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ホーリーA

1 テープレコーダー

(テープレコーダーを再生すると、家族の昔の、長男、次男が幼年の頃のやりとりの音声が発せられる)
 
長男
おかあさん、ぼくね、あのね、

次男
ねぇ、おかあさん、はんばーぐって十回言って。


はんばーぐはんばーぐはんばーぐはんばーぐはんばーぐはんばーぐはんばーぐはんばーぐはんばーぐはんばーぐ。

次男
じゃあね、はんばーぐは何したい?


はんばーぐが何したい?何したいのかな?
おいしく食べてもらいたいのかな?

次男
ぶっぶーっ違うよ、はんばーぐはね、
はーんばーぐーっ!
(次男、長男をグーで殴る)


何するの!お兄ちゃん大丈夫?駄目でしょ、
お兄ちゃん殴ったら。何で殴ったの?

次男
お兄ちゃんが悪いんだよ、俺がお母さんとお話してるのを邪魔するんだもん。

長男
何言ってんだよ、違うよ。
僕が最初にお母さんに話しかけたんだ。
おまえが割り込んできたんだろ!

次男
何だよ、やるのかよ!


やめなさい!お母さん本気で怒るわよ、
お兄ちゃんを殴ったのはあんたが悪い。
ひとを殴っちゃいけません、わかった?

次男
……


返事は?

次男
はい。


まったくきかないんだから。仲良くしなさい。

長男
お母さん。


何?

長男
てんとう虫はいくつだ?

次男
そんなの簡単だよ、『とう』だから十だろ。

長男
違うよ、『テン』もあるから合わせて二十だよ。おまえ『テン』なんて英語知らないだろ?
ばーか。

次男
それなら『虫』だって六と四で十だろ、
全部で三十だ。おまえがばーか!

長男
『虫』は『無視』だからなしでいいんだよ、
しかとだばーか!ぷいっ!

次男
何だよこのやろう!


やめなさい

祖母
何やってるんだ!うるさい!ご飯の支度しているんだから、騒いでないで静かにしてな!

長男
はーい。

次男
はーい。


2 次男の独白

次男
本当にまいってしまったな。まさか死んでしまうとはなぁ……みんな油断していたね、あのばばがなぁ……
ばば、どうして死んでしまったのですか?俺が意地悪だったからですか?俺には俺の言い分があったのですが、今となってはどうでもいいことになって、優しくしてやればなぁなんて思う…
生きているうちはひどいくせに、死んでから手の平返したように善人気取の、何てまぁ卑怯な男でしょうね。でも、それを承知のうえで、何かしてやればよかったなあなんて思います。何でしょうね…

ばば、ばばがなくなったとき、そのとき俺は傍にいませんでした。

家にいて、電話で知らせを受けて病院に駆けつけたときには、ばばは首を横たえて酸素マスクが口から外れていて、不信に思ったら、医者と看護婦が入ってきて、腕時計をみて、ただいまの時間をもちましてご臨終、ご家族の方は、確認をお願いいたします。

何だ、それ?おかしいんじゃないか?ただいまをもちまして?今?今じゃないだろう、今、死んだんじゃないだろう、これは?どうみたって少し前にもうなくなっていて放置されていた…ひとり、まわりには器械だけ、ひとり死にさらし…死にっぱなし… 

ばば、ひとりでなくなった…おまえら何をやっていた?きたときおまえらいなかった、傍に誰もいなかった、一緒に誰もいなかった、ひとり、ひとり、ひとり……ばばの最期を看取っていない。

ばばの臨終の姿、死に際の一声、ひとりならば、それらは何処をよりどころにする?いきようがないじゃないか、さまよってしまうじゃないか、思い残してしまうじゃないか、安らかにいけないじゃないか…俺…俺こそが、最期のひとときをともにしなければいけないのに…


3 夢枕

(音、ひゅーんひゅーん、おりていく)
(礼服姿の祖母と次男、机を挟んで向かい合って座っている。薄暗い一室)

祖母
おまえ。

次男
ばば…死んだんだね本当に。会いにきてくれたの?

祖母
ばばはこれからこういうところへいくんだ。

(広告をとりだし、次男にみせる)

結構いいところみたいだよ。設備なんかもしっかりしているし、近代的になっていて、不便はないみたいだよ。他にもひとがいるみたいだし、気楽にやれるだろうよ… 

すごいんだ、高層ビルが何棟も何棟もたっててな、エレベーターが一気にひゅーんとおりていくんだ…やだなぁ…

次男
ばば、俺、会いに行くよ。

祖母
うれしいことを言ってくれるね、ありがとうよ。その気持ちがうれしいよ。

次男
本当だってば、どうすればいいのか、わからないけれど、今こうして会っているんだもの。会いにだっていけるだろ?今は夢かな?

祖母
そうだよ。夢枕にたっているんだよ。

次男
そっか、それならこれからも、夢で会えるね。

祖母
…今はね、いいんだよ、死んでまもなくて縁が強いから。でもね、これからは住む世界が違うんだ。離れ離れになって、ばばの方からはおまえの世界がみえるんだけれど、おまえの方からはみえないんだ…

つながりがなくなっていく…おまえはばばを忘れていく…薄れていく…印象がぼやけていく…そうなっていくのが当然なんだ、そういうもんなんだ…会わないんだ…会わないのがいいんだ…

次男
何言ってるの、そんなことないよ、会わないなんて、会えないなんて嫌だよ…俺はばばが生きているときは、冷たくあたっていた、好きじゃなかった、憎かった、ばばの俺に対する想いが面倒でなるべくかかわらないようにしていた…

道で会っても無視して通りすぎた…ばばが前から歩いてくる…俺に気付いて立ち止まる…もの欲しそうに俺をみつめる…俺は全く気にかけないようにして視線を外す…ばばは諦めてさびしそうにからだを小さくしてまた歩き出す…通りすぎる…

それでも何とも思わなかった、それが当然だった、生きているうちはそうだった。でも死んでみて、ばばがいなくなって、何だろう、いないな、ばば。ばばがいない、いない。何だろう何でなんだろう、何か足りないな、物足りない…

おいていかれたようなぽつーんとした感じ…おかしいな、今にもご飯できたぞーって呼ばれてもいいのに、俺が出かけるときに外まで後からついてきて、俺がみえなくなるまで見送っていてもいいのに、布団でいびきずずずずかいててもいいのに、何しててもよさそうなもんなのに、いない。

何かおかしいな、すーすーする、すかすかしちゃって力が入らない。何もする気がおきない。足りない足りない足りない、ばばが足りないから俺が足りない…ばばは俺じゃないか…何をするにも、ばばがいた。俺がいままで生きてきて一番一緒にいた人…

参ったな、そのものじゃないか、大事じゃないか、今頃気付いて遅いよ馬鹿。どうする?ばばはいなくなっちゃった。ご臨終です、とても悲しい。なみだなみだ。お葬式、どうか安らかに、お別れです。ご愁傷様です。終了です。嫌だ、そんなの嘘だ。わかったんだよ大事だって、誰でもないばば誰ともかえようのないばば。

もう駄目だよ、俺そのものになってしまっているんだから、知らない間にそうなって、俺はどうすればいい?俺は俺でなくなってしまう、そんなのってない、いくら俺が不孝者だからってあんまりだひどいよ、ばば、おいていかないで…

未練、そう、いっぱいある、想いがある、してあげたいことがある、優しくしたい、話をしたい、親しくしたい、仲良く… あふれてくる。どうすればいい?

…これからだ、死んでおわりじゃない、死んでからだってある、俺とばばはある、死んでからはじまるんだ、俺とばばはこれからだ。死んだから、いないから、みえないから、だからって、ばばは何もなくなっちゃいない、あるんだ、それは、俺が忘れずに想い続けるかぎりあるんだ。

祖母
つらいことだよ。ばばはもうおまえの世界にはいないんだ、おまえが想ってくれるほどにおまえには苦しい想いをさせる、ばばはおまえに何もしてやれない。いいんだよ、ばばは本当に幸せものだよ。おまえは気のやさしいいい子だよ。

次男
ばば、夢で会おうよ。どうなるかわからないけれど、俺はやるよ。


 扉

(次男、扉を開ける)

次男
うわあああ!落ちる!落ちる!

(床がない。真っ暗闇の中を落ちていく、必死にもがく。と、途中で止まる)

止まった…まっくらだ…上も下もまっくらだ…何か、何かある、あそこ…あれ何だろう…動いている、ふるえている…大きくなっているみたいだ、こっちに向かって、発光している、白い…ひと…俺だ。

(次男、体が硬直する。
もう一人の次男、現れて、痙攣しながらゆっくりと近寄っていく。白目をむいて、斜に構えて死体の様子で徐々に…次男、抵抗し、かろうじて)

来るな!

(もう一人の次男、痙攣が激しくなりながら退き、消える。不意に幻視する)

目の前に扉現れ真っ白毛皮肌の壁、
開けると中にはまっかっか
おおきな心臓まっかっか
なまなまいきいきちちちちち、
思わず体が宙に浮き、
俺は獣だちはやぶれ!

目の前に扉現れ古びた木の扉、
開けると中にはちゃぶ台が一つ、
二人分の食事、静かな茶の間誰もいない
さびしい空気さびしいくうくうくう
静かな音が鳴っている……

何だろう、ゆさぶられる。胸に響く何かがある。何か間違いない感じ、存在感。目をそらせない、逃げられない、懐かしい……俺は死ぬかも知れないな、壊れてしまう。でも確かだ。俺の方向は確かなんだ。

ばばに入っていって、もうひとりの俺に出会う。ばばのなかの俺を確かめる。ばばのなかには俺がいた。いたんだ。ばばのなかの俺に俺が入っていってそのなかにはばばがいてそのなかに入っていって俺がいて俺のなかにばばばばのなかに俺のなかばばばばのなか俺俺のなかばばばばのなか俺…ずーっとずーっとずーっと……


5 おまじない

次男
……夢で会うにはおまじないが必要だ
好きだから離れない
好きだから離れない
好きだから離れない
子供のように無邪気に想いこむことだ
らびおりらびおりこまげせんだれん
らびおりらびおりこまげせんだれん
不滅のちから子供のからだ
いっぱいいっぱい集めよう
ばばをいっぱい集めよう
どこもかしこも面影いっぱい夢いっぱい
ばばがいっぱいあふれてる
布団に着物にかっぽうぎ
煙草のこげあと髪ブラシ
いびきだご飯だいってらっしゃい
ばばの持ち物ばばのしたこと何でもいい
ゆかりのある物事に寄り添って
夢を楽しみに待っていよう
おやすみおやすみおやすみよ
ゆっくりゆっくりおやすみよ
おやすみおやすみおやすみよ
夢を信じてねむりましょう……


6 業

(木造のほったて小屋、陽のあたらない裏路地、暗い)
(屋内、荒れ果てた、物静かな空気、布団、衣類が散乱している。祖母は布団に入っている)

祖母
ああ、来てくれたのか…

次男
ばば、ここに住んでいるの?

祖母
ああ…何もないんだ、何もおかまいができなくてすまないね。

次男
いいよ、そんなの……ばば、具合でも悪いの?

祖母
そんなことはないよ。

次男
布団ひっかぶって…どうかした?…顔みせてよ、お話しようよ。

祖母
このままでいいよ。

次男
……ばば、ちょっとごめんね。
(布団をめくる)

祖母
こんなになっちゃった……
(顔がくずれている)

次男
どうして?

祖母
…ばちがあたったんだよ……業が深いんだ…わがままで随分みんなに迷惑をかけた…おまえにもすまないことをしたね…

おまえが遅くまで家に帰ってこないと心配でたまらなくなってね、やめろって言われているのに片っ端から電話をかけて、何で帰ってこないんだ、事故にでもあったんじゃないかって騒ぎ立てて恥をかかせてしまった。

ごめんな、でもやってはいけないってわかっていても駄目なんだ、おまえがかわいくてしかたがないんだよ…

次男
いいよもう、そんなこと…確かに恥ずかしい思いをしたし、過保護にされるのも、いいかげんにしてほしいとおもったけれど、今はね、ありがたい気持ちしかないんだ。本当だよ。

祖母
…いい孫をもったよ、ばばにはもったいない…ばばの顔、気持ち悪いだろう?部屋も汚いし、こんなんじゃおまえに申し訳ない。せっかく来てくれて悪いけれどもう帰りな。

次男
気にしないよそんなの。顔だって別に平気だよ。
(祖母の顔に触れる)

祖母
駄目だ、汚いよ。

次男
いいって…痛くない?

祖母
ああ、大丈夫だよ。でも膿がひどいんだ。

次男
そっか…
(次男、祖母の顔に口をつけて、膿を吸い出す)

祖母
馬鹿な子だね…ありがとうよ……ごぼぼぼぼう…
(祖母、口から汚物を吐き出し、とまらない。あわてて布団をかぶる)

次男
ばば!ばば!


7 長男の独白

(自室)

長男
参ってしまうな、何でこんなことに、嘘だよな。一番長生きするよ、百五十まで生きるよなんてみんなで言っていたのに、嘘だよな。もういない、会えないんだ……
さびしいな、ばばがいないだけで家がこんなにも静かになって、うるさかったからな、何かっていうと、別に何もしていなくても怒鳴られていた気がする。
俺にいってくるんだよな、何か不満があると、俺は関係ないのにああだこうだって、格好の的だったんだ。言いやすかったのかな、会話は結構気楽にしていたし、何かお菓子とか買って、お土産ってあげると喜んでいたし、親しくしていた方だよな、俺は。
……参ってしまうな。こんなに参ってしまうものなんだな、良くないってわかっているけれど部屋にこもって、ひとりでいる。
誰かと話す気分じゃないし、いい顔もできない、気も使えないし、何かこれ以上負担になるのは御免だよ。みんなもつらいから 顔つきあわせればあまりいいことにはならない。
自分で精いっぱいだもの。いがみあうのも嫌だし、ひとりがいいんだ。そっとしておいてほしい……
仕様がないよな、死なないわけにはいかないものな、みんないつかは必ず死ぬんだから。
疲れたんだ、ばばは。長いつとめを終えたんだ。ご苦労様、お疲れ様なんだ。おやすみ、ばば……あーあ、参ってしまうな。


8 父と母

(居間)


お父さん、あの子達どうしているかしら


ああ。


おかあちゃんがなくなって、あの子達にとってはとても大きなこと。もちろん私にとってもそうだけど、人が死ぬということにはじめて直面する。あの子達はどううけとめるかしら。身内の死、ましてやおかあちゃんなんて、よそのおばあちゃんと違ってあの子達の面倒をみていたから、私が働きにでている間、ご飯から身のまわりの世話まで、全部おかあちゃん任せで、ずっと一緒にいたわけだから、そのおかあちゃんがいなくなるってことは大変なことよね。

おかあちゃん、本当に我が強くて人の言うことなんかちっとも聞きゃしない、私なんかどれだけ困らされたか、知らないところで借金つくって、何度言っても直らないで、後処理するのは私なんだから、しかも絶対に自分が悪かったって謝らない、頭なんて下げたことない、本当、くそばばあなんだけれどね、死ねばせいせいするなんて言っていたけれど、いざ、死んでみると、ああ、死んだんだ、おかあちゃん、いないんだって、何かふぅーっと力が抜けちゃって、肩の荷が下りたっていうか、問題が多い分、私の中に占める割合も多くて、いろいろ考えさせられる。

死ぬってどういうことなんだろう、おかあちゃんは死んだらどうなるんだろう。たましいとか、よくわからないけれど、死んだら何もないのか、それともあの世があってそこへいくのか、もう別の人間として生まれ変わっているのか……

