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「黒髪の」は枕詞?序詞?

今回から新しいシリーズ、生徒から出てきやすい疑問に答える「先生なら身に付けたい予備知識」です!授業を作っていて疑問に感じたけれど、どんな書籍を見れば答えが見つかるのかわからない!といった経験はありませんか?このシリーズでは、国語に関するありがちな疑問に、論文などを紹介しながら学術的に答えていきます。
記念すべき第一弾は、「「黒髪の」は枕詞?序詞?」です!

問題の所在

『百人一首』に収められている、待賢門院堀川の次の歌があります。
 長からむ心も知らず黒髪の乱れてけさは物をこそ思へ
この歌は、「私に対する気持ちは永遠だというあなたの心もあてになりません。私の心は黒髪のように乱れ、今朝から思い悩んでいます」などという意味です。

 三句にある「黒髪の」は、「乱れ」を比喩的に導いていますが、参考書や注釈書によって、これを枕詞としていたり、序詞としていたり、どちらとも指摘していなかったりとさまざまです。一体どれが正しいのでしょうか。

 学校では、枕詞と序詞は共に「言葉を導くためのもので、和歌の主な意味に直接影響を与えない」とされます。その上で、「枕詞は五音一句で固定的」「序詞は七音以上で一回限り」と区別されるのが普通です。

 前述の「黒髪の」は、音数でいえば枕詞ですが、「黒髪の」が「乱れ」という言葉を導いている例は他にほとんど見当たらず、一回限りだといえそうです。となると、「黒髪の」は枕詞なのでしょうか、序詞なのでしょうか?

枕詞、序詞とは

『和歌文学大辞典』では、
「枕詞」
通常、五音節の一句からなり、続く特定の語を修飾することば。主意の文脈とは異なった文脈において主意の文脈中の語を修飾するため、歌の内容には直接かかわらない。
「序詞」
主に景物の表現を契機として本旨を導く技巧をもつ歌において、契機となる詞句の方をさす。
とあります。なかなか難解な書き方ですが、どちらも、ある言葉が別の言葉を導くもので、枕詞・序詞と後に続く言葉は別の文脈である。という点では両者は一致しています。

 この点において、今回の「長からむ~」の和歌は、「長からむ心も知らず 乱れてけさは物をこそ思へ」だけで意味が通るところに「黒髪の」という言葉が付け加えられているので、枕詞・序詞の特徴を満たしています。

 それでは、この「黒髪の」は枕詞・序詞のどちらなのでしょうか。それを考えるために、まずは両者の違いを考えてみましょう。

議論の前提  枕詞・序詞は『万葉集』時代に隆盛

 まず大前提として押さえておきたいのは、枕詞や序詞が栄えたのは『万葉集』の時代やそれ以前である、ということです。『古今集』以後の両者の差異についてはいまだほとんど研究されていません。

 一方で、学校で扱われる和歌は主に『古今集』以後のものです。役割は時代と共に変化するため、『万葉集』以前を対象とした研究が、必ずしも『古今集』以後の和歌にあてはまるとは限りません。

 以上のことから、ここではまず『万葉集』以前の差異に注目し、適宜『古今集』以後の時代にあてはめて考えていきます。それでは早速論を見てみましょう。

枕詞と序詞の違い

 枕詞と序詞について、長さなどの形式ではなく、その起源や本質的な役割を研究した研究者に土橋寛がいます。土橋は、その起源や機能、形式などから、枕詞と序詞の違いを7点にまとめました。(※1)

1.枕詞は歌謡と神託に用いられるが、序詞は歌謡だけに用いられる。
2.枕詞は名詞を修飾するだけだが、序詞はただの修飾語にとどまらず、序詞それ自体が意味を持つ。
3.枕詞や序詞に用いられる素材は、枕詞では被修飾語を賛美する性質をもつものであり、序詞は元々その場に合った景物が用いられる。
4.枕詞は体言を修飾するのに対し、序詞は修飾語ではないものの、結果的には用言に「かかる」という形で結合される。
5.被修飾語との結合関係は、枕詞は慣習的・固定的・社会的であるが、序詞はその場限りで、個人的である。
6.被修飾語との接続関係は、枕詞の方が多様性に富んでいる。
7.2の結果として、(短歌形式の場合は)枕詞は五音一句(「五七五七七」の「五」全体)を占めるのに対して、序詞では二句~三句にわたる。

 また、土橋の7点には入っていませんが、春日和男や大濱厳比古は次のような差異も指摘しています。(※2)

8.枕詞は古く、意味が不明瞭であったり文法的に説明できなかったりするものが多い。
9.枕詞は続く言葉を抽象的なイメージにする役割があり、序詞は後続詞を具体的に説明する役割がある。
10.枕詞はリズムを整えるはたらきを持つのに対し、序詞は創造的な発想を持つ。

 これら一つ一つを丁寧にすることはしませんが、件の「黒髪の」にあてはめて少し考えてみましょう。

※1土橋寛(1960)『古代歌謡論』P446~447
※2春日和男(1971)「修辞とことば」は8の枕詞の古語性を、大濱厳比古(1950)「万葉集序詞私攷」は9、10及び5点の差異を指摘した。

「黒髪の」での検討

問題の和歌は、
長からむ心も知らず黒髪の乱れてけさは物をこそ思へ
というものでした。この「黒髪の」について考えてみましょう。
 まず、この歌は神託ではないので1は関係ありません。

 2は難解なので深くは踏み込みませんが、「黒髪が乱れる」という部分がただの修飾関係なのか、独立した意味を持つか否かというのは一概には言えません。言ってしまえば、見方によって修飾関係だとも言えるし、ただの修飾語にとどまらず、それ自身が独立した意味を持つとも言えるのです。

