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「キツネノテブクロの咲く頃に」第1話 #ファンタジー小説部門


~ あらすじ ~

 背に翼を持つ一族の中で「ボク」だけが鏡にうつらない。ママが「ボク」に触れないのはそのせい。「ボク」が鏡にうつる「ボク」を見つけたら、ママは頭を撫でてくれるかもしれない。「ボク」はそれを願って毎日ママの背を追い、鏡の中に「ボク」を探す。

 「ボク」の七番目の姉である「わたし」は弟に、鏡にうつらないのは弟だけではないことを告げ、弟を連れ一族の城を出て旅に出る。その目的は、弟に言った『鏡にうつらない子に会いに行く』だけではなかった。

 そしてたどり着いた場所で「ボク」が知ることになった、事実とは――。

 神話の時代の終わり。翼ある一族の末裔として生まれた姉弟の、数奇な運命と絆を描く、ダークファンタジー。

(300字)


*** ご注意ください ***

この小説、特に<1>章には、
家族間の言葉による暴力表現や、
精神的なストレスを感じる可能性
のある場面の描写があります。
嫌悪感がある方や、体調に心配のある方は
ご注意いただき、あらかじめ
ご了承の上でお読み下さいますよう、
お願い申し上げます。
******



キツネノテブクロの咲く頃に

<1>ボクは鏡にうつらない(1)

(約5300字)

 ボクのママは、とてもきれい。
 ボクのママは、どうしてあんなにきれいなんだろう。
 大好きな、ボクのママ。

 ボクは今日も、廊下の柱のかげにかくれて、こっちに歩いてくるママが目の前まで来るのを待ってる。ドクン、ドクン、と大きな音を立てるむねをおさえながらボクは、まだ遠くにいるママを見る。ママに気づかれないように、気をつけて。
 ママのドレスはいつも黒なんだけど、今日のドレスは、むねのまわりとそでのところに黒いレースのかざりがついてて、ふわりと咲いたお花みたい。きれいなママにぴったりのドレス。ママはどんなドレスでもきれいだけれど、今日はとくべつにきれいなんじゃないかな?

 かかとの高い靴の、カツン、コツンって音が少しずつ近づいてきて……うん、ようし、いまだ! ボクがそうっと柱の前に出ると、ママが、手に持ってたおうぎを口もとに広げて……ちらり、とボクを見た!

 ボクは息を止めて、ママを見上げる。ママは……すぐに前を向きいつものとおり、カツン、コツンは変わんないまんま、ボクの前で止まったりしない。ボクはママの背中、ドレスの布がないところをおおっている、うすくてふわふわな黒い布のショールを雲みたくまとってるのを、ずっと、わたり廊下のかどを曲がってママが見えなくなってしまうまで、ずっとずっと見送る。
 ママ、だいじょうぶだよ。夏が終わればボクは、十三さいになるんだ。もうすぐいちにんまえになる子は、ママについていったりなんかしないもの。

 うん、でも。今日は当たりの日だった!
 ママが、ボクを見てくれた!

 キラキラした金色の髪の毛。ママのきれいな手、手にはキラキラ光る青い石のついた指輪、その青はママの瞳といっしょ、夜になったばかりの明るい夜空の色。
 ボクはママが近くにいる間、ママのきれいなところを、ぜんぶおぼえる。あとでもしっかり思い出せるように。

 ……ほんとうは。ドレスのはしっこだっていい、ボクはママにさわってみたくて、でも手をのばしたりなんかしないように、りょうてをむねの前でぎゅっとにぎって、がまんしてたんだ。

 ボクはママに、いちどもさわったことがない。ママも、ボクをさわったことがない。ママがボクに話しかけたことだって、いちどもない。ボクがいるってわかるとママは、ちがうほうへ歩いていってしまうから。

 ママは、ボクがきらい。
 ボクは、それを知ってる。

 それがなんでなのかってことも。
 ボクは、ちゃんと知ってる。

 それはね、ボクが……鏡にうつらない子、だから。

 ボクは、かたにかかってる革ひもをたぐって、ひもにぶらさがってる、背中にまわってしまってた手鏡を前に持ってきて、鏡の持ち手をりょうてでつかむ。
 お願い、とお祈りしながら目をつむって、つむったまんま、ボクのまん前に持ち上げて、それからそうっと目を開けて、のぞきこむ。