私はどうしようか、これからの人生、残された時間をどう生きていくべきか、生きるってことはどういうことなんだろう……

死ぬってことがあると、この年になっても思うところがあるわね。私だってこれくらい考えるんだから、あの子達はもっとでしょう。もっとそれぞれ感じることがあるでしょうし、若いから、そう、どうなのかしらね。どう自分のなかで納得するのか、どうなのかしらね、こういうときに親はどうするべきか。

お父さんはどう思う?私はね、こういうときにこそ、親の役目があると思うのよ。普段は子供たちのやりたいようにさせて、何かあったときにだけ道標になる、なるべくは自分たちに判断を任せておいて、困ったとき、わからないとき、自分たちだけでは何が正しいのか見極めがつかなくて、道を外れてしまいそうなとき、そのときに正しい方向を示してあげるのが親なのよ。

道をうながして送りだしてあげる。何でこの道をいかなければいけないのかって子供達が思って不満に思ってもいいの。すすんでいって通過した後になって、あ、こういうことだったんだって、わかればいいと思うの。そういうことなのよ。

だから、今私たちは、あの子たちと話をした方がいいと思う。ひとりにさせておくよりも、家族みんなで一緒にいるようにして、思っていることを話し合って、みんなで考えて、みんなで思ったほうがいいと思う。その中でいろいろな思いがあって、結論はでなくても何かをそれぞれがつかんでそれぞれがまた自分を進んでいく。

やっぱり親はしめさなければ駄目よ。でないと子供達は迷ってしまう、いろいろ寄り道するのはいいけれど、悪い道には進まないほうがいいもの。自分の子供なんだから。

私は普段から子供達と話をするようにしているからいいけれど、お父さんも頼むわね。男親と息子の間柄なんて、あまり会話するものでもないのかも知れないけれど、今はそんなこと言っている場合じゃないんだから、恥ずかしがってないでね。

それに、お父さんから何か言われればまた違うと思うのよ。普段しない分、新鮮だろうし、きくと思う。何でもいいから、一声かけてあげるだけでもいいのよ。


そうだな、家族なんだからな。血がつながっているのは、家族だけなんだからな。少ないけれど結束して、大切にしていかないとな。


そうよ。思っているだけじゃ駄目よ。それもいいけれど、言わなければ伝わらないこともあるんだから。私に任せてないで、お願いね。


わかったよ。


9 おもちゃ屋さん

……
次男
ばば、どこか連れて行って。明日、幼稚園休みなんだ。どこか行こうよ。

祖母
そうかい、いいよ、じゃあどこに行きたいんだ?どこでも連れて行ってあげるよ。

次男
おもちゃ屋さんがあるところがいい。

祖母
ああ、わかったよ、そうしようね。

次男
ねぇばば、俺、ばばの子になる。家出してばばのところに来てもいい?

祖母
ああいいとも。うれしいね、じゃあ、ばばといっしょにずっといな。

次男
うん。


何やっているの。帰るわよ。
(母、次男をひっぱって連れて行こうとする)

祖母
待ちな、その子は私の子だ。返せ。


何馬鹿なこと言っているのよ。

祖母
私の子になるって言ったんだ。もう、私の子だ。


付き合っていられない、行くわよ。

祖母
待て!
(祖母、包丁をつきつける)


…何やってんのあんた、ねぇ、自分が何やっているのかわかってんの?いい加減にしなさいよ、本当に…ふざけたことやってんじゃないわよ!

だからあんたは駄目なのよ!あんたがそういうことをしてね、この子を甘やかしてね、あんたはこの子を駄目にするのよ!よく考えなさいよ!

祖母
いいんだ!私の子なんだ!いいんだ!


黙りなさい!あんたはもう死んだのよ!

祖母
そうだ、わたしは死んだんだ。


…あんた、廃人になって会うのと、死んで会うのと、どっちがいい?

次男
何いっているの?


あんたがやっているのはそういうことなのよ。
ばばは私が連れて行くから、あんたは先に帰りなさい。

次男
…肺ガンで肺の片方が真っ白になって
もう駄目かなって…でも、もちこたえてね、
医者は治してくれないからね……


あんた、帰ってきなさいよ。こんなことやっていたら、いつ逝くかもしれないんだから。

次男
うん…

祖母
いいんだよ。


10 役者

次男
そうだ、畜生……ばばは死にました。死にました。死にました。絶対死なないと思っていたのに死んでしまいました。死んでしまった、死んでしまったのです、本当に。死んだ、死んだ、死……俺がやればよかったんだ。俺が願っていれば、ばばの願いとあいまって、成就したかもしれないのに。ばばには願いがあったのに、俺にはなかった。薄情なやつ、俺がやればよかったんだ……

ばばは逝ってしまった。俺はここにいる。俺はいけない。廃人か死、そういう決まり、そういうふうになっている。別に構わないけれど、他のみんながいるからそういう訳にもいかない……いったらいったきり、いくことは死ぬことだ。だったら帰ってきてもらう、ばばにこっちにきてもらうのはどうだ?いくのが死ぬならくるのは生きるんじゃないか?どうやって?それができれば誰も悲しむこともない。

できない、本当にそうか?やってもいないのに?ばばは死んでしまったけれど失われてしまったわけじゃない。たましいは生きている。夢で確かに会えている。幻なんかじゃない、幻にしてもばばにかわりはない。俺が感じている以上はばばだ。夢で会うといってしまう、しまいには。

夢に入る、ゆめ、ゆうめい、幽冥、あの世……夢はあの世だ。眠ることは一時的に死ぬこと。からだが眠ってたましいがあの世いき、からだが起きればひき戻される。ただし、あまりいきすぎると、戻れなくなる。からだとたましいをつなぐ緒、縁の力があっちの引力にかなわなくなる。たましいはもともとあっちのものだからあっちにいきたがる。そういうことか?

他のやり方、眠るのが駄目なら起きるしかない、起きていればからだが元気だからいくことはないんじゃないか?起きているときは会ったことはない、起きていれば夢が見れないから、起きているときはこっち側。起きながら夢を見る、覚醒夢。起きながらぎりぎりまで眠りに近づく。

眠り、眠りとは何だ?おやすみなさい……からだをやすめて意識がなくなる、あとはあらわれるままに……あらわれるもの、人によって違う、願い、想いによって違う、俺の願いはばば、ばばにあらわれてきてもらいたい、願いを強めてからだを弱める、そこにばばが寄り添ってくる。

生きながら死に瀕して満願成就。これだ。この世でやるんだ、大変だ。夢のようにはいかない。この世でやるんだ、実際に、具現化しないといけない。ばば、俺はどうしたっているから、ばばを、あらわす。

ばばにないもの、からだ、からだを与えればいい。からだ、俺のからだを与える。俺のからだをばばのからだにする。からだをばばに近くする、似せる、そっくりまねをする。

ばば、ばばの体格、ばばの服装、ばばの持ち物、ばばの仕種、ばばの言い方、ばばにかかわるあらゆる物事を俺のからだに詰め込んでばばになる。俺はばばになる。ばばが俺になる。この世でもろとも一緒くたに結ばれる、俺はばばを演じればいい。ばばが来てくれる、会える、ひとつになれる、なかよしだ。それがいい、そうしよう。俺は役者になるんだ。役者だ俺は。


11 鍋

(…鍋がぐらぐら煮えたぎっている。
祖母がやるからと菜箸で鍋を運ぼうとする。
鍋の両側の取っ手の穴に通して持ち上げるが、不安定でこぼしてしまう。
湯が脈うって祖母にふれる。
熱さでからだがはじかれて部屋の境目の角に背中をぶつけて崩れ落ちる。
呻きひどくもちそうもなく、少しのことも命とりにみえる。
長男、次男、母は一部始終をみて)

次男
俺がやればよかったんだ……
角にぶつかるのは俺がからだを入れれば防げた。見てしまった。
兄貴も見送っていた……俺がやればよかったんだ。


そうよ、あんたがやればよかったのよ。

次男

……この苦しみは俺のものだ。いつまでもひとごとにしていてはいけない。ひとりにさせてはいけない。共有するんだ、どこまでも付き添って俺がばばの苦しみの場所、俺が身代わりとなって、俺のからだでまかなって、分かつ身となって痛みを散らすんだ。

いいとこどり、白々しい格好はもういらない、わかったような素振りもうんざりだ。嘘はいらない。せめてもの恩返し、俺自身がばばへのお供え物、即刻この身を投げ出して剥き出しになって全身全霊をかけて痛みがそっくりそのままどうぞこっちにはりつきますように。

俺はいらない、もう俺はいらない、口をつぐみ、耳をすまして沈み込む……


12 シャンソン

シノタメニガッショウシテイル
シノタメニイキテイル シヲオモッテイル

……
次男
でもよかった、死ぬ前にばばと旅行できて。

祖母
そうかい。

次男
うん。

祖母
じゃあ、ずっといておくれ。

次男
あれ、おかしいな、ばばと寝ている、今…ばばはそういえば死んだはず。
旅館も、もう三泊目、今日で終わり、帰る日だ。懐かしいシャンソンがきこえる。
シャンソンって歌詞が短い……何かとってもおなかがすいた。

祖母
これを食べな。
(祖母、白い布に包んでパンを差し出す)

次男
こんなにいっぱい、これ何個も食べたら太っちゃうから、一個…結構満足しない、もういいか、食べないでおこう。それにしてもこの旅館、カメラなんかついている。監視されている、何も、トイレにまでつけなくてもいいのに。兄さんは帰ったかな…

テレビ、男性歌手グループが断髪式の準備をしている。みんな、カラフルな橙とレモン色のマーブル地の型をつけて笑っている。慎ましやかにしていたり、最後の歌を歌っているけど、新しい人が踊っている。にやけた顔が真剣味に欠ける。何かおちゃらけた雰囲気で不快、俗悪だな。みないでおこう。

(テレビを消すと、祖母が布団の中で次男に抱きつく)

次男
…すごい力だ。抱きつくというより拘束している。しがみついている。がっしと足、手でからまっている。すごい力だ。でもよかったよ、こうして旅行ができるなんて、帰りたくないもの。

祖母
そうかい、よかった。よく寝るんだよ。

次男
うん。

祖母
もうすぐ朝だ。

次男
……朧な意識の中でばばと一緒に寝ている……


13 骨壺

(次男、裸になって祖母の骨壷を抱いて横になっている)

長男
何してるんだよ。

次男
お供え物。大切に供養しなければいけないんだ。

長男
離せよ。

次男
何を?

長男
ばばの遺骨だよ。

次男
何で?

長男
何でじゃないだろ、ふざけたことしてんじゃないよ。

次男
申し訳なくて仕方がないんだよ。お母さんはさ、ばばの髪を櫛でとかしてあげて、頭洗えないから痒いでしょう、気持ちいい、お母ちゃん?からだをさすってあげてさ、優しい気持ち…
あんなに親しくできたら、いいなぁって思うんだ。ねぇ、ばば。

(次男、骨壷を開けて遺灰を手に取り、さすり、からだになすりつける)

長男
おまえ何してんだよ!

次男
……ばば、名残惜しいよ……

長男
ふざけんな馬鹿!やめろよ!
(骨壷を取り上げる)

次男
何するんだよ、やめてよ。
(骨壷を取り返す)

(長男、次男、骨壷の取りあいになり、争う拍子に遺灰が散らばる)

ばば!ごめんね、大丈夫?もったいないもったいない…

(次男、遺灰を集めて骨壷に入れ、残りの取りきれない分を口で吸い取り飲み込む)

長男
頭おかしいよ、おまえ……

次男
おかしいよ。確かに狂っているかもしれないよ。でも嫌なんだよ、死んだら終わりなんて。あとはただ忘れていくだけなんて。何もなかったかのように生きていくなんて、そんなのそっちの方がおかしいよ。

だって今の俺があるのは、ばばによっているんだから、俺はばばでできているんだから、終わりになんかできない。終わってなんかいない何も終わってなんかいない、これから、これからだってあるんだ、これから俺とばばは始まるんだ。

長男
何言ってるんだ、よくもそんなこと、臆面も無く図々しく言えるな。ふざけた態度ばっかりとっていたくせに。よくもそういうことが言えるよ…
ばばはもういない、もう死んだんだ。

もう二度と会えない、ばばをこの目でみることはないんだ。決してないんだ…なくなっちゃった…つらい、つらいんだよ…

次男
つらいつらいよ。でもつらいからって忘れていいのか?なかったことにするのか?

長男
なかったことになんかしないよ。

次男
でも、薄れていく。面影が薄れていく、消えていく。俺の中から、ばばが消えていく、とんでもないことだ。おまえはそれでいいのかよ?

長男
仕方ないじゃないか、実際にこれからはいないんだから!多少なりとも印象がぼやけてくるのは当然のことだ、そういうものだろ、いつまでもありありとしていたらやっていけない。

俺らはこれからの現実を、生きていかなければいけない、ばばのいない現実、いつまでも思ってばかりじゃいられない、思い出に縋っていたら前に進んでいけない、忘れることでかろうじて次がある、一歩前に踏み出せる。

術、術だよ、生きる術、処世術だよ、時間がすべからく流れていく、過ぎ去るままに生きていく、逆らえない、誰も生きている限り止まることはできないんだ、あんまりひどいんだよ、休ませてくれないんだ。

いいんだよ、それでいいんだ、行くんだよ、行かなければ、行くんだよ、前前前だ、振り返ったところで何もかえってくる訳じゃなし、乗り越えなければいけない。

死、必ずつきつけられる死、人は死ぬんだよ。どんなに思ったって死ぬものは死ぬんだ、そのときがきたら。ばばが身をもって示してくれた現実、それを認めることがばばの死に意味を与えることになる。

ばばの死がかけがえのない財産になって俺らが生きていく糧になる。教えてくれたんだ、目をそらしてはいけないんだ、死の現実と向かい合って、しっかり正体を見据えて飲み込むんだ。

ばばの死が俺の生きていく力になる。ばばが俺のこれからにいないけれどもいきづいていくんだ。ばばの死を生かすも殺すも俺のこれからにかかっている。強くなるんだよ。ばばもうかばれる。

安心して休ませてあげないと、疲れているだろうから。俺は大丈夫だよ。やっていくよ。俺は生きているんだから。

次男
俺は駄目だ、とてもじゃないけどそういう割り切り方はできない。俺は忘れることをよしとはできない。過去にもできない。理不尽だ、時が過ぎ去るままに消されていくのを我慢できない、あまりにも勝手じゃないか、俺はそんなの認めない、許さない。

それなら、俺は刻むよ。辛かろうが痛かろうが刻み付ける、自分のからだに、こころに、あたまに、たましいに、血に骨に、傷つけしるし、たたきこむ。俺が忘れたら、ばばはこの世になくなってしまう。本当に失われてしまう。ばばが生きていたことが無になってしまう。

残された、生きているものの義務としての生き字引、ばばのこれからは、ばばのあるなしは、俺の想いひとつにかかっている。想いつづける限りばばはある。ずーっとずーっとつづいていく。大事に大事にしていく。

そうすればばばはいつでも俺とともにある生も死もないそんなものに俺とばばをなくさせてたまるもんか。そんなものは超えてやる。邪魔はさせない、決めたんだ、俺はばばだ。

長男
おまえの言っていることはきれいごとだよ。現実から逃げているだけだ。聞こえはいいけれど、実際はただの弱虫だ。うじうじひきずって抜け出せない、ふっきれない、弱いんだよ。

次男
弱いよ、俺は。都合のいい、甘えん坊だよ。
でも、いいんだ。そのままいくんだ。どこまでもばばに追いすがっていくんだ、今でもお世話になっている、ありがたい、何か何かないか、もっと何かないものか、せめてもの償い、恩返し……

長男
そんなこと生きているうちにしろよ。何がお返しだ、自分のことしか考えていないんだ、おまえは、死んだからそんなこと言っているんだろ、戯言だよ、ばばがかわいそうだ、おまえにいいようにされて…ふざけんじゃないよ全く…

おまえ何なんだよ、何様なんだよ…こんなやつかわいがってやって…ばば、無駄だったよ、何もわかっちゃいないよ、うんざりだよ、限界だよ、おまえの兄も疲れたよ、何でおまえみたいなのが俺の弟なんだろう、やってられない、本当に……


14 虫唾

(黒い机がひとつ。次男の部屋。壁がないように感じられる突抜)
(次男、机の前に立っている。
長男、父、母、次男に背を向けて立っている)
(長男、次男に近づいて)

長男
虫唾が走るよ。おまえがいるだけで。

次男
ちょっと待てよ、何だよおまえ!おい!

