見出し画像

歯科用ドリルはこうして開発された:歯科医療の歴史(19世紀アメリカ編④)

 歯医者さんに行くと、リクライニングの椅子と各種の足踏みドリルがあります。これらは18世紀末にイギリス・アメリカで開発され、19世紀にアメリカでさらに進化していきます。当時の歯科医療をイメージできるよう、歯科医療機器の歴史についてもまとめてみます。(小野堅太郎)

 近代歯科医学の祖であるフォシャールは、1728年出版「歯科外科医」の中で「あるパリの歯科医が開発した」として手動の歯科用ドリルについて紹介しています。おそらく「ジュルダンの拡孔器」と呼ばれるものと考えらます(ただし、ジュルダンという歯科医師は当時確認されていない)。棒の先端に時計職人が使う小さなヤスリがついており、手回しすると棒が回る仕組みである。下のAmazonで買えるハンドドリルと同じ歯車様式のものです。

 さらにフォシャールは自分で根管拡大用のドリルを開発しています(根管とは歯医者でいわゆる「神経取りますね」の時の歯の中の細い穴のこと)。これは「弓錐(ゆみきり)」であり、キリ先端を穴に押し当て、キリ棒に巻き付けた紐を弓のように取り付ける。その弓を前後するとキリ棒が回って穴を深く穿っていくという仕組みです。古代人が火起こしの時にやっていた方法といえばわかってもらえるでしょうか。このフォシャールの弓錐は100年に渡って使用されることになります。

 ボルチモア歯科医学校の創立者の一人、ハイデンが歯科医師となるきっかけとなったのは、ボストンでジョン・グリーンウッドの治療を受けたことがきっかけでした。グリーンウッドはアメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンの入れ歯を作った人です。彼は早すぎる男でした。1790年代に「足踏み式歯科用ドリル」を開発していたことがわかっています。しかし、ほとんど世間には知られませんでした。

 同じ時期、アメリカ人歯科医師のジョサイヤ・フラッグが木製でヘッドレスト付の歯科用椅子を使うようになります。ひじ掛けを片方大きくして、歯科用器具を置けるようにしています。それまでは、歯科用の椅子は「ただの椅子」でした。というか、基本は床やテーブルに寝かせられ、歯科医師の両太ももで頭を挟まれて歯を抜かれていたのです。

 さて、1829年、イギリス・スコットランドの発明家ジェームス・ナスミスが筒の中にコイルスプリングを仕込んだ手持ちタイプのドリル開発に成功します。この人は、蒸気ハンマーや望遠鏡で結構有名な人です。しかし、これを歯科用ドリルに応用することを彼は思いつきませんでした。

 1832年、イギリス人ジェームズ・スネルが歯科専用リクライニングチェアを作製します。リクライニングといってもわずかな調整しかできませんが。このデザインを基本として様々な歯科用チェアが作られるようになります。

 1853年、アメリカ・セントルイスの歯科医師チャールズ・メリーがナスミスのドリル軸構造を応用し、手動式歯科用ドリルとして特許を取ります。大事なところとしては、口の中に入れて削るので「ドリル先端だけを角度をつけて曲げられる」ことでした。ナスミスのペンタイプではちゃんと歯を削れません。ただし、まだ手動ですので切削時には助手をつけて回してもらわないといけません。

 1864年、イギリス人ジョージ・ハリントンが時計用ゼンマイを使うことで4分間駆動する小型ドリルを開発します(めちゃくちゃカッコいいです)。さらに、1868年アメリカ人のジョージ・グリーンが足踏みによる空気圧を利用したドリルを作ります。これらにより、「動力源」と「足で操作」が歯科用ドリルには重要であるとのコンセプトが高まってきます。70年経ってようやくグリーンウッドのアイディアに歯科界が追い付いてきたわけです。しかし、これまでのドリルは圧倒的に回転数が低く、歯を削るには不十分なものでした。

 1867年、アメリカ人歯科医師ジェームス・モーリスが近代的な歯科用チェアを開発します。鉄製でヘッドレストとフットレストの両方を備えています。椅子の高さ調整ができるだけでなく、前後左右にも傾けれます(斜めポジションは患者が苦しかったでしょうが...)。

 1871年、モーリスは歯科用チェアだけでなく、足踏み式の高速回転歯科用ドリルをも開発し、広く販売されることになります。回転数は毎分800回転、歯質をスムーズに削ることができます。バーの先端を他の種類に変えることができ、現在の歯科用ドリルの原型です。負けてられないグリーンは、同年、電磁モーター内蔵の歯科用ドリルの特許を取得します。ただし、重く使いにくかったそうです。電動歯科用ドリルが普及してくるのは20世紀に入ってからです。

 このように19世紀後半のモーリスによる発明によって、現在の歯科診療室の基本が作られたわけです。ようやく設計通りに歯を削れるようになり、急速にアメリカで歯科医療のレベルが上がってきます。ヨーロッパの歯科医療を追い抜いてノリノリ状態のアメリカ歯科医療が、開国したばかりのチョンマゲ日本に流れ込ん出来るわけです。小幡英之助なる中津藩人物の行動を理解するには、この時代のアメリカ歯科事情を説明する必要があります。

 皆さんご存じのように、現在の歯科用チェアやドリル(エンジン)の性能ははるかに高いものになっています。現在の歯科用ドリルはタービン駆動で毎分40万回転ですから、モーリスの時代から500倍の速度です。局所麻酔薬は20世紀に開発されます。20世紀は「材料の開発」により歯科医療が発展した世紀といえます。

 いよいよ、歯科医療の歴史:日本編が書けます。noteをやり始めて1年かかりました。ただし、平安時代からになります。お楽しみに。

全記事を無料で公開しています。面白いと思っていただけた方は、サポートしていただけると嬉しいです。マナビ研究室の活動に使用させていただきます。