 まん前にかざした、手鏡の中には。
 城の、たくさんの石でできた壁、それと柱。
 それから……。

 うん。
 だめだった、今日も。

 鏡の中に、ボクはいない。

 だけど。もしかしたら明日は、って思うから。
 いつでも見つけられるようにボクは、手鏡にひもをつけてもらった。
 鏡はナントカっていうきんぞくにはめられてて、きんぞくは葉っぱの模様になってて、その葉っぱはこの城のたくさんの石でできた壁を伝ってるのとおんなじなんだけど、きんぞくの取っ手のとこの、葉っぱと葉っぱの間に、ちょうどよく、ひもが通せたからね。
 この手鏡はボクの顔くらいの大きさ、ちょっと重たくって、だけどへいき。

 ボクはボクを、すぐに見つけたいんだ。
 もしかしたら、こうして歩いてるときに、見つかるかもしれないから。
 あのかどを曲がったら。ボクの部屋にもどったら。
 日が暮れたら。夜中なら。朝起きたら。顔を洗ったあとなら。

 手鏡にはいなくっても、ほかの鏡に、いるかもしれない。
 だからボクは今日も、城中の鏡をのぞきに行く。城にはまだ、ボクがのぞいていない、ボクがうつってる鏡があるかもしれないから。


+++

 ボクは、今日もボクを見つけられなかった。
 城の中庭の、大きな木がなくて芝生だけになってる、いちばん広い場所、そのまわりにたくさんの白いバラが咲いてるのを見ながらボクは、ママのことを考える。ママはこの、白いバラが好きなんだって聞いたから。白バラは手鏡の中にたくさんいるのに、そこにボクだけがいない。

「どうしてボクは、鏡にうつらないのかなぁ。ボクはママが好きなのに、どうして?」

 鏡にたずねてみたって、返事なんかない。

「ママが。ボクをなでてくれたら、いいのになぁ……」

 バサリ、と音がした。見上げると、大きなつばさがたくさん、空を飛んでいた。太陽を背に飛んでたつばさがなくなると、ピカッとまぶしいのが目に飛びこんできて、ボクは目をつむった。

「かわいそうな子。おまえの望みは永遠にかなわない」

 ボクのうしろから声がして、ちょっとだけドキン、とする。
 ゆっくりふりかえって目を開けると、その声はママじゃなくて、ボクの、上から二番目のねえさまだった。
 腰に下げた剣に手をかけて立っている背に、大きな白いつばさがあって、ボクはそれにみとれてしまう。

 気がつくと、ボクのまわりにたくさん、白いつばさがあって。
 にいさまたちとねえさまたちが、外から帰ってきたんだ。

 ボクはまだできないけれど、兄さまや姉さまたちは、背にあるまっ白なつばさで、空を飛べる。いちぞくのりょうちを守るために、剣を持って、空を飛んでいくんだ。

 二番目の姉さまがボクの近くまできて、ボクを見下ろして、言った。

「おまえが鏡にうつることなど、この先、永遠にありはしないというのに。かわいそうな子」
「おまえをうつさない鏡など、こわしてしまえばいいものを」

 いつのまにか、息がかかるくらいすぐ近くにいた、上から三番目の兄さまが、ボクに言う。すると、上から六番目の兄さまが、目の前にしゃがんでボクを見上げていて、大きな声で言った。

「そうだ、こわしてしまえ! 思いどおりにならない物など、すべてこわしてしまえばいいのさ!」

 言いながら六番目の兄さまが剣を抜いた。ガキンという音がしたときにはもう、三番目の兄さまがそれを剣で受けたところで、ボクはびっくりして、尻もちをついてしまった。

「いやだ、兄さまったら」

 五番目の姉さまの声が、近づいてくる。

「それじゃあ、かわいそうな子はいつか、ママをこわしてしまうのではなくって?」
「かわいそうな子が、ママをこわす?」

 四番目の兄さまがボクを見て、言う。

「おまえがうつることのない鏡をこわして、ママをこわして、それから? こわれたママに、なでてもらうのか?」
「そうね? こわれて動かなくなったママの手に、なでてもらえばいいのよ!」
「なんだかめんどうくさいなあ! そうだ! いっそのこと、おまえが一人でこわれてしまえばいいじゃないか!」
「そうか、こわれたおまえなら、ママはなでるかもしれない」
「こわれないと望みがかなわないなんて、かわいそうな子」
「だけど、かわいそうな子は、自分で自分をこわすことができるのかしら?」
「オキテがなければ、手伝ってやるのだがな! ああ残念だ、なあ、兄弟たち!」