(長男につかみかかる)

長男
お前が悪いんだ。みたんだ。信じられなくなった。おかしいんだよ。お父さんもお母さんもそう思っているよ。

次男
そんな訳ないだろ。

(父、母、次男をみようとしない。かかわろうとしない)

長男
当たり前だよ。あたりまえのことだ、ねぇ、お父さん、お母さん。もう、こいつに何もしてやることないよ。気違いだよ、こいつ。

何するかわかったもんじゃないし、自分だけで気持ちよくなっているんだからたちが悪い、こっちまで振り回されたらたまったものじゃない。本当に御免こうむるよ。


放っておけ。
……
(父、母、長男、集まって小声で話をする)


15 占い

祖母
こっちへ来な。

(暗室。次男、祖母、向かい合って座る。
祖母の方は微かに明かりがともっている) 

次男
気違いだって言われたよ。そうなのかな俺は。

祖母
最高レベルのお姫様だね。

次男
お姫様?

祖母
おまえの深いところを言っているんだよ。
とんでもない力をもっていて、とてつもないことになる……

次男
……

祖母
でも大丈夫だよ。心配しなくていいから。

(次男、突然吐き気をもよおし、外に出る)

(石畳、夏の空晴れ渡り澄み切り、どこまでも高く。蝉の鳴き声。座り込み)

祖母
一番深い所の話をするには何がいい?

次男
兄さんのこと。

祖母
それだけ?

次男
兄さん、お父さん、お母さん……

祖母
お父さんはマーベラスな男だね。
九十近くまで働くことになる。
お兄ちゃんも、潜在的には同様だ。
お母さんは恋人、信念の子だ。
おまえは炎だ。思い通りになるだろう。

まわりの人間は良くも悪くも、おまえ次第でどうにでもなる。そういう星のもとに生まれついている。おどかす訳ではないけれどね。肝に銘じておくんだよ。

次男
うん、わかったよ。

(祖母、うずくまる)

どうしたの?ばば…

(祖母の背中が隆起している。
みると、幾つもこぶができている。
緑に変色し、渦をまいている。溜まっている)

(祖母、笑顔をみせる)


16 ダム


みろ。おまえに認めてほしいんだ。

次男
お父さん。

(暗く、葬式の雰囲気)


だから言っただろ!始めからすればよかったんだ。

次男
そんなこと言ったって仕様がないだろ、終わってから。


それはそうだ。孝行したいときにはもういない。昔からのいわれだ。何事も積んで積んでの積み重ね、賽の河原の物語。ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため、みっつ積んでは蹴倒され、よっつ積んでは張り倒され、泣けど叫べどいつまでもいつまでも続きます。どん!

(父、次男を突き飛ばす)

次男
何するの、お父さん


どん!

次男
ちょっと


どん!

次男
やめてよ


どん!

次男
お父さん


どん!

次男



どん!

次男
ねぇ


どん!

次男
怖いよお父さん!


ばたん!
 
次男
ダムダムダムダムダム
ダムダムダムダムダム

かべがそびえたっています 
てっぺんがみえません 
たかくたかくのびています 
のりこえようとじょそうをつけて 
かけのぼってもまるでかなわない 
かえってそのぶんらっかして
じめんにたたきつけられます 
なんどもなんどもかかっては
なんのとっかかりもなくおちていき
からだをうちすえちまみれになる 
じぶんでも からだが
こわれてしまうんじゃないかと
おもわれながらもまたかべにむかっていく 
もういったいどれくらい 
じぶんはかべにむかっていったのか 
じぶんのすがたは
どうなってしまっているのか 
げんけいはとどめているのか 
はたまたじぶんがかべにむかっているのか 
それともかべがじぶんにむかっているのかわからなくなって 
やがておのずから
じぶんのからだがじめんにつっぷし
よこたわりつぶれたようになって
ちだまりになりちがながれている 
ちちちちちちちちちち 
なにかがないぶからたちのぼってくる
わきたつものあだ 
あだあだあだあだあだあだあだあだあだ
あだあだあだあだあだあだあだあだあだ
あだあだあだあだあだああだあだあだあ

もはや汚れるのみ とにかく汚れるだけだ

それでもわたしは積み重ね 
積んで積んでの積み重ね 
石を集めて積み重ね 
罪を重ねて積み重ね 
供養塔にするのです 
打ち崩されても何度でも
黙って泣く泣くひれ伏して


本当に大切なら石にかじりついてでも!

(父、次男をつかみあげて放り投げる)


17 なる

(…扉の閉まる音。部屋に軟禁される。外は雨が降っている)

(窓から母が、浮いたように入ってくる。
幻の希薄さ。白い薄手のネグリジェ姿)


薬を持ってきたから飲みなさい。

次男
何の薬?


なる薬。

次男
なる薬?


そう、さ、口を開けて…

(母、次男の口に薬を入れて)

なるなるなるなるみなるなる 
あわせてなるなるむなるなる

次男
何?

(次男、からだが小さく軽くなる)


ちゃんと言わないから。

(母、黒い広告を渡して出て行こうとする)

次男
ちょっと待ってよ。まさかそれで終わり?


そうするんだけどな。

(ドスン、という音。次男が気を取られているうちに、母はいなくなる)

(次男、窓の外をみやる。母はいない)
(広告をみて)

次男
黒いシェパード…この目、考えなしにただ何でもしますよという目…俺はこうしたらこうなってと心配ばかりが先にたつ…なる…ひどく簡単なことのように思われる。ただただ…


18 ぼろぼろダンス

(…黒パイプのベッドの上、祖母が肌色の長袖、股引姿で屹立している。夜、家族全員下で見守っている)

次男
ばばが生き返ったんだよ!確かに立って、目も開いているけれど、生き返ったという気がしない…

(祖母、端により、踊りはじめる)

(次男、祖母の踊りを見て口述する)

しずかにたたずみ やみによる 
からだがととのい はがんのえみ
けはいして おとこえして ひびきあう
うまれるまえからのともだちたち
ひとつひとつがちいさないのちで
ひとつひとつがおおきないのち
ひとつひとつをたいせつにして
いのちのふれあい くちをすぼめて
ちゅっちゅちゅっちゅとなげキッス
みぎをつかっててんをあおいでめのまえで
ちゅっちゅちゅっちゅとえづけする
そのままてをふり
ばいばいいってらっしゃい
みんなみんなはなれていく
みんなみんなさようなら
みんなみんなのゆくすえにみれんして
みぎはちかくに ひだりはのばして
あらんかぎりのあいきょうをふりまいていく
そしてじょじょにていししていく
あおいカーテンがうき 
ゆっくりとからだをつつむ 
よこたわり はじらいながら
みんなをしたってねんがんする 
ひとりのおさなごになっている

(次男、ベッドの上にのぼり、嗚咽して)

ばば、ありがとう。踊らなくちゃ、ならなくちゃ、無駄にしてはいけない。おさなご、こどもになって、こどもごころ、こどもあたまではずむんだ。ゴムマリになって、何のためらいもなく窓から飛び降りるんだ。投げ出してもうかえってくるな、ただ飛んでいってなるようになるんだ。きれいさっぱり飛んでいくよ。


19 おこごと

(朝、次男がいるところに、父、母、長男、入ってくる)

次男
あ、おはよう。


あんた、何したの?

次男
え?


何をしたのかって聞いているのよ。

次男
…ばばのこと?


聞いたわよ。ばばの遺灰を食べたって、本当なの?

次男
うん。


何でそんなことをしたのか、言ってみなさい。

次男
こぼれちゃったから。集めたけれどとりきれなくて、もったいないから、無駄にはできないから。


だからってそんなことしなくてもいいでしょう?ちょっとおかしいんじゃないの?

次男
何が?


何がじゃないでしょう?わからないの?おかしいでしょう、ばばの遺灰よ?ばばなのよ?あんた、それを食べたのよ?だれがそんなことをするのよ、普通じゃないでしょう?正気の沙汰じゃないわよ、気持ち悪い、気違いじゃないのそんなの。

次男
お母さんもそう思うんだ?


当たり前でしょう?常識で考えればわかるでしょう?気が知れないわよ、やっていいことといけないことぐらい、わからないの?

次男
俺はやっていいことだと思ってやったんだよ。自分が本当に正しいと思ってやったんだよ。まわりからすればおかしい、人の道に反することなのかもしれないけれど。


狂ってるわよ。あんたね、あんたはいいかもしれないわよ、でもね、私達はよくないわよ。全然よくないわよ。ねぇ、あんたさ、まわりからすればおかしいって自分でわかっていながらさ、そういうことをした。

まわりの人間がどう思うか、あんた以外の家族がさ、それをやられて、どんな気持ちになるのか、どうなるのよ?ほかのみんなはどうでもいいわけ?あんたさえよければいいわけ?ねぇ、あんたひとりで生きているわけじゃないのよ、ふざけたこと言ってんじゃないわよ。

自分が正しいと思ったからやったって、正しいと思ったら何やってもいいわけ?そんなに世の中甘くないわよ。何したっていいわよ、でもね、他の人もいるの、相手がいることなのよ。

あんたは自分のことだけ、自分のことだけしか考えていない。自分だけで考えて、自分だけで決めて、自分勝手にそうやって何の断りもなくやるんでしょう?いきなりそんなことされてね、まわりはたまったもんじゃないわよ。

後のことは考えないで何かすればいいと思っているんだから、そんなことしなくてもね、ほかにいくらでもやりようがあるわよ、どうなのよ?何か言ってみなさいよ。

次男
……


黙ってちゃわからないでしょう?

次男
どうせ言ってもわかってもらえない。


だからって言わなくていいってことにはならないでしょう?言えば、たとえどんなに、とんでもない、理解できないようなことでも言われた方はわかろうとするでしょう?言わなかったらわかるものもわからないでしょうが。

ねぇ、わからないのは、わかってもらえないのはあんたが悪いのよ、あんたがわかるように、伝わるように、説明しないからいけないのよ。何かやるならまずはまわりの人間に、ましてやあんたの家族、それに対して、これこれこういうことをします、したいのですがっていうものが必要でしょう?一緒に暮らしているんだから。

みんなにかかわることなら、大事なことならなおさらよ。それを、あんたの方からしめすのが筋ってもんでしょう?当然の義務、礼儀ってものでしょう?何かすればこっちにも影響が及ぶんだから。思うところがあるんだから。

だいたいあんたは配慮が足りないのよ、自分にはいっちゃうその癖、なんとかしなさいよ。わかったの?それとも何かあるの?

次男
……


わかったのかどうなのか、返事くらいしなさいよ。卑怯でしょう、ひとがこれだけ話をしているのに。失礼でしょう?

次男
…わかったよ…


それだけじゃないでしょう?迷惑かけたんでしょう?謝りなさいよ。

次男
…ごめんなさい。でも、


でも何よ?

次男
勝手にやって迷惑かけたのは悪いと思うけれど、でも間違った事したとは思わない。


何が間違ってないっていうの?
ばばだってね、あんただけのものじゃないのよ。あんただけがどうこうしていいものじゃないでしょう?ばばだっていい迷惑よ。

次男
ばばは喜んでいるよ。


ばばがよくったってね、わたしがよくないわよ!わたしのお母ちゃんに対する想いは、どうなるの?ねぇ?わたしからすれば、あんたのしたことは罰当たりなことでしかないわよ、何て事をしてくれたっていうね。

安らかにいかせてあげたいものを荒らすようなことをして、あんたの気はすむんでしょうけどね、私はもう悔しいんだか何だかわからないわよ、情けないったらないわよ。よく考えて行動しなさいよ!考えないんでしょう?

自分がこうだって思ったら、それでいいんでしょう?みんないるの!どうしてくれるの?あんたの気はすんだ。ばばもあんたのしたことだから、もしかしたら喜んでいるのかもしれないわよ。でも他のみんなは、私は報われないわよ。

ばばとのお別れにけちをつけられた。私達の想いは浮かばれない。とり返しのつかない、一生残るわよ。どうしてくれるの?あんたはどう責任とってくれるの?私のお母ちゃんを汚して、私を傷つけた、本当がっかりだわ。裏切られた、あんた、見損なったわよ。

次男
わかってくれないんだ。


何がわかるっていうの!わかるわけないでしょう!あんたね、家族だから黙っていてもわかってくれるだろうって、思っているんだったら大間違いよ、そんなのはただの甘え、怠慢でしかないわよ。

わかってもらう努力もしないでやりたいことやりっぱなしであとはわかれなんて都合のいい話はないわよ。冗談じゃないわよ、みんなはね、あんたの思う通りのみんなじゃないの。

あんたのいいようなおもちゃでもない、あんたの顔色うかがって、何から何までさっしてやろうなんて思っていないの。みんなはみんなであんたが好きに思うようにそれぞれ別個に思っているの。

ましてやお母ちゃんが死んで余裕がなくて、あんたのことなんか知ったことじゃないの。面倒見切れないの。みんな余裕ないの、あんただけじゃないの。そういうときに、みんなが大変なときに、あんただけがわがままでいいわけないでしょう?

こういうときには何をするにも、まわりのみんなのことを気遣って、自分がつらいからこそ、ほかのみんなを思いやることが必要なんじゃないの?
気がまわせない人間は駄目よ。そんな人間はわかりようもないし、わかりたくもないわ。

次男
なんか嫌だ。なんかもう嫌だ。なんかもういられない。なんか遠い…


あっそう、だったらこの家から出て行きなさい。そんな人間はこの家にはいさせません。
そんな勝手なね、わからずやが通ると思うんじゃないわよ。ひとのことを考えないような人間は家族じゃありません。とっとと出て行って。気分悪いから。その面をお母さんの見えるところにおかないで。本当に頭にくるわ。育て方間違ったわ。

次男
…わかった。出て行く。いままでお世話になりました。


何なの、その態度、あんた人を何だと思っているの?人を馬鹿にするのもたいがいにしなさいよ!もう、出て行け!はやく!ああくそ!ああーっ!

(いなくなる)


おまえにとっての家族はそんなものか。随分あっさりしているんだな。

次男
お父さん。


おまえお母さんじゃないけれど、家族を何だと思っているんだ?ただお金をくれて、食べるものもつくってくれて、住むところも与えてくれる、都合のいいものとしか思っていないんだろう?

次男
そんなわけないだろ。俺だって大事に思っているよ。


だったらもっと何かあってもいいんじゃないのか?ばあさんが死んで、おまえだけじゃない、家族みんながつらいんだ。それぞれが、ばあさんの死に直面して、悲しみ痛んで心労に疲れている。

そんなときにおまえは何の相談も無くそういうことをした。どんな思いか知らんが、おまえのしたことによって家族みんながショックをうけたのは事実だ。それはどうなんだ?わかってくれないとか言う前に、おかしいんじゃないか?