 3については、「黒髪の」が「乱れ」を賛美しているとはいえません(※3)。さらにこの「黒髪の」は、夜に思い悩んで迎えた朝という、和歌の状況に合った景物になっています。

 4についてはやや複雑ですが、単純に後に続く言葉が用言であるという意味では、序詞的です。

 5については、「黒髪の」が「乱れ」に接続している例は、『新編日本国歌大観』によれば、この歌以前には和泉式部の1例(※4)しかありません。そのため「黒髪の」は社会に共有されたよく使われる表現だとは言えず、慣習的・固定的・社会的ではないと考えられます。

 6の接続関係について。「黒髪の」は比喩的に接続していますが、これは土橋の論では、枕詞、序詞の双方にあてはまる形式です。なので「黒髪の」に限って言えば、この差異は意味をなしません。

 7の形式としては、「黒髪の」は五音で、第三句全体を占めているので、枕詞的であると言えます。

 8は、「黒髪の」は意味が不明瞭ではありません。接続関係についても、比喩の「の」は当時既に定着していたと考えられるため、文法的にも説明ができます(※5)。

 9も難解です。しかし、3で触れたように、朝の寝起きという状況に合った景物を詠んでいると言う意味では、より「乱れ」という言葉のイメージを具体的にしていると言えるでしょう。

 10について。枕詞がリズムを整える、というのはそもそも枕詞が五音一句であることに起因すると考えられます。そのため「黒髪の」もリズムを整えているとも言えそうです。一方で、「黒髪の」と「乱れ」の組み合わせが多くなかった事実を考えると、新たな表現を創造しているとも言えます。

※3土橋も、用言にかかる枕詞は、役割的には序詞であると述べています。
※4唯一の例とは「黒髪の乱れも知らずうちふせばまづかきやりし人ぞ恋しき」(『後拾遺集』755番など)ですが、これはただ「黒髪が乱れるのをも気にせず」という意味なので、比喩などで枕詞・序詞と後の続く言葉で異なる文脈が作られているわけではありません。そのためこれは枕詞・序詞とはいえません。
※5そもそも比喩などを表す連用格の「の」は一般的ではなく、和歌などの限られた場面での用法だと言われています。その意味で、連用格の「の」は、初期には論理的に説明できないといえるかもしれませんが、『万葉集』以前から数多くの用例が見られるものであり、「長からむ~」の和歌が詠まれた時点では既に一般的だったと言えるでしょう。

結論 「黒髪の」は枕詞か序詞か

 先の特徴に照らし合わせると、3,4,5,8,9の面では序詞的であり、7の面では枕詞的です。また、それ以外の面でも、枕詞的な面は、結局「黒髪の」の長さが五音一句であることに起因するものでした。
 したがって、「黒髪の」は形式的には枕詞ですが、内容的には序詞であるといえるのではないでしょうか。

参考文献

枕詞・序詞の意味や役割についての研究
市村平「短歌に見えた枕詞と序詞との研究(一)」(『国語と国文学』七―六 一九三〇年六月)
市村平「短歌に見えた枕詞と序詞との研究(二)」(『国語と国文学』七―七 一九三〇年七月)
井手至「万葉集文学語の性格」(『万葉集研究』四 一九七五年七月)
稲岡耕二「序詞―比喩意識の明確化とつなぎの構造―」(『論集 和歌とレトリック』 笠間書院 「和歌文学会和歌文学の世界」一〇 和歌文学会 一九八六年)
上田設夫『万葉序詞の研究』(桜楓社 一九九四年)
大濱厳比古「万葉集序詞私攷」(『天理大学学報』三 一九五〇年一一月)
春日和男「修辞とことば」(『国文学』一六―三 一九七一年二月)
金子武雄「序詞と枕詞」(『称詞・枕詞・序詞の研究』第三編第二章 公論社 一九七七年)
駒木敏「枕詞―その始原性から和歌的修辞法への位相―」(『論集 和歌とレトリック』 笠間書院 「和歌文学会和歌文学の世界」一〇 和歌文学会 一九八六年)
境田四郎「万葉集の序詞について」(『国語国文の研究』二二 一九二八年六月)
白井伊津子『古代和歌における修辞』(塙書房 二〇〇五年)
杉山美都子「序詞論―古今和歌集を中心に」(『千葉大学日本文化論叢』一 二〇〇〇年)
平館英子「白井伊津子氏『古代和歌における修辞―枕詞・序詞攷』を読んで」(『万葉』一九七 二〇〇七年三月)
土橋寛『古代歌謡論』(一九六〇年)
萩野了子「古今和歌集の序詞」(『国語と国文学』八五―七 二〇〇八年七月)
福井久蔵・山岸徳平『新訂増補枕詞の研究と釈義』(有精堂出版 一九六〇年)
山田孝雄『日本文法論』(宝文館 一九〇八年)第二部 第三章 第一(三)など

『古今集』以後の枕詞・序詞についての研究
内田順子「古今集の序詞」(『ことばとことのは』四 一九八七年一一月)
島田良二「古今集の枕詞」(『茨城大学人文学部紀要(文学科論集)』三 一九六九年一二月)
島田良二「古今集の修辞―枕詞と序詞」(『明星大学研究紀要(言語文化学科)』一 一九九三年三月)
滝沢貞夫『王朝和歌と歌語』(笠間書院 二〇〇〇年)
橋本不美男・久保木哲夫・杉谷寿郎「古今集の表現と方法」(『解釈と鑑賞』四三一 一九七〇年二月)
藤田洋治「古今和歌集撰者時代の枕詞」(『中古文学』五六 一九九五年 一一月)
真下知子「三代集の枕詞」(『女子大文学』一六 一九六四年一一月)


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