 兄さまたち、姉さまたちのきれいな金の髪が、日の光でキラキラしてて、ママとおんなじでほんとうにきれい。そんなきれいな兄さまや姉さまが近くにいるのに、兄さまも姉さまもすごく楽しそうなのに、ボクはそれを聞いてたくなくって、尻もちのまんまうずくまって、目をつむって、両手で耳をふさぐ。きれいな白いつばさを持った、ママのようにきれいな兄さま、姉さまたち。ボクはいつも、兄さまや姉さまといっしょに、お話ができない。ボクがいっつも、こうなってしまうから。

 そして、ボクが。
 鏡にうつらない、かわいそうな子、だから……。

 耳に当てていた、りょうほうのてくびを、グイッとつかまれた。
 引っぱられて立ち上がったボクは、足を一歩、また一歩前にふみ出して、するとボクのてくびをつかんでいた手がなくなって、でもまたボクのかたほうの手をそれがぎゅっとにぎって、引っぱって、だからボクは、いっしょに歩き出したんだ。
 その手は強くって、ボクはその手をよく知っている。ボクのほっぺはいつのまにかべしょべしょにぬれていたから、だんだん早足になってすすむと、風でほっぺが冷たくて、そして兄さま、姉さまたちがなにか言う声が、少しずつ遠ざかっていった。


+++

 ボクの手を引っぱる、ボクの前を歩く背中が、涙でにじんでて、ボクはたくさんまばたきをする。
 庭園のこみちをはずれ、足もとに草がこすれるのを感じながらボクは、ボクたちがどこへ向かうのかをわかっている。
 兄さまたち、姉さまたちとお話をすると、ボクはいっつもこうなってしまう。そのときは、こうしていっつも、ボクをそのばしょへ連れて行ってくれるんだ。
 
 姉さま。ボクのすぐ上の、七番目の姉さま。

 姉さまの背中。ボクより、ほんのちょっぴりだけ背の高い姉さまのつばさは、ほかの兄さま、姉さまたちと色が違う。ママが着るドレスの色とおんなじ、月のない夜の空よりも黒い、いちばん黒い黒。
 つばさは少しずつ小さくなって、まばたきをしてるまに見えなくなった。姉さまのきれいな長い髪が、かたびらのない背をおおってなびいてる。つばさとおんなじ色、黒い髪のつやつやが姉さまの早足でゆれて、キラキラ光っている。

 茂みをぬけるとまた次の茂み、その茂みは『キツネノテブクロ』っていう、ヘンな名前の草の茂み。いまはまだ花は咲いてないけれど、毎年、小さな袋がさかさまになったみたいな形の、きれいな紫色の花が咲くと、それをくきにいっぱいつけたのが、いくつも、いくつも、見わたすかぎりつづくんだ。
 ここは姉さまとボクだけの、ひみつのばしょ。
 姉さまはそこでやっと立ち止まり、ふりかえってボクを見た。

 ボクをじっ、と見つめてる姉さまの瞳は、これからつぼみをつけて、たくさん咲く花とおんなじ、紫色。
 とってもきれいで、ずっとずっと見てたくなる、ボクの大好きな色。

「姉さま、お帰りなさい」

 ボクは涙をそででふいて、姉さまに言った。姉さまは、ほかの兄さまや姉さまといっしょに、いちぞくのりょうちに入りこんでくるテキをたおしに行ってたのだ。ボクはまだつばさがはえてなくって、剣も重たくって持てない。七番目の姉さまは、ボクとおんなじくらいの背たけなのに、すごいんだ。ボクが持てなかった剣を腰につけて、きれいでかっこいい姉さま。ボクも、ボクだってしっかりしなくっちゃいけないから、お帰りなさいくらいは、笑って言いたかったのに。

