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感染症と神経過敏症:吸血鬼から学ぶ

 ドラキュラといえば、悪魔城ドラキュラ、いや、1897年のブラム・ストーカーの小説から始まる吸血鬼キャラクター名である。ドラキュラ以前に吸血鬼(バンパイア)は棺桶で眠り、光やニンニクを嫌い、暗闇で人の血を吸い、永遠の命を持つ怪物として恐れられていた。そんな生物は存在しない。なんでこんな空想の怪物が生まれたのか、考察してみる。(小野堅太郎)

 ドラキュラは吸血鬼の代名詞ともなっているが、ルーマニアで英雄とされる15世紀の領主の名前である。ルーマニアとは「ローマ人の国」の意である。ローマといえばラテン語であり、ドラキュラは「竜(悪魔)の子」という意味らしい。「悪魔城ドラキュラ」、納得である。ブラム・ストーカーが、ドラキュラ伯爵の戦争での残虐行為の記録を読んでタイトルに使ったらしいが、ルーマニア人にはいい迷惑であったろう。当の小説は、意外にもかなり実験的な作品で、私は途中で挫折した。素晴らしい論説がnoteであったので、下にリンクを貼っておく。

 ベラルゴシによる黒マントにオールバック姿のビジュアルが受けて吸血鬼の姿があれに定着するが、小野の中ではバンパイアといえば萩尾望都の「ポーの一族」という少女漫画である。最近復活して非常にうれしい。これについては、余談すぎるので割愛するが、あと子供の頃に流行った「キョンシー」も吸血鬼である。Wikipediaで調べていてびっくりしたのは、バンパイアを吸血鬼と訳したのは、natureに50本もの報告をした南方熊楠らしい。

 そもそも吸血鬼伝説は18世紀から記録があり、16世紀の墓の遺体に変な細工があったりしてかなり古くから吸血鬼伝説があったともされている。一説には、14世紀に大流行したペストが関係しているとの話もある。ちなみにペスト第3波の香港でのペストは、我らが北里柴三郎先生が活躍している。

 吸血鬼の特性に近い病態を示すものといえば、破傷風や狂犬病である。

 破傷風については、日本映画「震える舌」を観ていただくと話が早い。おそらく皆さん、混合ワクチンとして予防接種を受けている。破傷風菌はまたもや我らが北里先生が純粋培養に成功し、血清療法まで確立している(マナビ研究室:#00006 人体の不思議!抗原抗体反応!!を参照)。特殊な形(芽胞)で土壌に潜んでいるため、大人になってもそういった仕事にかかわる人はワクチン接種が必要となる。

 破傷風の症状は、食いしばりが起きて顎を動かせない状態となる。歯をむき出しにして口角が上がるため、すこし笑ったようになる。光や音に過敏になり痙攣が起こるため、部屋を暗く、静かにする必要がある。破傷風菌は体内に入るとその部位で増殖し、神経毒を産生する。この毒は神経線維の中に入り込み、次から次へと神経を渡り、抑制性神経からの伝達物質の放出を止めてしまう。抑制がなくなる結果、神経回路が過剰に興奮して痙攣をおこす。

 狂犬病はウイルスによる。犬だけでなく人にも感染し、感染するとほぼ間違いなく死亡する。人が犬に噛まれて感染するため、ペットの犬は必ずワクチン接種を受けなければならない。小野は小学校低学年の時、数匹の野良犬に襲われ、右足首を噛まれた経験がある。あれは恐ろしかった。

 それはさておき、狂犬病ウイルスは破傷風菌の神経毒素と同じく、神経に入り、脳へと伝わっていく。かなり一定の速度で神経線維内を輸送されるため、弱毒化した偽狂犬病ウイルスは一時期、神経回路の描出実験に用いられていた。光や音、臭いに敏感になり痙攣をおこすなど破傷風と症状は似ているが、水を嫌うようになることが知られている。

 映画「震える舌」を観ると、突然、娘が痙攣し、のけぞり、光を嫌がるといった行動に親が右往左往する姿が描かれる。そう、吸血鬼のいろいろなイメージや習性は、破傷風や狂犬病の症状と重なり合っている。噛みつき、むき出しの歯列、光を嫌がり、暗がりに住み、ニンニクのにおい(アリシン:TRPA1作動薬)や聖水を嫌う。感染症がよくわからない時代には、これを「悪魔に乗り移られた」「吸血鬼になってしまった」と捉えたとしても仕方ないだろう。

 現代は、もうそのような時代ではない。正しい感染症の知識を持つことで、新たなモンスターを生み出さないことが私たちに要求されている。

 語り継がれる吸血鬼に罪はない。空想上の怪物として楽しめばいい。


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