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産後1ヶ月で高野山という奇行の末

「産後1ヶ月で旅行?!ありえないよ!」

そんな周囲の反対を押し切る形で、産後1ヶ月で旅行にいった。酷暑と言われた7月の関西だ。

この旅行に関しては、私のなかでも葛藤があった。ことの始まりは、日米での産後の過ごし方についての考えの違い。日本では「産後1ヶ月は基本的に寝たきり、母も子も家から出るべきではない」と言われている。

出産後の身体の変化や赤子の心許ない柔らかさを経験してみて、強引にでもそう言ってもらえてよかったな、と思う。「休む」ことに対して罪悪感を感じるのは私だけなのか、日本人の特性なのかわからないけれど、まわりが口を酸っぱくして「休みなさい!」と言ってくれていなければ休めなかっただろう。

一方で夫の出身、アメリカでは「産後は赤ちゃんを連れて日光浴などするべき」と言われているようだ。義理の両親からは「1ヶ月も家にこもっていたら弱っちゃうよ!免疫つけるためにも外に出なさい」と、日本と正反対のアドバイスをもらった。

実際、産後1ヶ月間は外に出ずに過ごした。身体もダルかったし、新生児は小さく、何よりも外が暑かった。家事もせず、飽きるまで赤ちゃんを見つめて触り続けた日々は、それはそれで幸せだった。

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そしてちょうど1ヶ月経った7月、義理の両親が来日。「以前訪れた高野山がとても素敵だったから連れていきたいんだ」と言ってくれた。不安もあったけれど、それ以上に「せっかく日本まで来てくれたんだから、素敵な場所で娘と過ごしてほしい」と思った。何より2人の子どもを育て上げた義理の両親なのだから、不安に思うこともないのかもしれないとも思った。

もちろん、まわりは大反対。基本的には私の好きなようにさせてくれる両親や友人も、口をそろえて「今回はやめなよ」と言った。

正直、揺れた。何が正解なのか、わからなかった。

それでも旅行に踏み切ったのは、第一に娘が丈夫で健康だったこと。そして義理のお姉さんに相談したときの答えが忘れられなかったからだ。

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「赤ちゃんの状態が大丈夫だと判断したなら、あとはあなたがどうしたいかだよ」

日本の考え、アメリカの考え。何が娘にとって正しいのかわからない、そんな不安をすべて話したら、お姉さんはそんなようなことを言った。それは「子どものためを思えば」というアドバイスが交錯するなかで、新鮮な意見だった。私がどうしたいか。母親になってから1ヶ月、その思考回路はすっかり使われていなかったから。

「私は若いときに子どもを産んだからね、自分の人生がそこで制限されてしまうのがとても怖かった。だから娘を連れて、旅行に行くことに決めたの」

そう、お姉さんは生後5週間の娘を連れて、なんと日本までやって来た。真夏の日本、汗かく小さな赤ちゃんを扇子で仰ぎながら、日光や江ノ島を連れ歩いていた。それがどれだけ大変だったのか、今ならわかる。

「子どもを産んだって私は何でもできる!そう思えたんだよ。産後の身体は確かに大切だけど、心も大切。あなたがどうしたいか、考えてごらん」

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結局、私は汗かく小さな娘を関西に連れて行った。道頓堀の明るい夜道を歩いたり、車で高野山のお寺を巡ったのだ。

実際「大人のための旅行」だったと思う。娘は慣れない外の刺激や、暑さで疲れただろう。夜泣きが激しくなったような気がして、申し訳なくなったのも事実だ。何事もなく帰ってこれてよかったと思う。

それでも。

私はあの旅行に行ったことを後悔していない。あの旅行があったから、娘との外出がこわくなくなった。母親になっても「私」という人間は変わらない。旅行だってできる、なんでもできるんだ。確かにそう感じることができた。

酷暑の関西で、高野山には涼しい風が吹いていたこと。高野山の授乳室完備の施設では、おじさんがとても優しかったこと。娘を抱いて大阪の街を歩く義父が嬉しそうだったこと。ビジネスホテルのシンクで娘を洗う義母の手際がよかったこと。

新米母の私に自信をつけさせてくれた、娘とのはじめての旅行。これからきっと、何度も思い出すことになるだろう。

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