 姉さまを見て、すごくホッとしちゃったから。
 だからボクはまた、ボロボロと、なみだをこぼしてしまったんだ。

 どうしよう、止まんないよ。
 それに、むねのとこがきゅうきゅうと痛くって、兄さまたちと姉さまたちにかこまれてたときに言えなくてずっとがまんしてたことばが、おさえられなくって、こぼれてしまった。

「……姉さま。ボクは、ボクは、っ、こわしたくない。かっ、鏡も、ママも、っ、こわしたくないっ、のに」

 姉さまはだまって、ボクのあいてたほうの手を、りょうてでにぎりしめた。ボクは、かたほうのそででなんどもなんども涙をふいて、でも姉さまの手がうれしくて、だからボクの口から、どんどんことばがこぼれてしまう。

「ボクは、こわれてしまったほうが、いい? ボクがこわれてしまったほうが、ママはうれしいかな?」
「そんなの、」

 姉さまの声が、ボクをしかるときみたいな怖い声になった。
 にぎっていた姉さまのりょうてが、こんどは、ボクのかたをつかんでいた。

「そんなの、わたしがのぞまない。おまえがこわれて、いなくなってしまった世界など、そうぞうしたくもない。おまえは、こわれてはいけない。ただ、わたしのためだけに、こわれないでここにいるの。おまえは、かわいそうな子じゃ、ない。おまえは、とても……やさしい子」

 姉さまは言い、ボクのほっぺにキスをし、キスをしたくちびるで、なみだをぬぐった。

「わたしの、やさしい子。ママのかわりにわたしが、おまえの頭をなでてあげる。だから、こわれてしまうのはだめ。わかった?」
「うん。わかったよ、姉さま」

 姉さまがボクの頭を、やさしくやさしく、なでてくれる。ボクは目をつむって、飼育小屋のミミナガヤギのようになでられる。気持ちがよくて、すごくうれしい。

「わたしが、もっと早くおまえに気づけばよかった。手を清めていたから、兄さまたちよりおそくなってしまったの」
「ううん、ボク、姉さまになでられて、うれしいよ!」
「あとで身を清めたら、たくさん抱きしめてあげる。おまえが眠るまで横にいてあげるわ」
「うれしい! 姉さま、ありがとう!」

 大好きな、姉さま。
 もし姉さまがいなかったら、ボクはとっくにこわれてたんじゃないかな。
 こんなにすてきなやさしい姉さまが、ボクにはいる。
 ママになでられなくっても、姉さまがボクをなでてくれる。

 でもボクは、どうしても。
 ママのことを、あきらめたくなんか、なかったんだ。



つづく

第2話:https://note.com/maneki_komaneko/n/n90173b6de21c

第3話:https://note.com/maneki_komaneko/n/nfb66a628aa24 

第4話:https://note.com/maneki_komaneko/n/n3855882e7095

第5話:https://note.com/maneki_komaneko/n/nf982095c7caf

第6話:https://note.com/maneki_komaneko/n/n2fc1c5821548

第7話:https://note.com/maneki_komaneko/n/n85b79c9da124

第8話:https://note.com/maneki_komaneko/n/n99b0a50564f0

第9話(最終話):https://note.com/maneki_komaneko/n/nd5b5f8b280c9


キツネノテブクロの咲く頃に
<1>ボクは鏡にうつらない(1)

【2024.05.31.】up.


【キツネノテブクロの咲く頃に・目次とリンク】

※カッコ内の4ケタは、おおよその文字数です。
<1>ボクは鏡にうつらない(1)(5300)
<2>ボクは鏡にうつらない(2)(6200)
<3>ボクは鏡にうつらない(3)(7400)
<4>夜に溶けて飛ぶ鳥(6200)
<幕間1>王国の滅亡と魔の一族の伝説(1600)
<5>月のない夜の姫君(1)(6000)
<6>月のない夜の姫君(2)(4800)
<7>月のない夜の姫君(3)(4100)
<幕間2>創世記・祝福の翼(1500)
<幕間3>夜色の翼は高くに(1800)
<8>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(1)(7700)
<9>そして、キツネノテブクロの咲く頃に(2)(6500)


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 #駒井かや


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