画面の向こうなんて見ないでいい
妊娠がわかったとき、すぐさまインターネットで検索した。
「妊娠 入社してすぐ」
「転職後 妊娠」
「妊娠 報告 いつ」
この検索ワードからもわかるとおり、私はとても焦っていた。ライターへの転職が決まってすぐに妊娠がわかったのだ。喜ばしい反面、社会常識的にまずいというのは調べる前から感じていた。
以前働いていた会社では、中途社員の女性のことを「まだ子どもはいないらしい。まあ入ってきたばかりだから、あと2、3年は作れないね」と言っているのを聞いたこともあった。当時は「そんなもんかあ、女性はちゃんと人生設計しないと大変なんだなあ」なんて思っていた。
その後、私も結婚して、転職と妊娠のタイミングについて考えるようになっていた。「そろそろ子どもが欲しいなあ」と思いながら、自分のキャリアも考えなければいけなかった。子どもが欲しい、と思い始めてから舞い降りた転職のチャンスを逃すことなんて、できなかった。
転職が決まり、大幅に進路変更したキャリア。未経験の私なんかに任せてもらえる仕事は、新鮮で、刺激的で、わくわくした。そして妊娠。なんというタイミング…!せっかく拾ってくれた方々に、恩を仇で返すことになるんではないか。
それでも、少しでも「大丈夫だよ」という声が聞きたくて、私はインターネットに走った。これが間違いだった。みんなは真似しないようにしてほしい!何かが不安なときは、すべてのWi-Fiを切って、ケーブルを抜いて、画面を落としてくれ。
ーーー
インターネットの世界は、それはそれは辛辣だった。吐き気がするほどに。仕事が決まってすぐに妊娠した女性を擁護する声なんて、ほとんどなかった。
「無責任」
「入社した会社は責任を取って辞めるべき」
「そういう女がいるから、社会でがんばっている女性の肩身が狭くなる」
冷たい、棘のある言葉ばかりだった。そういう意見があるのを覚悟の上で見たはずだったのに、私はおかしくなった。涙が止まらなくて、嬉しいはずの妊娠を呪ってしまった。
そんな私を見て、夫は「ネットサーフィン禁止令」を出した。
「君のことを何も知らない、顔も見たことない人たちの意見を聞いてどうするんだ。仕事先の人に、直接話してごらん」
正論。その通りだと腹をくくり、辞めろと言われる覚悟で報告に行った。この世の終わりみたいな顔をしていたと思う。相手の反応は「早々に辞めるって言われるんだと思ったよ」と言いながら、妊娠したことを私以上に喜んでくれた。
「申し訳ないと思うことじゃないんだよ」
そう言ってもらったとき、涙が出てしまった。いや、その前から泣いてたか。
きっとインターネットの中のようなことを言われてきた人もいると思う。実際に仕事が続けられない人もいるのかもしれない。私はただラッキーだったのだ、本当に。目の前の人たちに話して、ようやく、現実世界で妊娠の喜びに浸ることができた。
その日の夜、「辞めないでよかった…喜んでもらえた…」と夫に泣きながら報告した。
ーーー
その後の妊娠中、インターネットにはいろいろとお世話になった。ただ、同時に見たくもないものもたくさん見た。
「出産したら母親として生きろ。子どもを実家に預けて旅行?母親として自覚がないのか」
「妊娠中、こんなにたくさんのことが胎児に良くない影響があります。とんでもないことが起きます」
わからないことだらけの妊娠。母親になるという未知の世界。調べては不安を煽られ、読んでは泣く私を見て、夫はもう一度「ネット禁止令」を発令。マゾなのか、私は。
何が言いたいかというと、インターネットで調べすぎては身体に毒だということ。インターネットはとても便利で、いろんな意見があって、つい調べてしまうけれど。
しっかりとリソースのわかる情報を探すこと。そして顔の見えない相手より、実際の、目の前の人に話を聞くこと。病院の先生なり、先輩パパママなり、上司なり。私はそう考えるようになってから、本当に楽になった。
不安定な妊娠中にインターネットとの付き合い方を学んだ私は、今はいい距離感を保てている。
何かが不安になって、インターネットで調べちゃう私みたいな人は、きっと少なくない。そんな人たちに、あえて画面の向こう側から言わせてもらう。
画面の向こうなんて、見なくていいんだよ!
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