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約束を守らないメロス

忙しい先生のための作品紹介。第8弾は……

森見登美彦「走れメロス」(『【新釈】走れメロス 他四編』より 祥伝社 2007、角川文庫 2009)
対応する教材    『走れメロス』
原作・史実の忠実度 ★★★☆☆
読みやすさ     ★★★★☆
図・絵の多さ    ★☆☆☆☆
レベル       ★★★☆☆
ページ数      40ページ

作品内容

 阿保学生の芽野四郎(メロス)、奇妙な友情で結ばれたインテリの親友・芹名雄一(セリヌンティウス)、そして友人の裏切りから人を信じる心を失った大学の図書館警察の長官(王)。しかし、登場人物の性格が真逆なのです。  始まりはもちろん、芽野が芹名を人質に王に約束を取り付ける場面です。
・約束を守るために走るメロス⇔約束を守る気はさらさらなく、逃げる芽野
・友を信じて待つセリヌンティウス⇔友への信頼はなく、あいつは来ない、と言い切る芹名
・メロスは帰らないと言う邪智暴虐の王⇔唯一芽野の帰りを待つ図書館警察の長官
  約束を起点としてメロスは走り、セリヌンティウスと王はそれを待つ、という話の構造自体はは原作と変わりありません。しかし、本作では「約束を守る」≠「友人の期待に応える」というなんとも複雑な心情・信条が根底に流れています。

おすすめポイント

 本作は、彼らのマドンナも含め、魅力的なキャラクターたちが特徴的です。深いのか浅いのかわからない阿保学生達の信念と行動には、馬鹿馬鹿しさを感じてしまいながらも、不思議と愛着が沸いてきます。軽快な場面展開は、まるでギャグ漫画のような印象です。

  物語の舞台は、森見登美彦の十八番である京都市内。大学生たちの愉快で間抜けな日常が描かれています。「〇〇であった。」と原作の文体も再現されており、メロス改め芽野の走った(逃げ惑った)経路には、原作で盛り上がりを見せる川を泳ぐシーンも登場します。原作に忠実だからこそ際立つコメディタッチの面白さも必見です。

  『【新釈】走れメロス』では、原作に忠実なあらすじの中に全く反対のオリジナリティが組み込まれているにも関わらず、むしろその矛盾を楽しむように仕向けられているとさえ感じます。太宰版と森見版で、物語の進行と登場人物の心情を対比させながら読むと、「友情とはなんたるか」についての新しい発見があるかもしれません。

授業で使うとしたら

 『走れメロス』の授業では、登場人物の人物像や心情を把握することに重きが置かれることが多いかと思います。先にも述べたように、森見版は原作の世界観を元にしながらも、登場人物の設定が正反対になっており、原作の読解に役立てることは難しそうです。

  しかしあえて提案するなら、太宰版と森見版の比較でしょうか。太宰版では、故郷への未練、川の氾濫、山賊との遭遇、心身の疲労、フィロストラトスの説得という5つの試練がありますが、森見版では、マンガ喫茶、阪急電車、人力車、須磨さんの部屋、大学と5カ所で追手に捕まります。登場人物の対比もさることながら、このように物語の変化の起点に注目して、両者の共通点や差異を読み取る授業も面白そうです。いずれにせよ、原作の読解が終わった後に、発展的な授業として扱うのが良いかと思います。

  ただし、この作品も『山月記』同様物語単体でも十分面白いので、生徒におすすめするだけでも十分でしょう。

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