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小説が苦手な私でもラディゲは読める理由

私は昔から小説を読むことがあまり好きではありませんでした。
好きだった小説はかろうじて星新一・筒井康隆などの短編やハリー・ポッターのような児童文学で、ハリー・ポッターにしても魔法の名前を覚えることが好きだから、ということが理由でした。

苦手とはいっても内容の理解はできるし、読み始めれば投げ出すことなく最後まで読むので、小説を読んでこなかった、というわけではありません。
主に日本人の作品は、学校で学ぶ以外にも少しではありますが読んできました。
しかし、どこか「名作はとりあえず読んでおかなくては」というノルマのような気持ちで読んできたことは否めません。

ラディゲの「肉体の悪魔」との出会い

そんな私ですが、レーモン・ラディゲ(1903~1923)の「肉体の悪魔」を読んでみたところ、これがやけに面白かったのです。
正直なところ、ストーリーは大して面白いとは思えませんでした。100年くらい前の小説だからか、ありきたりな展開だとさえ思いました。
では何が面白かったのかというと、心理に関する描写です。

フランス心理小説と呼ばれるジャンルがあるそうですが、「肉体の悪魔」もその系譜に属する作品とされています。
風景描写などよりも、人物が考えていること、また、なぜそう考えているのかといったことを、非常に細かく丁寧に記述していくというスタイルが「肉体の悪魔」では徹底されています。

この、心の動きを細かく描写するというスタイルに、今まで感じたことがない面白さを感じました。

心理描写の面白さ

心理描写自体は他の小説でもよく出てくることではありますが、ラディゲの作風はその徹底ぶりが目を惹きます。
人物が何か行動をすると、なぜそんな行動をしたのかという当人の意識が描かれ、しかもその裏にある本当の心理まで丁寧に描いてくれるという、あまりに親切な書き方が徹底されているのです。
「信頼できない語り手」という概念が小説にはありますが、信頼できない語りがされた途端に、その間違いを訂正するという周到さです。

私は今まで、小説というものは行間を想像しながら読むということがその楽しみの一つかと思っていたのですが、ラディゲの作品に関しては、登場人物の心理がわからず読んでいて悩む、ということがほとんどありません。
なぜなら心の動きが全て書いてあるからです。

何から何までわかる、読める、迷わないという、私としては今までにない小説体験で、果たしてこういう楽しみ方が適切かはわかりませんが、とにかくラディゲの作品が私の好みにガッチリとはまっているのです。

私の思うつまらなさが少ないラディゲの小説

私が小説を読んでいてつまらなく感じるポイントはいくつかあります。
・何のためにこの文、場面があるのかわからない
・登場人物が多すぎて誰が誰だかわからない
・比喩が過剰で嘘くさい

すべてお前の感覚しだいではないか…と言われればそれまでですが、ラディゲの小説は、この三点をクリアしています。

ラディゲが残した二作の長編小説は、そのどちらもが、年上の既婚女性と若い男との恋愛の話であり、不倫がうまくいくか?いかないか?といった話の向かう先が(最終的にはそうではなかったとしても)明確です。
そして登場人物の数もわりと少なく、若い男の親と友達、女性の夫などが主要である他は、そこまで複雑にストーリーに絡んでくる人がいません。
他の登場人物は主人公二人の関係性とわかりやすい対比がされていたり、類似したカップルが出てくるので、物語で登場人物それぞれが担っている役割を整理しながら読むことができるのです。

ストーリーにもわかりやすく緊張感を高める仕掛けがあります。
そもそも不倫中や不倫をするまでが話の大部分を占めるので、バレてはいけないという緊張感、バレないために必然的に嘘をつき、それもバレるかバレないかというソワソワした雰囲気が常に流れており、ダレる感じが少ないのです。

比喩はかなり控えめでシンプルであり、ゴテゴテと飾り立てて嘘くさい感じがありません。
たまに格言や箴言めいた著者のことばが急に顔を出すことがありますが、その際の比喩も的確で端的で、嫌味がないのです。

こうしてみるとラディゲの小説は、どこか哲学書などを読んでいるときの感覚に近いものがあります。
登場人物の行動をその都度分析して、その理由を述べていき、その積み重ねが結果的に小説になっている…というような感覚です。
ですから、普段は哲学系の本を読むことが多い私としては、ストーリーの面白さはあまり求めずとも、分析の積み重ね方の面白さで読めるのだと思います。

終わりに

ざっと私の思うラディゲの面白さを書いてきましたが、実はまだ「肉体の悪魔」「ドルジェル伯の舞踏会」は一度しか読んでいません。
記憶を頼りにしたことによる事実誤認、的外れな分析があったかもしれませんが、読んだ直後に感じたことを言葉にしてみると、以上のようになります。
今後は、ラディゲが影響を受けたというラファイアット夫人の「クレーヴの奥方」や、他のフランス心理小説を読んでいこうかな、と思っています。

小説に苦手意識がある方の中には、もしかしたら私のようにラディゲとは相性が良い、という方がいらっしゃるかもしれません。
安価に入手できるので、ぜひ読んでみてください。

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