次男
……


その上、出て行くなんて、ばあさんが死んで、家族のひとりがいなくなって、そんなときに出て行くなんて、家族っていうものは、そんな簡単にいなくなっていいものなのか?家族っていうものはそんなものなのか?離れてしまえる、そんなもんじゃないだろう、家族はそんなもんじゃない。

出て行くなんて、冗談でも言っていいことじゃない、言ってもらいたくない、聞きたくもないそんなこと。おまえ、ばあさんがいなくなって何とも思わないのか?ばあさんの死をどう思っているんだ?大変なことだ、耐えられないだろう?

こんなに不幸なことはない、あんまり悲しすぎるじゃないか、絆、絆だろう?家族は絆、いったん繋がった家族ならどこまでもどこまでも家族だ。信じて信じあって連れ添っていくんじゃないか、切れる、誰がそんなことをしていい?誰にそんな権利がある?

家族だけじゃないか、家族と一緒にいるだけで、それだけでいいんじゃないか。確かなものは家族だけ、家族だけは壊れてはいけない、それが欠けてしまうなんてこと、どんなに悔やんでも悔やみきれない、お悔やみ、何も、何も言えない、何も言えない…

別れの言葉、別れる、俺はそんな付き合い方は知らない、俺には、出来ない…もうそんなことはやめにしよう、おまえだって本当は行きたくないんだろう?

次男
泣いている…


お父さんだって悲しいよ、俺が一番悲しいよ。

次男
俺、悲しいんだ…

長男
大丈夫だよ。本当は仲良くしたいんだよ。

次男
そうかな?

長男
そうだよ。呼んできてやるよ。

(長男、出て行き、母を連れてくる)


いなくなったんじゃないの?
何しに帰ってきたの?

次男
待って!やめよう!終わっちゃうよ!


何言っているの?もう、終わっているのよ!
初めから始まってなんかいなかったのよ!

次男
あとで後悔するよ!俺はするよ!


わたしは絶対屈しない、一生、これからも。

(いなくなる)

次男
ほらみろ!終わりだぁ!終わりだぁ!
何もかんも終わりだぁ!


20 悲しみのあまり

次男
…いくまえにあいさつしなくちゃ。


悲しみのあまりお母さんも死にました。

次男
…仕方ないか、もう。


何人も何人も死んでいく…
(呆れて納得したように)

(母、布団の上でうつ伏せになって、つっぷして息苦しそうに死んでいる)

次男
自分ですすんで死んだみたい…無理ないか、俺…

お母さん、ぴくりと目が、ちかちか動いた。

(長男、激しく母の体をゆらす)

駄目だって、

(長男、母に添い寝する)

風邪ひくよ。
(二人に布団をかける)

随分散らかっているな、脱いだ下着と布団でいっぱいだ…お母さん、顔が安堵したみたい…お父さんはどうしているかな…うかれて悲嘆に暮れている、もういいや、当然当然って感じ…

(次男、添い寝する。眠りにはいる)
(長男、起きる)

長男
お母さん、お母さん、安らかな顔をしている……こいつがいるからか、こいつがいいのか、お母さん…勝手なやつ、いいとこどりか、俺のときはこんな顔しなかった。俺が気遣っても、手のかかる子の方がいいのか。ばばと同じだ…

兄は損だよな、下の子の方が世話が焼けるからかまうものな、かまっていれば情も深くなるものな。かかわる度合いが違うよお兄ちゃんは大丈夫って放っとかれていれば気にしなくなって安心、心配していないっていうことで、もっと気にかけてほしいよ…

ばばはもういない、お母さんはまだいるけどいない。俺は何かとり残されたみたいにさびしいなぁ…ばばもお母さんもあっち、二人ともあっちなんてないよ、バランスが悪いよ、ひいきだよ、割に合わない、生きている割に合わない、何でだろう…

こいつ、ずるいんだ、目立つことして、気を引いて、俺の気までもっていく、それで平気なんだ。俺は何も言わない、言ったってきかないし、言って直るものなら言ってるよ。こいつのは生まれつきの性分だ。たちが悪い。

生まれつき損するやつと得するやつとが決まっている。でも自分のことだからな、割り切れない、仕様が無い仕様が無いって、わかったようにしていくのかな俺は…それでもばば、会いたいよ。

俺のことあんまり、あいつほどじゃないにしても、それでもやっぱり、いないとおかしくなる。あわないならあわないなりのバランスがあって、それで生まれてこのかた生きてきたから…こいつ嫌いだ。

(母、起きる)

長男
お母さん、


夢…わたしも悪いのよ。誰が悪い、誰かだけが悪いっていうことはないのよ。

この子はもちろん悪い。それは確かにそう。私からすれば、親の気持ちをないがしろにしたんだから簡単に、はい、いいよって許せるものではないけれど、でもこの子が悪いっていうことは私が悪いっていうことなのよ。だって私はこの子と一緒にいたんだから。

一緒に過ごしてきた責任がある。この子は何も言わないから、何を考えているのかわからない、言うようにしなさいと言って、じゃあそれでいいのか、あとは何もしないでいいのか?そうじゃない、一緒にいるということはわかってあげなければいけないということ。

わかってあげる、この子に気づいてあげる、何も言わなくても、目にみえる何かがなくても、それでも何か、何かこの子の何かを受けとる…夢…この子は仲良くしたいのよ…はぐれてしまった、何でこうなってしまったのか、何か出来なかったのか…みんな、はぐれてしまった…

私は正しい、だからといって他が間違っていることにはならない、みんなそれぞれが正しい、正義をもっている。仮にそれがどうしようもなく、よしとできかねる、悪く思われることでも、それは違うとしても、否定してもそれでも一緒にいる。

拒絶しても糾弾しても離れない。離れてはいけない。見捨ててはいけない。だって、家族だから。私達は家族だから。抱えこまないといけない、良いとか悪いとかは関係ないのよ。

こうなったのはどこかで切れてしまっていたから。ひとりひとりになっていたから。もちろん、ひとりひとりそれはそうだけど、つながっていないといけない。つながりが欠ければ一緒にいても一緒にいないのと変わらない。それどころか近くにいるのに離れていて余計にいたたまれない思いをすることになる。

気をつけないと…家族って難しいわね、少し、ほんの少しでいいのよ、相手の立場にたってあげれば、理不尽でもなんでもその人の中では何かしらの汲んであげられるところがあるから、自分を置いておいて、おもんぱかってあげれば、離れるなんてことはないのに…

みんなのことをみんなにそって考えましょう。この子が悪いならみんなが悪い。罪はみんなのものなのよ。

長男
俺も悪いの?


そうよ。

長男
納得いかないよ。こいつが悪いんだよ、俺はこいつのこと許せない、我慢できない、俺はもういいよ、もうこいつはいい、弟だと思わない。かかわらない。もうきっぱりと、お別れするよ。他人だ。しったことじゃないよ。


あんたそれでいいの?

長男
いいよ。


何とも思わないの?

長男
せいせいするよ。


あんたの、この世でたったひとりの血を分けた兄弟なのよ。私とお父さんが死んだら、あんたたちふたりだけになるのよ、血のつながった家族は。

長男
家族じゃないよ、こいつは。


あんた本気で言ってるの?

長男
出て行くんでしょう?だったら、もういいじゃん。出て行けばいいんだよ。


よくそんなことが言えるわね。あんた、そんなに冷たい人間だったわけ?今、言ったこと、あんた身内に言われたらどんな気持ちになる?考えてみなさいよ。

長男
お母さんだって、出て行けっていったじゃん。


言ったわよ。でもあんたのとは意味が違うわよ。私は、この子のしたことが許せないのよ。やり方が間違っている、でも、そのもとにある部分ではわかるところがある。感情的にはなったけれど、この子自身を憎いと思ったわけじゃない。

でも、あんたのはもうまるっきり切っちゃってるじゃないの。人としてどうなのそれは?あんたの気持ちがわからない、あんたの方がお母さんにはわからないわ。ねぇ、何でだよって顔しているけれど、ちょっと反省したほうがいいわよ。おかしいわよあんた。

長男
俺だって、そうしたくてしているわけじゃないよ、でも、もう嫌なんだよ。


いい?この子は悪い。でもね、お母さんからすれば、あんたが今言ったこと、あんたの方が人としてもっと悪いわよ。


21 あくま

長男
何で?良い子にしていたのに……おかしいよ、あいつは好き勝手しているだけなのに良くて可愛がられて、俺だってやりたいよ、でも、俺までやったらおさまりがつかない、しょうがない、しょうがないって……

それなのに、お母さんは俺が悪いって、何で?良い子にしていたのに悪くて、あいつは悪い子なのに良くて、ぼくは良い子なの?悪い子なの?どっち?何か今ぼくは傷ついているみたい……

わかんない、何かいられない、お母さん、家の為にぼくはやっていたのに……怖い、お母さん、怖い、どうしよう、お母さん、謝ろうかな、でも、ぼくが悪いのか?それに、いや、謝る?良い子のぼくは良いことをしてごめんなさい、とても間違っていました。良い子はいらないって……

ぼくはあいつみたいに悪い子に?でも悪い子はあいつがもういるからいらない。ぼくはいらないいらない……どうしよう、ぼくはいらない子……何か、何かないかな、ぼくの場所、何か……何かしなくちゃ、ぼくの意味がない、いなくてもいいことになる……

意味、意味、意味がほしい……良い悪い、良いは駄目の烙印で、悪いは歓待されて、立つ瀬がない。それでは悪い子はもういます、もっともっともっと悪い子はどうかな?悪い子が可愛いがられる時代なら、もっともっとならもっともっとなんじゃないかな?

もっと悪い子って何だろう?あいつは大悪だから、よっぽどすごくないといけない、きちがいだから、手がつけられないくらいに暴れだす、頭にきたら、見境なくまわりのもの投げ散らして椅子から机から何から、しまいにはコンパス、文鎮、画鋲キックだからな、えらいやつだ、下手すれば死んじゃうよ相手は。人殺しだよ人殺し。

人殺し、人を殺したことはないな、あいつ、人殺し、じゃあ、人を殺せばいい、人を殺せばあいつに勝てる、人を殺せば一等賞だ。だれを?どうやって?嘘だ。殺すなんて怖い。ぼくは、人を殺すのかな、ぼくはどうなってしまうのかな……

……おおおおおお あくまです おおおおお
まっかまっかまっかっか 
まっかっかのぼくのかお 
まっくらくらからやってきてぼくにいう 
ころころころせころころせ 
ころしてみろよやっちまえ 
きぶんがわるいよやめてくれ 
ころせばらくになるよたのしいよ
ころせばあいてをひとりじめ 
おまえをみとめてくれるよ 
おまえじしんをしょうめいするんだ
きざみつけるんだ みてみてみてよもっとみて 
いるいるいるよここにいる 
あなたのひとみでみてみてよ 
あなたのひとみのまんなかの
あなのあなのあなのなかに
ぼくをいれてくださいあなたのひとみにいたいいたいいたいいたいいたい
いたいいたいいたいいたいいたいるいるいるいるいるいるいるいるうわぁ
うわぁうわぁわぁうわぁうわぁうわぁわぁうわぁうわぁうわぁうわぁうわぁ
うわぁうわぁうわぁうわあうわあうあううあうわうわあうあううううううう
あ う あ う ああああああああもうだめだもうとまらないうわあ

情景描写がない 背景がない
こうすることでぎりぎりとどまっている

理解しようとするな わかるな 
……正気、どこまでも正気。
気が狂えるやつは幸いだ。
あなたが傷をいたんでい 
わたしはいきすぎてもどれず 
死にませんよとうそぶく。ひとりぼっち。
罪はあかるみに 
いたましくいたいいたい爆発の叫び 
いいものをつぶしたい 愛していたのは 
いつまたありふれたものがたりにかれるか 
さかなはいい まいていったら針のむしろ 
集まろういいからひとつくらいはこころという 
まぁできたらひとつはね 
あくらさいたらお気の毒さまだ 
ただいいものひとつつくろうよ
愛はかえってこない 罪はあつまらない
愛してる いつまで?
補償つまがあいならバイバイだよ 
親指小指間にあるのは 薬 おいていかないで 
悪意の花ひとつ 頭の先から不具 
先に立っているぼくとしとり 
半分はあなた 女はひとみ 
ひとみのなかからこども 
8になると紙 19で26 
いつまでも特にああ いとしの雨照の秘密
サキニアナタノホウカラドウゾ
ニクニモドシテ アナタハドウゾ
カマスヨ アッチニイキタイカラネ
生成の方法メツクルカラアカミドレミ
タケイノチアカキレニイチタラハキラレタシマイナアマレナのホロ
ぼくはね、なかなかいないよ
敵にはとられないでしょう
罪はあつまらないから 
ぼくが殺したぶんだけうまくなるようにしむけるんだよね、
愛が少ないなら言わないでもね、ひとつ、愛、
そのすきだらけきつい一撃
女の尻からすの突撃はねをもいだら
はねとからだのどっちが とんでいった 
いきんででてきた
赤いもじりのついた犬猫たちののう、
めのうはうにとまぜてみたい 
やわらかい殺し方、いつくしみ 連れ去って
闇におかされつくした白 
白の闇においていかれた神隠しにあって 
かいわれのひよわさは
あわいのときをかばっている
官能の人好き好きの人 
あまり強いともうからないから 
小さい人は幸いで 
頭頂部に 月をたしなんでいます
   
こえをだしたらまかれるよ

またきたのか 
でももう終わりはないからもどれないよ 
できればきみの死に顔をみたいけれど
ひとつきにはいかないからひとつひとつ 
まず手を外して とばして 爆発する 
ちりじりになった灰にまみれて 
ひみつのままのせかいに
ひとりがふたりふたりがよにんと
ついにはもみくちゃになって
ひとつの肉ひとつのかたまり
太陽の排他のすえたにおいにまみれて

(祖母、現れる)

祖母
ひとりひがな暮らしていますよ。

長男
元気ですか?

祖母
ぼちぼちやっていますので、ひとりはいいものだよ。でも、暇をみつけて会いに来ておくれ。かえりはわからないけれど、あしたはきのうきのうはおとといおとといきたらまたあさっておいで。

めぐっていったらいまにかえってくるかもしれないし、いつでもいいからね。ああ、わかったよ、できたらひとつだけ安心させてほしいのさ、あたらしいひとのたましいをあげておくれよ。

長男
ぼくのをあげるよ。

祖母
まつりのさなかにひとついいことをおしえようか?いのちはばらばらなんだ。
ひとつだけじゃいのちにふさわしくないからね

いいからかしてごらんよ 
ぶ つぶれたね 
うみこんでばける 
いついついついついついついつい……

長男
なくさないように 
もってたしかめておかないと大変だぞ  
とられたらひとつひとつだ 
いつもどおりみこいる 
ひとのひとりひとりに刻め 
もし罪ないならもうしめるしかない 
いつころのひとつは
もしもしいますか
いませんよ
ならでてくるなよずっと
でていくよ何?
死んだらどうなる?
もう聞き飽きたけれど 
オヴジェの世界はとまってはいない 
だからものが散乱しているよ 
とんでつかまらないと大変だよ 
どこまでいくのか…… 
川 もう死んで底についたかな、いつかはあがってくると思って待っているんだよ
あいさつしない子が増殖すると あきられ連れて行かれるんだよ 
まるで何もしないから いるのはたくさん嫌だ
殺してとばして踏み台にしてもえた
 
申し訳がたたない

君はつまらないことになやまされているんだね 
赤いのれんをひきちぎった先にあるのは 
すけた意味のうすい手のひら 
いつまでもくるみますよ  
 
悪魔
あくまです

長男
先生!先生!教えてください!ぼくはどうすればいいのでしょうか?
何とか猟奇的殺人だけはまぬがれたいものです。

悪魔
君の前には一本のロープが張られている。空中たわみゆれている。君は一歩一歩足を前に送り出す、遠くをみて足元は決してみない、ゆっくりゆっくり……用意は全てできている、簡単だろ?

