅亡と魔の一族の伝説(1600)
<5>月のない夜の姫君(1)(6000)
<6>月のない夜の姫君(2)(4800)
<7>月のない夜の姫君(3)(4100)
<幕間2>創世記・祝福の翼(1500)
<幕間3>夜色の翼は高くに(1800)
<8>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(1)(7700)
<9>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(2)(6500)


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 #駒井かや

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