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ルールを理解しているのかな。

ゲームのルールを知らないまま遊ぼうとすると
とんでもない高得点を出すか
何も出来ずに終わってしまうか極端に分かれますよね。
この違いはなんでしょう。


感覚だけでやってみる。

自分の感覚理解するとルールの抜け道に出会うことがあります。
ルール中で生きていると固定概念が生まれてきます。
自由な創造を失っているんです。

ルールを知らないからできないことは
自分の感覚には合わないことなんですよね。

クリアしないといけないゲーム

生きていること自体がゲームだと僕は考える様にしています。
RPGのように少しずつ成長していきながら
仲間も育てながら生きて行くと考えると
諦めなければ進めるって感じれるんですよね。

もちろん人が答えを作ったゲームではないから
選択肢に答えはないんですよね。

だからこそ自分で答えを作ることができるんですよね。
自分の前に出てくる課題が中ボスだったりするんです。
それは入試だったり
就職だったり
恋愛だったり

自分の中で節目をどうクリアするのか

課題をどうやって見つけるかが最重要ですよね。
自分の強さが足りないのか。
装備品が足りないのか。
足りないものを補う方法は別にないのかって。

もう今は得ることができないアイテムだったとしたら。

ゲームは必ず何かの方法を残してくれています。
もちろん適切なタイミングでアイテムを得ることができた方が
楽に簡単に進むことができます。

人生も同じ最適なタイミングでいい選択をできることもあれば
そうでない時もあります。
タイミングがズレたからといって
その遅れを取り戻すことはできます。
そのためには。

社会のルールを味方につける

答えのないゲームの中でみんな人生を生きている
人生の中で社会は一部分なんだけど
とても重要な一部分ですよね。

人生の物語の中で社会以外に
楽しみを感じながら生きていたとしても、
必ず誰かと関わりながら生きていくと言うことは
自分以外の誰かの属している社会にも関わることになっています。

自分には関係ない社会だったとしても、
その社会のルールにも適応できる方が行きやすいです。

だからこそやった方が得なこともあります。
自分の目に映るものが誰かの社会で同じように
扱われているのか。
それとも自分の見ているものが全く別のものかもしれないって。

自分には食べ物に見えているものでも
別の社会では毒のように扱われるようなものもあると言うこと。

自分の正解が全て正解じゃないことに気づけた時、
別のルールを理解できます。

僕から見えている貴方の世界。
貴方から見えている僕の世界。
僕たち以外の見えている世界。

別のルールを守らなくてもいい。
でも知れば生きやすくなるから。

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