長男
でも もし踏み外したら、

悪魔
つぶれるね。だがここは勇気だ。自分を投げ出す勇気、ひとおもいに。何なら背中を押してあげてもいい、大丈夫、なんてことはない。君は立つ。ロープの前に立ちさえすればいいんだ。あとはながれにまかせておけばいい。

さぁ深呼吸だ、すってーっ、はいてーっ、ひとーつふたーつ……
 (長男、まどろんでいく…)

 (スーパーマーケットにいる)

長男
お買い物お買い物お買い物……
お母さんに頼まれた、お母さんのほしいもの……これでいいのかな?

(品物のなかから肉を選んでレジにもっていく)

悪魔
買うものを間違っているぞ。おまえの買うものはこれ、いろとりどりのチョコレート。

長男
でも頼まれたのはこれ。

悪魔
馬鹿だな、こっちの方がいいに決まっているだろう?みろ、これおまえほしいだろ?

長男
うん。

悪魔
お母さんも確かに頼んだものはそれかもしれない。けれどこれを持っていってみろ、よろこぶぞ。あんまりおいしいんでとけてしまうぞ。おれがつくった最高傑作だ。

食べたらな、きもちよくなってうれしくなって見境なく、余計なことを考えなくなっておまえをみてくれる 
おまえといっつもいっしょにいてくれる 
おまえとお母さんでひとつになれる 

きいろしろくろたくさんのいろがぐるぐるまざってひとついろ
ひとつがいっぱいの味なんです 
ままとおまえでおまままえだ 
夢のようだろ?これっきりだぞ 
機会を逃すと後悔するぞ 
お母さんのおちちよりおいしいぞ 
おっぱいおっぱいおっぱいぱい 
ぬくぬくめりめりふにゃふにゃとろーん 
とろけてしまうよ

長男
いいなそれ


22 砂場

(砂場。次男、スケートボードに腹ばいになってこぎまわる)

次男
ぼくは砂になる。真っ砂人は砂にどういう陣を描くのだろうというときにはもう回っている。ぼくは低くなる。もっともっと…

(母、あらわれて)


何しているの?

次男
遊んでいるの。ぼくは家出したのです。


帰ってこないのね?

次男
はい。


じゃあ死になさい。

次男
…って言われるのが怖くて毎日生きています。
ぼくは低くなってみるのです。まだ親しかったころに恋慕して回るのです。お母さん。
ぐるぐるぐるぐる。そうしたら出られなくなってしまいました。出るには描いた輪を壊さなければなりません。

だからぼくはとびましたよ。お母さん、ほめてください、お母さん。いい子でしょ、なでてくれますか、お母さん。
でも、ままのみるくはいりません。


23 カルガモ

(父と母が向かい合って深刻に話をしている。傍らに長男、次男、祖母。皆正座している)


私、別れたくないんだけど。別れたら、私のかわいい二人の子供と離れ離れになってしまう、嫌よそんなの。


その心構えは二十五年前と同じだね。そんな事言ったって仕方ないだろ!

次男
待ってよお父さん、怒鳴っちゃ駄目だよ。俺、家出して今帰ってて、途中でわからないけど、怒鳴って濁すのは違うっていうのはわかるよ。ちゃんと話しなよ。


あなたはいつもそう、わかっているのよ。
そんな風にしたって駄目よ。

(祖母、肌色の丹前を羽織ろうとしている)

次男
ばば、それ裏返しだよ。

祖母
ああそうかい…


もういいわ。あんたたち、見ていたでしょう?もしあんたたちだったら、お母さんになんて声かけてくれるの?やってみて。

次男
…あの、えっと…

(母、指で時間制限のジェスチュア数える)

あの、俺、最初やってて、いろいろやってて、いままでのためてて、前のぽしゃって、今回のもしょぼくて、で、駄目かなーって……でも、いいなって思ったんだ!


そうよね。

次男
いいなって思って、ただ、俺なんか、みんなあれで、けどみんなみんなでいっぱいいっぱいで、俺のこと見てくれなくて、いられなくて、場所がなくて、


そうだったっけ?

次男
俺、やりたくて、

(次男、ダンボールから、紙でできたカルガモ、カニを取り出す。関節が糸で可動するようになっている。川、草のセットもある)

おんぼろ、でも、なんとかならないかな……俺は何やったの?…あれは、あの動きに合わせてやったんです…そう、あの動きが大事なんだよ。

(次男、紙パーツを配置して)

カルガモは、スーッと川の流れにのっていきました……カニ。当たるとバインッてきて死ぬよ。あー危ない!あーバイン!

(カルガモ、カニに当たってとばされる)

 ひゅるるるる……

(とばされたのを、次男、うけとって)

とってもらうの好きなんだろうし、
お父さんもお母さんもこういうの好きだよ
なつかしいな、
くみこまれるのが かたちにすぎ   
さいごのばんさん

(次男以外の家族がいなくなる。代わりに家族の紙人形がある)

みんな、布のように
ぺらぺらになってしまって
模様がかたちになり看護

お母さんすえひろがり
かおがぴかぴかひかっている

お父さんへいばんいしのひと
ズドンとたっている

お兄ちゃんコのじがた 
ちんまりちょこんと
よわそうにすわっている

おれわかわかてをひらいて
ばんざいあるきしている

ばばさいきょうがたいがいい
うでがあしみたいにぱんぱんしている

お兄ちゃんおれのうしろで困ったかおして
しんぱいしょうでふたりでペア

お母さんがうえお父さんがした
ばばがよこでみまもっている
だからあんしんしてあそべるんだ

……やっぱりこわい……

母の声
すぐにこえにかわるわよ

次男
そうですか……


24 ふわふわ

次男
掃除をしよう。冷蔵庫とごみ箱の隙間に、乾いた小ぶりな毬藻のような埃玉がたまっている。掃除機でとろうとすると届かない。延長ノズルがなくて、そのままでも少しはとれるけど、ヴィーンヴィーン…

(長男、階段上、わきの壁から顔の上半分、頭と目のところまでをひょこひょことのぞかせる) 

何、ねーなーにぃねぇぇ なぁにぃい…

(次男、必死に長男に呼びかけようとするが、どもり、うまく言葉にならない。からだにスローがかかってしまい動けない)

(それでもなおも続けていると、長男いなくなり)

長男の声
親愛なる弟君へ 
お元気ですか?
あなたは今何をしているのでしょうか
もしあなたが今家に帰ってきたとしても
家は何も変わりません。
家のみんなは何もなかったかのように
おかえりと言い
笑い、おかえりと言うでしょう。
みんな何事もなかったかのように
あなたを迎えるでしょう。
だから帰ってきて下さい。
いいかげんにふわふわです。
不安でいっぱいです。あなたはいったい
どういうつもりなんでしょうか
もういいではないですか。
とにかく願いのようなものがあるだけです
帰っておいで。


25 大工の日

(祖母、現れて)

祖母
ばばはこれからお母さんと待ち合わせて会う約束をしているけれど、おまえも来るかい?

次男
おれはもう二度と会うつもりはないよ。

祖母
そうかい…ばばは長くはないんだから。

次男
何いってるの、今いくつだっけ?

祖母
九十四だ。

次男
全然そうはみえないよ。わかいわかい、大丈夫だよ。

祖母
そうかね……

次男
…日曜日は大工の日!いいお天気!
青空高い高くひろがって美しい青空!
こんな日は家出もやめて家に戻ろうかな、帰ろうかな…
何か久し振りにこのあたりにくると、閑散としているな。
なつかしい…家に帰ってきた。
文房具屋さんになっている。

祖母
これ、腹の足しにしな。

次男
つめおりの和菓子、こんなにいっぱい。

(次男、視線を感じ、振り向く)

長男
またおまえだけか。
(じとっとみる)

次男
兄さんのは?

祖母
ああ、あるよ。ただこんなに多くはないけどね。

次男
あいかわらずだな、ありがとう。


26 帰る

(家の前)

次男
帰る。どうなることかと思って、

(玄関先をのぞくと、長男にみつかる。次男、離れて)

どんな反応をするのかな?激怒かな?グーつくってぶんなぐられるかな?しかとかな?

長男
あ、おまえ帰ってきた、(柔和に)
お母さん会いたがってるぞ。

(家の中へ)

次男
予想外に温かくというか抵抗なく、でも、お母さんはどうかな?お母さん、お母さんは俺に、わかってもらおうとしたのって言ったけれど、もう聞いてもらえそうになかった。

何か、間にあったものなくなっちゃって、どうにも見捨てられたような、居心地が悪くて、場所、俺の場所、場所、場所は最初からあるものじゃなくて自分で創るものだって、それはそうだけどみんなで、俺ひとりじゃないから、俺ひとりでどうこうできないから、もう交わる可能性がなくなっちゃった。

お母さん、どんなに怒られても、根っこのところではいつも味方だった、お母さん。確かなものがなくなって、もういられなかった。からだがその場にいられない。

とにかくどこかここじゃないところに行かなくちゃ、たまらなかった…お母さん、お母さんだ、お母さんがやってくる。俺に向かってまっすぐに、どうなるか…

(母、次男の前に来て、次男の顔に向けてひっぱたく手振りを二回する)


あんた何やってたのよ。おかえり、上がんなさい。何か食べる?

次男
ちょっとさ、外出ようよ。散歩しよう。

(母と次男、並んで歩く。何も言わずにしばらく歩く)


どこに行くの?

次男
いや別にどこに行くわけでもないけど、家でいるよりは距離が、按配がいいと思って。気恥ずかしいものがあるし不安もある、ほっとして、でもよそよそしくてうれしい、話をする事はいっぱいある。

(帰ってきて)


おかえり!おかえりなさい!帰ってきたのね、いいのよ、何か食べたい?何かつくろうね。


帰ってきたのか。何しに帰ってきた、それなりのことをしてもらわないとな。覚悟をみせてみろ。


あなたとこのままここにいるの?

次男
いや、もう自分の生活、住むところもあって、そういう訳にはいきません。第一記憶がないので。ばばといっしょ。わたしは記憶を失って感動もなく、ただみつかって連れとして、ばばのついでということで来たのです。


あっそう。

次男
久し振りの我が家。兄さんの部屋は趣味の宝庫だな。フィギュアが机上に立ち並び、銀色のちっちゃなキャラクター達がいっぱい。へーっ、ファミコンって、こんなコントローラーだったっけ。

(長男、ゲームをしている)

夢中だな。指さばきが速い。やりこんでいるんだな。何か、どうなっているのかと思っていたけど、つきつめて商売にまでしちゃったんだ。いいな。

(離れ、応接間に行く)

ばば、はやく予定通りやってよ。ちょっと本を借りに来ただけで、すぐに帰りますってやってよ。

祖母
知らないよ。言う事なんかきかないよ、そういうだますようなようなことは初めから嫌だったんだ。自分でやりなよ。

次男
いいかげんにしろよ本当に。

祖母
迫ったって駄目だよ。

次男
それならもういい。その代わり何も言うな。ばばなんかもう知らない。

祖母
そう、それでいいんだ…もう帰っちゃうのかい?帰っちゃうよ。

次男
……

(帰ろうとする。玄関で靴を履いていると)


いいでしょう、わたしはこれから料理。おいしいものなの。今日はこれからクリームいっぱいのスパゲテッティとグラタンをつくるのよわたしは。

次男
そうですか。


いいでしょう、わたしはやることがあるの。新しいことが。

次男
あ、そう……

祖母
いいのかい、帰らして。


せっかく食べさせてあげてもいいかなと思ったけど、いいから好きにすれば。

(次男、出る)

次男
お母さん、さびしそうだったな。静かだったな。怒られるかと思ったけど…淡々と涙がこぼれていたな…うちの家族、もしお母さんが死んだらどうなるんだろう、支えられなくなる…俺も、おじちゃんになるのか、兄さんに子供ができたら。想像もつかないな…


27 最後の晩餐

(タイルばりの風呂場)


あのしみ、何なのよ。

次男
いや、俺だけじゃないよ。あんなにいっぱい…何だよ、俺って言いたいのかよ?


そうじゃないの?

次男
ふざけんなよ、俺だったら今、ばばが俺の布団で寝ていられるわけないだろ。


そうねえ…

次男
あれ…おかしいな、確かなのに…畜生…はっきり言いやがれ、偏屈野郎…

…ほろほろものやどうしょうもなく 
彼岸花やおしつけられて黒岩石…

どうしよう、体中でうぞうぞ繁殖して、食い破られたら消化しちゃうか。
何か…家族がさびしいな…

(次男、便所に入っていると外で話し声がする)


出てこないな。遅くないか?

祖母
何かあったんじゃないのかね。心配だよ。


開けよう。

次男
入ってます。大丈夫です。

祖母
いや、心配だよ。開けたほうがいいよ。


あと一秒して出てこなかったら開ける。

次男
えっ


よし、開けるぞ。

(父、ドアの連結部の隙間にナイフをつっこんで縦に切る。金具がとれて、ドアが開く。祖母が入ってくる)

次男
何やってるんだよ!入ってるって言ってるだろ?何やってるの、ねぇ?

祖母
いいんだよ。心配だったんだよ。

次男
出て行けよ。尻もふいていないしもういいよ。
そのままズボンをあげてしまいには乾いてがびがびになってしまうだろうけれど、どうでもいいやもう。
さも当然と言わんばかりの顔して、開けたのはいいけどあとは無言でまったく上手いや。汚いよやり口が。出て行くしかないな。かといっていくところもないし。

長男
ありますよ。うちに来なさい。
いいんですよ、さぁ、使って頂いてね、遠慮はいらないよ。さぁ、この場所、わたしはあなたにこの場所をあけわたす。自由にしていていい訳だ。そうしてあなたは、ここにいる。

わたしのわたした、でも私の場所、にいる、場所をわたしたわたし、当然わたしには権利がある。場所にいるあなたのからだ。わたしの場所にあるあなたのからだ。からだ。

大事な兄弟が危機的状況に陥りそうだ。混じりっけなしの無垢のままでは、入り込んでしまえば一色、ただ汚れてしまう、混ざってしまう。白は白のままがいい。かなしいことだろ?仏壇の前で

(長男、次男に執拗にくってかかる)

次男
俺悪いんだろうなぁ、怒られるかなぁ。


あの子悪い。あの子だけががんなのよ。
いいかげんにしなさい!立っていなさい!

次男
もう俺死ぬんだよなぁ。期限を知って
どうしよう…知ってのひとつひとつの行為…


食事をしましょう。みんなで食事。できるかしらね?

次男
つくろうよ、みんなで…台所、じゃが芋を洗い、皮をせっせと手早くやらなくちゃ。

(父と長男が、もこもこした上着を着て、左右から挟んでくる)

ふにゃあ、駄目だよぉ。立ってられない。

(力が抜けて芝居がかってしなだれる)

できるのにぃ、そんなのされちゃできないよぉ。

(薄暗い台所は斜光、とばりがおりつつある)


もう無理かしらね。終わりつつある。


最後の晩餐。手向けにし、食卓をみんなで囲めるかどうかで成否が決まる。

次男
ちょっと遊びにいってくるよ。


どこに?

次男
遠出はしないよ。ちょっとそこらへんをぶらぶらとね。


ねぇ、ばばだってあんただって、悪いことしたら、謝らなくちゃいけないんじゃないのかね。

次男
何言ってるんだ?

祖母
逃げるなー。

次男
そんなだったら、俺も二度とばばの話なんてきかないよ。

祖母
おまえそんなこと言って、この子はきかない子だよ。ああ、かぶなんて煮たら、風邪ひいちゃうかもしれないね。

次男
えっ、そうなの?…うんうん、ひくね、絶対に、そんな気がする。

祖母
こんなにいっぱい野菜があって…マリネにでもしようかね。
ほら、ほかにも陳列ケースの類にはアジのひらきやら肉やら刺身やら玉葱のスライスやらいっぱいだよ、整理しなくちゃね…

(挟んで持とうとするとみんないっしょになってしまう)

どうでもいいかね。

次男
俺がやるよ…うまくいかない。アジの首が柵にひっかかってとれるだけ。どうでもいいか…
あーあ、やだなぁ、俺、普通の家がいいな。疲れるよ。


何よ。

次男
お母さんは休みなよ。俺がやるから

長男
そう思うんなら食べろよ。せっかく作ってあるんだから。

次男
うるせえな。おまえには聞いてないよ

(長男、料理を始める。野菜を切る軽快な音)


わたしはお兄ちゃんの方が上手いと思うけどな。

次男
別に今日はそうしているわけじゃないし。

長男
うるせえよ。言ってろばーか。悔しいか?

次男
いいから作ってろよ。うるせえよばか。

長男
何だこら、おい、

次男
お、何だ包丁持って向かってくるよ、おい。

長男
ばーか、やんねーよ

(包丁のへりで次男の頭をこづく)

次男
なんだおまえ、やんのか。やるぞこら

長男
おい!こいよ、おい!くるのか?こいよ!

次男
興奮してんじゃねーよ。おまえなんかには負けないよ。

(殴りかかるが当たらない。拳をつかまれる。離れて)

…いくら殴ったって駄目だね。気が晴れるわけじゃなし。俺はいいんだよ、これで放っておいてくれ、相変わらず人をぼこぼこにして、みる人も構わず。

長男
やってみろよ、おい、いつでもかかってこいよ。

次男
俺が何もしていないからって何もしていないなんて思ってるんじゃないよ。みて、思ってるんだよ。何もしてないなんて思ってるようじゃ駄目だね。

(次男、長男をひっくり返して、仰向けにして、両手の上に膝をおいて固定して)

どうだい、こんなに簡単に出来てしまうんだよ。兄さんも咄嗟とはいえ悔しいだろう、こういうときは謝って、降参してしまうのがいいだろう。お母さん、どう?


勝手にすれば。

次男
何でこうなるのかわからない。こうなっているんだ。

長男
相変わらずだね。


好きにさせておきなさい。

次男
そう…そうか、わかったよ。ばいばい。

…銀河で阿修羅が苦悶する 桃色袈裟着け仮面顏
両手で左右の顔をおおっている…

…今はすぐにでもステージに立ててしまえるんだから。普通に暮らしていた娘子が黄色いきらきらスパンコールの衣装を着てくるくるまわって歌っている……

ああそうだ、このご飯だけは、持っていってとっておかなくちゃ、ありがたい大切な漫画、桃色の写本、みんなに見られたら恥ずかしいようなものだけれども、孤独だっていいさ。


(一段小高いところに和式トイレ、タイル張り。銭湯みたいに生々しい。長男、またいで座っている)

長男
いつまでたってもドアを閉められない。おまえがいるから。俺は何をする訳でもなくもてあましている。出て行けよ。お母さんやっぱり駄目だよ、あいつ我慢できないよひどいよ。あいつ、俺我慢できないよ。


そう、わかった、限界かしらね。お母さんも何とかしどころだね。

次男
結託か、冗談じゃない。俺の気持ちもわかってよ。
豆腐を指で、ずぶずぶとつぶすように、てっとり早く食べると何故か歯が黄ばんでいる。豆腐は白いのに何でだろう?
ばば、助けてよ、いないの?悪だって味方がほしいよ。

(祖母、白いかっぽう着を着て、コタツに入ってうつらうつらしている)

…寝かしといてあげようよ。

長男
ね、ばば、これもらっていい?

祖母
いいよ。

長男
本当?

次男
悪いって。

長男
もらっちゃおうよ。

次男
それはばばの大切な納豆…

(祖母、静かに納豆を手でつかみ、水に混ぜてぬめりをとり、何粒かしかないのを分け与える)

祖母
おまえは何人だい?

次男
うん、一人なんじゃないかな。

祖母
そうか…おちおち寝てられないね。

次男
ばば、そっと出てきてくれるのはうれしいけれど俺は大丈夫だよ。


(次男、夜中に起きて、暗がりの中、家の階段を降りていく。朦朧として降り、ガタガタかけて踏み外し、宙に浮く。)

次男
あ、駄目だ、

(回転して頭から壁にぶつかりそうになるが寸前で停止する)
(壁がありありと…)

(ほー 水の流れる音がする)

何かが自分のからだのどこかで他人のように流れている。下半身に冷たいものを感じない。音の割には枯れているようでもあるし…これ、死んだのかな、ちょっと動いてるみたいだけど…

(次男、視界の端に母が、トイレに入っていくのをみる。母、スーッと、白々と発光点滅して無表情に。次男、後をついて、トイレのドアを)

あ、違うんだよこれは、何でもないんだよ、これは俺のじゃないんだよ(下半身をかばう仕種)、白い寝巻きだからどうしようもない余韻なんだよ…

(母、うつらうつら)


おまえ、本当は何なの?役者にだって、本当になりたいものなのかどうか?よく考えなさい。

次男
言われると確かにそうかもしれない。自分は何なんだろう、俺は……考えなければいけないな、あいつも努力しているんだな、お母さんは何か嫌なことでもあったのかな?

ばばが痴呆でぼーっとしているのはいつものことだし、いつものことがいけないのかな?テーブルクロスは直したのにな…

(食卓では祖母が食事を準備中、それをみて)

あとは電子レンジで一品、チンを待つばかり…

祖母
全く、早く食べろって言ってるだろ!
全く呼んでも誰も来やしない。誰も食べてやしないじゃないか!

(テーブルには、ラップにかかった皿の上、ロールパンソーセージが三組)

次男
いただきまーす。

長男
食べる食べるよ。


28 おみやげ

祖母
さぁ出来たよ。どんどん食べておくれ。おまえの好きな煮しめにコロッケだ。あったかいうちに食べな。

次男
いただきまーす。

祖母
おかわりいっぱいあるからね。ほら、さつま芋蒸かしたのもあるし、カレーもあるよ。

次男
ばばのカレーおいしくないよ。何か水っぽいしいつも味が違うし、何よりご飯が出来たてでびちゃびちゃのまんまにかけるから冷まさないといけなくて、待ってたら、もうご飯とカレーが混ざっちゃってぐちゃぐちゃ。

祖母
何だ、嫌いなのか。おまえは何も言わないから、わからないよ。黙々と残さずに食べるから、好きなんだとばっかり思っていたよ。じゃあ、何が好きなんだ?

次男
やっぱりコロッケかな。外で売っているのと全然違うんだもの。外で食べたとき何これって、がりがり固くて衣ばっかり厚くて何か黒いし、ばばのはほっくりしてて、あつあつでぱりぱりでバターたっぷりで、うずらの卵とかコーンとかそぼろとか入ってて、とにかくボリュームがあって、それが四個も皿にのっかってて、抜群だよ。

祖母
そうかい、そんなに好きかい。うれしいね。つくりがいがあるってもんだよ。

次男
でもおいしいっていうと、ばば、一日おきとかで連発でだしてくるからあんまり言わないほうがいいかな。極端なんだよ、やる気が無いときはお刺身のパック、スーパーで買ってきてそのまんまだしてそれだけだったり、つくるときはおかずだけで四品も五品もあったりさ。友達がきたとき、全員食いきれなかったもの、ばばのご飯。俺は慣れているから平気だけど。

祖母
いいんだよ育ち盛りなんだから。いくらでも身になるんだから、子供はね、いくら食ったっていいんだ。牛乳飲むかい?

次男
いや、いいよ。とにかく食いきらないと、だされたものは全部ね。残すなんてのは家ではないからね、せっかく作ってくれたものは、もったいないからね。

祖母
ああ。

次男
…ばばさ、ひとがご飯食べているの、じーっとみるの、やめてくれない?気になるんだよね。食った気がしないよ。

祖母
ああ、食べているのみるとね、食べてくれているってね、いうのがいいんだよ。

次男
まあ、いいけど…おいしいよ、ばば

祖母
そうかい。

次男
ばばの味だ。たっぷりたっぷり…
ああそうだ、ばば、これ、あげるよ。

祖母
なんだい?ケーキか。

次男
前にさ、母の日にさ、俺がお母さんにカップ入りのケーキを買ってきたことがあったの覚えてる?そのとき、ばば、わたしのはないのか?って言ってさ、俺はお母さんの分しか買ってなくて、お母さんがあるわけないでしょ、母の日なんだからわたしのだけよって、ばばに言っていたけれど。

まあ、当たり前といえば当たり前なんだけど、何だかそのときのことが印象に残っていて、ばばの残念そうな顔とかね、ひっかかっていてさ…そのすぐあとか、ばば、具合悪くなって、死んじゃった…わからないもんだよね、そのときは元気だったのにね…

何で買っていってあげなかったんだろうって、
そんなに高いものでもないのに、ちょっと気をきかせればいいものを、ね、まあ後の祭りなんだけれど、うん、そのとき買っていってあげればよかったんだけど。

でもね、こうして機会があってよかった、よかったら食べてね。そのときに欲しかったものだから、今はいらないかもしれないけれど。

祖母
ありがとうよ。

(次男、ケーキを渡そうとすると、祖母は消える。覚める)


次男
俺は何も感じない。ばばが死んでも悲しみとか、涙がでない。お母さんが泣いているのをみて、俺は何で涙が、泣けてこないんだろうか、受け止めていないのか?ばばの死を?逃げているのか?現実から?よくわからない。

ただ力が入らない。何をするにもやる気にならない。ただため息ついてぽけーっとするだけ。淡々としているんだけど。少しは悲しくなってもいいのにと思ったりするけれど。

しいて言えば、ばばが死んでから羽虫が周りを飛んでいると、払ってもしつこくまとわりついて離れないのをみると、これはばばなのかなぁって思ってつぶすのをやめたり。

何ができる?出来ないけれど、手を合わせてお祈りしたり仏壇にお供え物買ってあげたり、それくらいしか出来ない。どうかな?もっと何か、忘れていく、離れていくのがいいのかな?いつまでも思っていてあげるのがいいのかな?

どちらがばばのためにはいいのかな?わからない。わからない。答えは出せない。こうだと決めるのは逃げているような気がする。このままぐるぐるしたままを抱えたままいくしかないのか?わからない。

俺が不孝者であったことに変わりは無いし、死んでからお祈りをしたりすることで許されるわけもないし、自分を慰めているだけなのかもしれない。甘え、行為をすることの中に。

でも、することもないし、せめて何か、何かないかなって…ばばが幸せ者だって死んでいったのは、それはそうなんだろうし、かといって俺がしかとしたことで寂しそうな顔したのもそうだし、どうするかな…


29 バウムクーヘン

次男
……バウムクーヘン たべられなくなった
だいすきなふかふかのバウムクーヘン
いつもあんなにいっぱいたべていたのに
のどにつまっちゃってのどをとおらない
コロッケもあつあつのパリパリの
ころもがむけてゆげたっぷりの
こんがり色のコロッケ もうたべられない
ゆめをみている あにきくるしそうだ
でもわかる かわいいやつだ
となりでねているんだけどなぁ
ねがえりをうってよりそってくる
それはそれでくるしいのか
いやなかおするけどぜいたくものめ
おれなんかまいにちはしりながら
りんごはんかけと しっぱいしたけど
骨までしゃぶって かみながらダッシュだ
……お母さんと離れてもう随分になる。


30 青い渓谷

次男
まっくら青い渓谷。深い溝を隔てて、崖が切り立っている。崖際に点々と石畳、細く白糸の川が一脈微光している…

お母さん、この渓谷はお母さんだ。まっくらまっくらだけど、わかってもらえるだろうか、わかってもらえたのかな…

ほんのり明るいかさ付きの裸電球、それでもぼっとかすかにしかみえないけど、いつのまにか赤マジックと赤ガムテープで歩いてきたところが印されている。来たって点々と…

コーヒーを入れる空き瓶を持って、シジミチョウを捕まえる。水仙の花の白紫地に落ちていたり、花に集まったり、ちょっとつまんだだけで粉になっている。気をつけて瓶に入れたけど、ふたしてないからとんでいった、ラップしようか、逆さまにすればいいかしら?

…わかってもらえたかな?
こんなことでもぼくはやりがい、自分のすることをこれでいいのかな、みつかったかな、とにかく集めよう…

お母さん、みている人の目を感じるけど、人知れず大変な事になっています。突然足の下がなくなって緩やかに落ちる、お、するといき、やばいなと思う。

とっさに後ろに手をやって、岩のくぼみに手を入れ、入って、足も何かについてひっかかって、岩が丸みをおびた顔になっている。目にひっかかったかたちで危うくひっかかっている。

落ちたら果てしない…かな…もうちょっと生きたいかな…せっかくだから…って思った…兄さんに助けられたような気がする。生意気にも。


31 待合

(母、現れる)


あんた、久し振りね。

次男
うん。


さぁ早く行きましょう。ばばも元気じゃないから。あんたの顔がみたいのよ。

次男
うん…

(病院の待合室の机、次男と母、並んで座る。母は何かおかしい、頼りなげにみえる。妙に弱々しく、次男に対して他人行儀、目のまわりに白い粉がふいて死を思わせる。)

…恋愛しているみたいだ。しているんだ。
そんな気がする。どこかで告白を期待している。でも執着はしない。


何かあるんでしょう?

次男
何もないよ。


何かあるんでしょう?

次男
何もないよ。


何もないわけないでしょう。言いなさいよ、いいから……

(祖母がのぞいている)


あんたがいると言いにくいと思ってやってるんでしょ、あっちにいってなさいよ。

次男
別に何にもないよ(しきりに首がつまって、こっているように指で押して)バイトだって嫌だけどつづけるよ。お金ないし…別に何もないよ。


あ、そ。お金も要らないのね。はは、いいのよ…あんたがいいならお母さんはね。

(次男、具合悪そうに首をしきりに気にして)

次男
もういいでしょう?


32 ほこら

(祖母、青光りの部屋で一人、布団で寝込んでいる。そこに次男が入ってくる)

次男
さびしいひかりを待つばかり…

祖母
なかなか話せなかったから…

次男
ひとしくすみやかに…ばばの死をおもう…

祖母
そんなに簡単にはいかないもんだよ。

(次男、祖母のお腹辺りに添い寝する。丸くなり、祖母の顔を下から見やる)

祖母
何しているんだ?

次男
ばばの鼻のあな。

祖母
おかしな子だよ…

次男
うすいかげろうむらさきの 
いっとき抱かれて菖蒲のかおり…

(次男、眠りに入る、溶暗)

(明るくなると、祖母の亡骸が横たわっている)

…足、冷たく固い足、ゴムみたいに黄ばんで物みたいになって…口、開いたままになって顎がおちこみ、歯のない歯茎が桃色にのぞく、ひどく幼くみえる…少し動いた、ぶれたようにみえた、動いたよ確かに…

冥土の旅行きに白ずくめ、紙のお金に三角巾、不自由しないように準備して、お化粧きれいきれいして、いい顔でいかせましょう…空気が白く乾いている…静かに貫かれている… 

たんたんとたんたんとたんたんとたんたんとたん じーーーーー すすうう ふ すう すーーーーー す  す  す  す す  ぶん 

末期の水くっと飲んでいってください、苦しまないで、のどにつまらないように、力を抜いてくっとくっと飲んでいって、すっきり涼んで清らかに、痛苦はどこかへちれちれとんでいけ、痛いところは触りたい、触ってさすってはらってあげる。

じじは、ばばを連れて行ってください、じじは立派な人ですから、気骨ある人ですから、じじの一本柱を通して、ばばはじじと重なってください、残るものは俺のからだで重なって、何もかんもひっくるめて、ともどもいってください…

(溶暗。祖母の亡骸消える)

(ひゅーんひゅーん、音がする。遠ざかっていく…どんどん遠くへ上昇していく…下降していくひゅーんひゅーん、音がする)

(明ける。星空。母、長男、次男がいる)

次男
…夜空がきれいだな…みんなのワゴンでどこまでもいこう…あれ、ばばが歩いてくるな、きっと喜んでくれるぞ。

長男
ああ。


もし何かあったら、ばばを支えられるのはあんただけかもね。

次男
ばば。

祖母
やられちゃった。

次男
じじは死んじゃった、何となく、わかっていたような気がする、でもばばは幅が半分になってしまったみたいだ、小さくなって…じじは幸せだったんでしょう?

祖母
うんうん。

(赤紫の曇天模様の夕暮空に変わる)

次男
こんな日にはこんな天気で、じじは見事に祝福されて昇天していくんだよ…

(祖母、みるみるうちにくしゃくしゃになって、次男の胸にうずくまる。祖母の声にならない嗚咽、震動が次男に伝わる)

こんなとき人は気恥ずかしいものだなぁ。

(父、現れる)


パパカでパパコ。

パパカは目をうるうるさせて、眼鏡の奥の目がうるむんです、少女漫画に出てくるような、釣りが大好きで開口一番、いくぞ!と言っては内臓好きで、手にとって見立てています。

パパコは内気で、今まで口を開いた事はありません、うつむいて、ひまをとりながら、ジョリジョリ音をたてているだけでボーッとしています、何で助けてやらないんだ?

次男
わかるかよ!そんなもん、おまえだったらできんのかよ?俺はそんな知識ないもんよ。


知識なんて要らないよ。
何やってるんだおまえ、いいよこんな力ずくばっかりで、いいよやっても。

次男
俺は臆病だから、下に降りるのが怖かった。降りるとき待ち伏せされたらどうしよう、何か怖い、ジェットコースターのループに、手すりにつかまって下を見下ろす…

祖母
何だい、その口のきき方は、人を何だと思ってるんだ!女中かなんかだと勘違いしてるんだ!…いつまで遊んでるんだ!いったい今何時だと思ってるんだ、早く帰ってきな!ばば怒るよ!
…役者なんだ…私はこれから舞台に立つんだ…みんな待っているんだ、みんな私のことを楽しみにしてくれているんだ、見守られて光の中…
わざわざ見舞いにきてくれて、すまないね、何かあげるもの、手ぶらで帰しちゃ悪い、せっかくきてくれたんだ…そこまで送っていくよ…
お小遣いあげようね、お母さんには黙ってるんだよ、ばれるとうるさいからね…みんなによろしく言っておいておくれ、心配してくれてね…あの子がね、今日出て行くときに私にいってきますっていったんだよ…
私は本当に幸せ者だ、家族に恵まれて、みんな気のやさしい人間ばかりで、本当にありがたいことだ…いつでもばばがついているからね…

(祖母、倒れる)

次男
ばば、無理して付き添ってくれて、俺がつらいだろうって、エネルギー振り絞って…


完全にショートしてスクラップ もう使い物にならない。


ああ。

長男
うん。


廃棄するしかない。道連れもここまでね。

次男
まだ、微かに動いている、リサイクルしよう、俺が責任もつよ、組み込んで作り変えて消化して、みにするんだ、少しも無駄にしないんだ、あんまりあんまり、もうとっとこうよ。

つかえるよ味があるよ、廃墟の工場跡でもなんでもいいんだよ、使えないからって使い捨てなんてないよ、燃え殻のからっからになってもいいよ。

(溶暗、次男を残していなくなる)
 
(次男、アパートの縁側に一人座って、外を眺めている。離れたところ、商店街が視界の端から端まで伸びていて、途切れたところを人々が行き交っている。青暗い海の底のような夜。人々に寄り添うように白い明りがぽつぽつ灯っている)

…誰かこっちにこないかな…視界の端に何かいる

(幽霊、現れる。蓬髪伸び盛り、青い神経そのもののような姿)

幽霊
オンタイオンタイハラキリキリキリ 
オンタイオンタイハラキリキリキリ 
オナカノナカニブチコンデヤリマス
ゾウモツブチマケテヤリマスカラ
カクゴシテオクヨウニ

次男
何でそんなにふるえているの?

幽霊
イテモタッテモイラレナイノデス
ソンザイノキョウドキョクゲンマデ
タカマッテイルノデスユレウゴイテ
トマラナイケイレンノタマモノデス

次男
口が真っ赤に裂けて吊り上っているよ。

幽霊
オマエヲクイチギッテ
サケメカラハイルタメト
ワラッテミエルノガイイダロ?
テガナエテシマッタノデ
メトクチデモノイワセマスカラ
ゼヒフレテミテクダサイ
ソレジャアオハイリニアソバシマス
オナクナリナルマエニ

(幽霊、ぼぼぼぼ音立てて青臭い炎のように燃え盛り廻旋し渦巻いて部屋に入ってくる)

次男
出て行け!出て行けよぉ!

 (幽霊、いなくなる)

…俺はとうとうばばを幽霊にまでしてしまった。幸せだといってもそれだけじゃない、どうしようもない部分はあるだろう。さみしさの塊の亡霊だ。無念はあるだろう、思い残しはあるだろう。
お別れ、でもせめて、はあるだろう。

それは俺だ、それを聴くんだ。ひきうけるんだ…いつまでも逃げるな、壊れてしまえ。あの醜さは俺のものだ。俺の中にいれておかされろ…

ひきつけ。そう、子供のころ得意になってやってた。『ひきつけ!』っていわれると、からだいっぱいに力こめてくぐもって、かたくなにぶるぶるふるわせた。やるとおもしろがってくれるから、よくやってた。

ばばにもやってあげよう。久しぶりに、きっと喜んでくれるぞ。ばばはさみしいんだ。消えかかって寒そう、風通しが良すぎるから俺のからだを着てあったまってもらおう。それか、ばばのふるえが止まるまでいっしょにおどろう。

幽霊
ババハオドレナイヨ

次男
いいからやろうよ。それじゃ、おんぶしてあげるよ。

幽霊
イヤイヤイイヨ

次男
いいから、遠慮しないで。

幽霊
ハハ、マサカオマエニ 
オンブシテモラエルトハネ

次男
ばばの腕力すごいな。しっかりしがみついて相当強い、なえているのに、執念かな?こいつは油断できないぞ。

幽霊
アナタホントニシツレイシチャウ 
ワタシノコトオハイリサセテイタダケナクテ
ホントニシツレイシチャウ
イマデハシンダラミンナカミサマダケド 
ホコラモッテイルモノスクナイノヨ 
トテモオチツケタモンジャナイワ 
ヨリドコロガホシイノヨ

次男
お悔やみ申し上げます。それなら僕がそのほこらとやらになりますから。僕自身がばばのお供え物になりますから。
何、ばばのひとりやふたり、わけないですから、心配なさらずに。

どうぞどうぞ にくにもどして
あなたはどうぞ
ばばの怒りは今では白白としている
光明がみえてきました
そんなに悪くありません
目が血走っています


(本造藁敷小屋に囲炉裏を囲んで五人家族)

あれ、三人増えてるな、この子達は?知らないな…

(女の赤子を真中に、太っちょこけしの様な双子が縞の服を着て直立している)


プリンとカラス。
どんなにぶさいくに生まれても、名前で損をしないようにね…

長男
プリン。

次男
カラス。


赤ん坊は

次男
ママって呼んで

祖母
ママ


ばば、ママの子供になりなさいって、
言ってあげなさい。

次男
俺はさんざんかわいがられたんだ、今度はばばの番だ、
…ばば、ママの子供になりなさい。

祖母
はは、まさかおまえにおんぶしてもらえるとは思わなかったね、本当におまえは、たいした子だよ

 
(溶暗、明けると次男一人になっている)

次男
…あははははははいってきた…ひゅーんて…あったかいな、あったかいなみだがでた、こうかんこしてむすばれた、確かにおめでただ、新しいおまえの誕生だ……

確かにあった確かな感触、みんなに見守られて、みんなに包まれてみんなに微笑まれて、ぼくは鬼子だったけれどそれでもよかった、おもいっきり駆け足で暴れまくってけんかして、

「あーそーぼ!」
「やだ」
「何でだよ!」

ボーン!
ぶん殴って、怪獣大好き絵を描いてなりきって、我が物顔で傷つけてぶっ壊してもの盗って、めいっぱいいたずらめいっぱい悪くてわがままきかなくて、虫を捕まえては、枝!枝!枝が刺さっちゃった!尻から頭まで貫通しました!地獄のブルートレイン!

悪い事いっぱいもっともっとやって、その分以上に怒られ叱られて、別に悪い事をしたいんじゃなくて、とにかく思い切りやりたいだけなんだ、遊びたいんだ、あんまりさびしいんだもの。

思い通りにしたいんだ。それ以上にできれば思い切りやられちゃいたいんだ、悪は打ちのめされたいんだよ、超合金の正義の味方に相手してほしいんだよ、いないかな…

ざわざわにぎにぎみちみちていきをするように絶えずたちかわりいれかわりみんなとかかわりまじわっていつまでも未熟で新鮮な呼吸、何て楽しい毎日一瞬ひとときひとところひとつひとつひとつ…かえりたいな。

今はひとり。ひとりはいけない、ひとりにしたのは俺だもの。俺が悪い。無条件で俺が悪い。家族を不幸にも別れさせた大変な罪作り俺が悪い。謝ろう、心の底から低姿勢で頭を下げよう。反発なし。結果はどうあれ、それだけはしよう。


33 ヒトミゴク

(居間。薄煙がたちこめている)
(次男、入ってくる。部屋の状態を不信にいぶかしがる。青いとばりがおりている)
(長男、入ってくる。笑っている。オレンジ、黄等、暖色のまんだら模様の服)

長男
もう死んでいるよ。

次男
何?

長男
ヒトミゴクヒトミゴク。知らない?ヒトミゴク、ああそう、知らないんだ…

(透明の棺。中には父、母が並んで横たわっている。二人共に女物の下着、黒のガードル、レースに透けたネグリジェ姿。肌が薄紫色になっている)

生贄。ぼくがやったんですよ。悲しいけれどしかたがないよね。こうするよりしようがない、本当にこうするよりほかに…だってお母さんはお母さんじゃないから、俺は俺じゃないんだもの。

お母さんから俺は生まれたのに、生まれるのは簡単なのに、お母さん、お母さんの中に俺のおさまる場所がないんだもの。あったと思っていたのに、いや、あったけれど、あり続けることができなかったのかな、どうかな、どう思う?

わからない?まぁ、わかるわけないわな、おまえには。わからないんだろう?なぁ?だったら、笑えよ、わからないときは笑うしかない。俺はもう笑うぞ、あははははははははははははあはははははははははは…

次男
おまえ何てことするんだ!

(次男、長男にとびかかる。長男、薬瓶を取り出して中身をかけようとするが、次男、逃れて長男をたたきのめす。長男は床に倒れはずみに薬がかかって濡れ、しなびたブロッコリーのようにひくつき、震える)

(次男、長男が復活しそうになると蹴りをいれて動きを止める)

(次男、棺をあけようとするがあかない。思案して、長男のからだを調べる。と、ポケットに紙片が入っていて、読む)

   いつか葬儀がギャラになる
   女は二度死ぬなり
   死が総動員で味方する
   ほほえみがえし

 …どういうことだ…

(長男、起きあがり)

長男
俺はゲームをやっていた…夜の空を飛んでいる。赤く機械化した大きなポンプがある工場町がみえる…画面左の方に光が移動している…
追って、ふれる…貸せよ、俺のだ、ほら貸せよ。

次男
何だこのやろう、

長男
俺だろ?俺の番だろ?おまえひとりでやりすぎだよ、俺の番だったのに、俺のだったのに!ずる!おまえが、俺のぶんまでひとり占めするから俺は、俺のぶんは!返せよ、返せよ!俺のぶん返せよ!

次男
何言っているんだおまえ?

長男
肉はひとつしかないから
分けられませんからささげものにします
でもたましいはひとつでも
同時にいっぱいのものでもあるので
みんなのものにもなりえます
とりあいしなくていいのでけんかしません
ひとつがすべてでみんながいっしょ
もろともいったいのつながりの繁栄
さかえるちからゆめうつつの
ひまをみつけて
みずからむげんに増殖する
うごめきあいひしめきあいかよいあい
みんなみんな好き嫌い
いいよいやだよいいながら
ひとつのわのなか
ゆきつもどりつしながらも
やがてはひとつのふるさとだ
おうちにかえろう、だけど
かえるおうちがないひとは?
そのときはもうなくしてしまう
じぶんもなくしてしまえばいい
おうちなんかないよ
じぶんなんかないよなんにもないよ
そんなことないよ、ないがあるよ
なんにもないがあるよ
ないがあるなら、ないにかえろう
なんにもないおうちに
なんにもないじぶんがかえろう
なんにもないの
あまりのなんにもなさになみだがでる
なみだひとしずく、あなたのうみなした
あなたのものあなたのこ
みんなすべてみんななんにもない
ひとりのさびしいかなしいをかかえて
いのちをはらみはぐくみはげまして
いとなみなりたたせてきた
家族の歴史 おうちにかえろう

(父、母、棺から出ている。生気なく虚ろ、母はうつむき、父は酒をあおっている)

次男
お父さん、お母さん、大丈夫なの?


おまえは心配性だから…

(あせったように酒を飲む)

長男
おまえ妖しいな妖しいぞおい、こいつ信用できないな……


34 洗濯機

(洗濯機がおいてある)
(夜。小石が散らばっている)

(次男、洗濯機をみると、ふたが少し浮いている。開けると中には長男が入っている。水浸しで、丸裸。目を潤ませて薄笑いを浮かべている)

長男
ふろ。

次男
何だ、せっかく洗ったのに。

長男
病気なんだ。

次男
具合悪いのか、まさか命にかかわる病気じゃないだろうね

長男
大丈夫だよ。

次男
馬鹿野郎!

(ひっぱりだそうとする)

長男
何するんだよ、やめてよ。

(出ようとしない)

次男
正気かおまえ?

長男
駄目だよ、そんな言い方じゃあ。
いいんだ、ぼくはそうなんだ。知ってる?
はい、これ、プレゼント
(箱を取り出してみせる)
秘密のお弁当!
何だろな、具は玉子で……何が秘密なの?うふふふふ、ねえ、何が秘密なの?何が秘密だと思う?

次男
……

長男
毒入りカレー!しゃれになっていません。いろいろ入っているんだよ、蛾とか虫とか毒毒しい体に悪そうなものをいっぱいぐちゃぐちゃに混ぜて水に溶かしてね、何か、灰色の水、顔がみえるんだよ。もうすぐ死ぬよ。

次男
何でだよ。

長男
待っています。待っているんだ。いらないと、俺自身がどきどきと…
(ぬいぐるみを取り出し)
ぬいぐるみ、かわいいだろ?UFОキャッチャーで簡単に取れるんだ。こんなにいいものが皆、道行きで持っているんだ。信じられないよ

(ぬいぐるみと対話)

ぼくはもうじき親元を離れるんだ。
親の世話にはもうなりたくないからね。おまえと二人でどこか……

ぬい
妹元気!元気!

長男
おまえのためなら何でもできる…かっこいい?迫真の演技だろ?俺花粉症かな?はっくしん!あはははは、まずいね…もうすぐ死ぬよ、かなしい魂もうすぐ死ぬよ。かなしいことばかり、とても体がもちません、明日がくるなんて思ったら大きな間違いだ、もういいんだよ。ぼくなんて、おまけなんだから…

ぬい
もっと愛してよ…

長男
もう遅いんだ、もう手遅れ、ねぇ、ぼくのさなぎをひろげてよ。もうもう火の玉のああ青春の日々は終わった……

ぬい
なかば愛しているのかしら、あなた

長男
ああ、死にませんよぼくは!
あなた きみ じぶん すべて 
ころして いやだよ あなた
……あくまです

ぬい
何なの?

長男
愛を破壊して、ひとつひとつすりきって、あなたにさしだしますよ。

ぬい
それは素敵な輪舞が踊れるでしょうね。終わるかしらね。

長男
最高の愛があなたのもとに届くでしょうね。

ぬい
愛は積み木じゃないのよ。つくられていないものはひとつだけ。

長男
生意気だな。

(ぬいぐるみをひきちぎる)

すいませんけど、ああ良い気持ちだ。手前はひとりで生きています。

かなしいことだろ? 
もうあえないひとはいないんだね 
もうさかんにいこうとは
死んだらかたちがなくなって 
ふたつの階段をのぼっていくと
白と黄色の椅子 
座ってまわってとびだした白拍子
とんとんとんとんつくとんだらとんでった 
かなしいたましいとんでった 
でかだんでかだんでかだん
でかだんでかだんでかだん
でかだんだんすをおどろうよ 
いいじゃないかいいじゃないか
いいじゃないか 
罪の数だけうたおうよ 
かなしいことはいつだって 
風といっしょにとばそうよ 
神隠しさらわれたいさらってよ 
空でうたになるよ 
ぼくの神様どこいった 
でてこいでてこいとんでもない 
あなのなかのなかのなかのなか
もうしませんごめんなさい 
どうしよう許しが必要だ

(ぬいぐるみの断片を集めて)

ひとつふとつみっつよっつ 
そしたらいいんだよってままがきてくれる 
ははははは たいした女だよ 
実際の母とままは全く愛が違うよ。
かたやつくられたものと、『愛していた』じゃなくて『ぼろぼろだんす』だよ。何したっていいんだ、何もかもが許されて抱かれていたいじゃないか…

…もう終わりにしよう。かねてからの計画は延期だよ。隠れようがないからしょうがなく死んでみたり生きてみたりいろいろなしみになったりとんだりそしたらつぶれてしみじみとして泣いた。

生まれたよ。血が立ってあいさつしたんださよなら。だからもう気にしなくていいんだよ生活のことは。死んだことでとびましたからもう暮らしの心配はいりません。つくりましょう、赤ちゃん。

ただし、死んだ腹から生み出された蛆の森で飽きることなく罪の数を数えていきましょう。気に入ってもらえたかな?気に入って……死にたくないならついて来い、ついて、もいでこい、もいでこいよ、甘い簡単な果実を持たせて、いかせてやろうよ…

(次男、落ちている石を手あたりしだい、洗濯機に投げつける)

次男
兄さん、遊ぼうぜ!

長男
静かにしてくれないか

(鍵をガチャガチャ鳴らす音がする)

次男
いいけど、お父さんにあるものは意味のあるものとない軽いもの、お母さんはいつでも死んでいたいからはなしてくれないんだけどはなしてくれないんだよ。ふたりとも、愛しているんだよ。きったって死んだってなくなったってつながっているんだ。

流れてくるんだ。とつとつと潮がさ、やわらかく脈うって波うって、あったまるとあったかいんだよ、とても。とけて逆流してかえっていく…元通り、何回も何回もくりかえし、生まれては死に死んでは生まれる寸法になっているんだよ。

長男
ありがとう。だけど違うな、仕組みが。きられたら痛いけど、ふたつになってもうもどれない。

さいたさいたさいたさいた 
からだをさいた 
さいたさいたきみがさいた 
さいたさいたきみをさいた 

すべてさいたらもとのもくろみ通り焼いておくれよ。もう違うものと混ぜないで、ひとつの純血にしておいておくれよ。

たましいの亀裂に最後になってはいってつぶされて断片になってぺらぺらにしてくれても、いきがぴかぴかひかっていれば幸せだよ。

ぼくは、さいたらひかってぴかぴかのとんぼにのっていつまでもたくさんのぼくをみていてくれる虫がいい。のりうつってみたいな。

いっぱいのぼくはわらっていながら死にたくて、のり遅れたら不揃いのこどもがひきずられて歩かされて痛くてもう嫌だけどいくしかないんだよ。おしてくれる?背中をうしろから。

ひきとってもらえないと廃墟にされるから動かさされていくしかないんだ。反抗は抹消。大切なのは罪をつくして…ああもう疲れる、もうたくさんの死とあわせてあげるから…

次男
溶け合いが今一番大変だから 
ぼくのをあげるよ。

(次男、長男を洗濯機から引き出す。濡れたからだを自分の衣服を使ってふき、抱きかかえる)

長男
ねぇ、俺、何した?

次男
うん、いけないことをしたよ。

長男
そっか。うん、いけないことをした。俺、うん、したんだ…もう疲れた。もう終わりにするよ。

次男
ゆっくり正しくみとどける
風さんチョコレート 
せっせせっせとつくっていく
かげをさすってもいい 
あんまり遠くへいくんじゃないよ
いったきりにならないように
泣いてしまうよ

長男
ありがとう。さようなら。おまえなんか嫌いだ。

次男
ああ、わかったよ。いってらっしゃい。

(長男、洗濯機の中に入っていく)
(稼動し、回転、渦にのまれていく)


35 プール

子供の朗唱
てよてよころりてよころり 
あしたてんきにしておくれ

子一
いいかい?天才ってゆうのは損なんだよ。何でもできるってのは特徴がないってことだから、それじゃうからないよ。だから水泳はできません、としとけば、そこだけがくんと落ちて印象が浮くんだよな?わかった?

子二
なるほど!そうかわかったよ!そうしようか。
だけど頭いいな、ほんとに。

子一
いやいや。

(プール)

子二
まだ汚い水だけど…飛び込んで証明しよう…
けのびいっぱいで、にでいっこのもがもがして、立っちゃうことで自分の泳げないのを証明した。

子三
よしおれも…
バック転しても後ろを気にしていれば危なくないことを証明した。

子四
よしおれも。

子五
よしおれも。

(われよわれよと子々らが入ってきて)

子四
線を引っぱってもばいーんてしても大丈夫なのを証明した。

子五
おしっこしてもばれないけどちょっと濁るのを証明した。

子六
パンツを脱いで泳ぐとチンチンぶらぶらして気持ちいいのを証明した。

子七
いつもすかしてるけどほんとは友達がいがあるのを証明した。

(どんどん子々らが入ってにぎわって)

子八
プールの栓を抜いたら水が抜けるのを証明した。

(と、してしまうと)

子九
何だよ何、誰がしたんだよ泳げないじゃん。

(声が飛ぶなかプールの底があらわになり、見ると黄色くぬるぬるした大きいしみが苔状になっていたり、枯葉がどろどろになって山になっていたり、汚い)

子十
うわ きったね。

(子ら、みんなそうように、我先にと上がっていく)

子ら
あーあ。

(子一、二を残して子ら、いなくなる)

(次男、現れる)

次男
残された二人は自分で残ったのですが、何かとてもさびしい気分になりました。

子一
そうじしようか。

子二
うん ぴかぴかにしよう。

子一
そうまさかみんなきてくれる、でもこのまんまでもいいんだけどな。

次男
よくみるとそこに、うすきみわるいものがあるのにきづきました。たまご色のまーるいふわふわした蒸しパンみたいなものがある。三ヶ所にえぐられたような穴が開いていて目と口にみえる。

目と口からザクロ色のピンクのゼリー状の液体がとろーっと流れでてくる。何かかわいそうな不憫に思えて、白いハンカチで液体をそっとあてがって、たれないように拭いてあげました…

オニィチャン

子二
オニィチャンみたいだ。ごめんね。

次男
そう思われてくるのでした。とても大事にしようと思われて…

子二
もって帰りたいけど
もったらくずれちゃいそうだな
このままにしとこう そして 
ぼくはここにいよう ずっと

子一
ぼくはかえるよ

子二
うんじゃあまたね ひとりでいる…

子一
うんさよなら


36 卒業

次男
小学校の校舎の間…景色が小さくみえる。大きくなったんだな…ぬかるんだ地面に水溜り、ここは以前通ったところ、自分の足で歩いたところ…

ふいによぎる、一瞬全てが頭上に現れる、一面のビジョン、大パノラマだ…走馬灯ってこういうものか…いままで生きてきた足跡が、記憶がご開帳だ…行こう、鞄を持ってその場から

(出来たよ!俺!)

ここにいる私が スリの歴史をしょいこんで 
何もない、財布の中身は空っぽだ。息がつまる…
卒業式を尻目に、会場では俺のことを噂している。

『すいません失礼します』
『彼は礼儀がね』
『歴史が足らんよ、ひとつひとつの積み重ね全くなっとらん』
『申し訳ございません、そちらの方はいかようにも』

…あとでお土産は必要か?
俺には売るものがない。
行くよ、全てなくなる。門を過ぎれば…

滝が静かにごうごうと体の中におしよせる…一気に下降する…崩れてしまいそうだ…地面に体が埋もれていく…のみこまれていく…いきんで腰で止まる…全てが終わる、坂を下りれば…一目、振り返って…いや、行こう…

(一台のトラックがやってくる。祖母、父、母が乗っている)

祖母
何だい、おまえも乗ればいいのに。


いいのよ、彼は彼自身なんだから。
あとからくればいいのよ。


37 ベランダ

(暗室。長男、次男、椅子に座って野菜の皮を剥いている) 

長男
……家族の統一とは馬鹿げたイメージだな。

次男
ずいぶんだな。他に何かあるのかい?

長男
あるさ……

(明るくなる。マンションの一室)

(次男、窓を開けてベランダに出ると、
向かいのマンションは花で一杯
ベランダというベランダどこもかしこも 
花花花花花花
色色色色色色
で埋め尽くされている)

次男
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ
やったぞ!兄さんもやろうぜ!

長男
いいよ俺は、

次男
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ


38 シタニさん

(記念品などがショーケースに並べられる校長室のような部屋)
(学校によく置いてある、折りたたみ式、木目の長机に向かい合って、次男と脚本家シタニ)

次男
シタニさん、ともすれば俳優、自分でもやれるんじゃないかって思いませんか?シタニさん、新聞にも書いてありましたけれど、誰でも出来るんじゃないかって?

シタニ
…きみ、顔、おばぁさんに似てきたね。

次男
そうですか?

シタニ
…家の人、中高年はみんなそうなるの?

次男
いや、自分だけじゃないですかね。なるほど、確かに似ている。目のまわりがそっくりだ。茶色くくぼんでいる…

(次男、ガラスケースに入って立てかけてある鏡と祖母の遺影を見比べると、目のくま、まぶたの浅黒さが)

今、そっくりだった。一緒の顔してた。

(と、祖母の遺影が、目をぱちくりさせる)

今、動いた!確かにした!
シタニさん、ありがとうございました。

(パラパラマンガみたいにちぐはぐと、切り絵みたいに顔のパーツパーツが動く。紙を一度くしゃくしゃに丸めてからひろげたようなモザイク顔。その分、色彩が豊かにみえる)

やった!やった!ははははは!

(次男、ふいに、拍手する。シタニも一緒に目撃して、追って拍手する。)

あ、誰か来た。

シタニ
誰か入って来た。

次男
今、ばばと、全く同じ目をしてた。目が合った。

(祖母の遺影はみつかっちゃったような顔をして)

動いた!やった!はは!

(次男、拍手すると、祖母の遺影、我慢できずにみるみる相貌を崩し、目をしぼませて泣き顔になり、涙をこぼし、口が井の字みたいにカリカリふるえて)

祖母
ありがとう ありがとう

次男
…ばばはあらわになって感謝してくれました
なんだろう?みとめてくれたのが、うれしかったのかな?

シタニ
しっくりきた。

次男
そうなんだぁ。


39 ゆめのまにまに

(暗闇の中)


…Baby ba ba ba…
…Karas ka ka ka…

ぼくは世界のバカ 
いとしの交流


(明転)

(次男、ストーブにぶつかる。上にのっていた沸騰したやかんが傾いて倒れ、熱湯がこぼれる。古式の筒状ストーブが火を噴く)

次男
いきなり窮地に立たされた。パンプキンヘッドの顔みたいな火…ストーブ消さなくちゃ、

(消そうとするが、調節のひねりが缶カラ素材で熱くて回せない)

歪んじゃったかな、…濡らした毛布かけるか?
ばば、悪霊じゃないよね?もういいやなんて思って、罰が当たったのか。

ばばが焼いてる蟹、大きめのサワガニくらい、閉じ込めてプラズマ吹いてるまわり、あちこち異様じゃないか、こんなもの、束縛されて…いうこときいてていいのか…
 
(暗転、誰もいない、暗い室)

声一
非情さとかで処理できるの?

声二
最後、旋律を奏でないと

声三
お客様に返却致します礼を、

声四
印籠を銀釣鐘板にしたような対の札

声五
人気がないから

声六
双子の旋律

声七
銀声

声八
全ての謎が解けた

声九
プリンとごっこをして

声十
カラスは飛んでった

声十一
カアアアアア

声十二
バァのところへ

声十三
…… とさ

声十四
おしまい

声十五
はてさてほころびが 夢のワルツ

声十六
さいはてがカナディアンバックブリーカー
 
声十七
かけられたようなもんだね

声十八
寝かしといてあげたらいい

声十九
だってきみは夢の王子様

声二十
金と銀とに分かれても

声二十一
砂は星

声二十二
ぐるぐると ぐるぐると 

声二十三
わっかっかわっかっか

声二十四
きれいな輪になりました

声二十五
よくできました ほめてあげましょう 

声二十六
特別ですよ

声二十七
はらからの声

声二十八
迷子にならずに きりあげましょう

声二十九
ここまでのようですね 

声三十
ゆめのまにまに ゆめのまにまに

声三十一
判読不能

声三十二
きりがいいからです

声三十三
そうやってつづけるー

声三十四
はい

声三十五
はい

声三十六


声三十七
かり

声三十八
まし

声三十九


声四十
でんとうこうげいふん こさえました

声四十一
これはちりとり芸

声四十二
からっぽのまざ

声四十三
じゃあ、かんさん

声四十四
しばしばにわめんこ

声四十五
ひっくりかえって てらせました

声四十六
あとはしりません

声四十七
ぷーる さいど

声四十八
それはしってます

声四十九
ぼくはゆめをみて なぞをこめるめいしゅ 

声五十
みらいからきました

声五十一
ともだちになってください


幕。


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